147 首都へ 6
「どうだ、良い話であろう! そうすれば、お前は王家の一員として……」
ぐわん!
「ぐあぁ!」
頭を押さえて声を上げる王様と、あまりのことに、驚愕で動けない大臣や衛兵達。
……まぁ、そうだろうねぇ。突然、王様の頭上に金だらいが落ちてきたら……。
室内だから、上は、勿論天井。何もない空間。そんなものが落ちてくるはずがない。
女神が悪戯でもしない限り。
勿論、金だらいを落とすには、細心の注意を払っている。
普通の金だらいは結構重量があり、硬い。昔のコントで使われていたのは軽いアルミ製や特製の柔らかいものだったり、落とされる者が薄い金属が入った特製のカツラを着けていたり、そして落とす高さや角度を綿密に計算したりしていて、安全には万全の注意を払っていたんだ。それを、セレスの奴、木製の手桶を適当に落としやがって……。
そう、レイエットちゃん誘拐事件の時だよ!
で、まぁ、年寄りに配慮して、ちゃんと極薄のアルミ製で、強度が足りなくて金だらいとして実際に使用することはできないくらいの軽くて柔らかいやつを落とした。中に数滴のポーションが入っている『容器』として出したやつを。
だから、音と見た目は派手だけど、ダメージは全くないはずだ。
「な……」
呆然として、がらんがらんと音を立てながら床で回っている金だらいを見詰めている王様。
そして……。
「「「「「「き、消えた!!」」」」」」
うん、アイテムボックスに収納した。
「「「「「「…………」」」」」」
そして、静寂の中、何度も練習した、マリアルの必殺技が炸裂!
「女神様、王族や大臣達を皆殺しにして王宮を破壊するのは、もう少し待ってあげて下さい……」
胸の前で手を組み合わせ、斜め上方30度あたりに視線をやって、そう言って祈る、マリアル。うん、伯爵家でやったのと同じやつだ。
そして……。
「「「「「「ぎゃああああああぁ~~!!」」」」」」
大騒ぎの中、ふとセリドラーク侯爵の方を見ると、侯爵は穏やかなアルカイック・スマイルを浮かべていた。
……悟りを開いたか……。
それとも、全てを諦めたか、あるいは考えるのをやめたのか……。
そして、いつの間にか騒ぎは収まり、王様や大臣達は椅子から立って頭を下げていた。
……さすがに、土下座はないか。
「す、すまぬ、無礼を許せ……。そ、そして、何卒、女神への取りなしを、取りなしを頼む!!」
国王が子爵風情に、しかも未成年の子供に頭を下げるのは常識外れではあるが、今、この連中が頭を下げているのは、マリアルにではなく、その後ろに控えている女神に対して、だ。なので、問題ない。
「では、以後、もう二度と私の婚姻関連について口出しをされぬこと。寄親や私がお世話になっております方々に、私のことに関して手出し口出しをされぬこと。そして我がレイフェル子爵家に対して、一切の……、あ、いえ、支援や助成金、陞爵のお話等、『良いお話』を除きまして、お関わり合いになりませぬよう……」
うわ、マリアル、アドリブで練習の時にはなかった台詞をぶっ込んだよ! 可愛い顔して、結構逞しいな、コイツ……。
そして、拒否のしようもない王様は、こくこくと、壊れた玩具のように頷き続けていた。
……よし、ミッション・コンプリート!
* *
あの後、当たり障りのない会話が少し続き、すぐに解散。王様側は、不用意な発言をすれば全てが終わると思い込んでいるから、もう、ガチガチ。どっちが『王様の前に出た、未成年の少女』だよ、というくらい、立場の逆転具合が酷かった。
そして更に酷かったのが、王様達の心情を完全に把握しつつ、政治的に際どい発言を連発して笑顔でイジるマリアルの、小悪魔っぷりだった。
……怖いわっ!
そして、本日も何事もなく終了。
明日からが、本番だ。
いや、マリアルにとっては、昨日が前哨戦、今日が本番、明日以降は残務処理に過ぎない。でも、マリアルのサポートは、私達にとっては『ついでの用事』にすぎない。私達の第一目的は、あくまでも、あっちの方である。
……そう、レイエットちゃんに手出しした連中の、炙り出し。
そして明日からは、マスリウス伯爵邸から出て、高級宿屋に移動しての『フリープレイ』が始まる。
そう、侯爵に連れられての挨拶廻りを終え、レイフェル子爵家当主としての、派閥を超えた各貴族家との付き合い、商家との顔繋ぎ、その他色々である。
なので、マスリウス伯爵邸にお邪魔していては相手が訪ねてくるのにハードルが高すぎるので、宿屋に移るわけである。
そして、そうなれば、当然、来るであろう。
同じ派閥の貴族。他の派閥の貴族。政治家。高級軍人。商人。神官。山師に詐欺師。表の顔は普通の著名人で、裏の顔は犯罪組織の顔役、とか……。
昨日と今日の、『女神の苛立ち』のことを知っている者は、無茶なことは言わないだろう。元々信心深い者や、ちゃんとした情報を掴んでいる者達も。
でも、マリアルのことを、偶然を利用しただけのただの小娘だとか、たまたま一度女神に助けて貰っただけの普通の少女だとか、うまく煽てて利用すれば役に立つ世間知らずの小娘だとか思っている連中は、またやらかすかも知れない。多分、あの、マッチポンプ貴族も来るだろう。
そして、それよりも重要なこと。
そう、それは、レイエットちゃんを襲わせた連中が、ほぼ確実に接触してくるであろうことだ。
つまり、『本番』だ。私達にとっての……。
* *
「お世話になりました。このお礼は、いつか必ず……」
そう言ってマスリウス伯爵邸を辞去する、マリアル以下、私達一行。
伯爵は、笑顔で見送ってくれた。
どうやら、セリドラーク侯爵から聞いた『伯爵家謎の爆発事件』と『王宮謎の金だらい事件』にはビビったものの、マリアル自身は普通の貴族の少女に過ぎず、マリアルに本人が望まないことを強要したりさえしなければ何の問題もないことを理解したらしく、一時はマリアルに対する態度が少しぎこちなかったけれど、今では元の通りの、『孫娘に対する、おじいちゃんの態度』みたいになっている。
そう言えば、セリドラーク侯爵も、王宮を辞した後は、憑き物が落ちたかのような穏やかな表情になっていた。
多分、マリアルを利用して、とかいうおかしな野望をすっぱりと諦めた時点で、元の、野心のない比較的誠実な、温厚な老人に戻ったのであろう。
王宮での件はあまり広まることはないだろうけれど、2日前の、伯爵家での『謎の爆発事件』は、派閥内の貴族には既に知らされているだろうから、『同じ派閥のよしみで……』とか言ってくる連中がいたとしても、そう無理なことやゴリ押しはないだろうと思う。
その他の貴族や商人達は、マリアルにとって役に立つ者は受け入れ、そうでない者は拒絶すればいい。あとは、レイフェル子爵家当主、マリアル・フォン・レイフェル女子爵様の自由だ。
宿は、寄親であるマスリウス伯爵が押さえてくれていた。目的に合った、会見用の客間を含む5部屋がワンセットになった部屋である。うち2部屋が寝室で、片方が主人一家用、もう片方が使用人用になっている。ベッドの数は、それぞれ4つずつ。
今回は、主人一家用の寝室にマリアルと私、そしてレイエットちゃんとフランセット、ベル。使用人用をロランドとエミール、そしてレイフェル子爵家の使用人ふたりが使う。女性用がギュウギュウだけど、レイエットちゃんは私と同じベッドで寝るから、問題ない。
男女は分けなきゃならないし、フランセットが敵地で私から離れるわけがないし、レイエットちゃんからは離れられないし、……とか考えたら、他に選択肢なんかあるはずがない。
他の使用人達は、もう少し安い、他の部屋に分散して泊まっている。
午前中は、移動と休憩、打ち合わせ等に使い、少し早めに朝食兼昼食を摂り、午後からの戦いに備えて、やや長めの食休みを取ることにした。
うん、『腹が減っては戦はできぬ』、『親が死んでも食休み』。昔の人が伝えた言葉には、それぞれ意味がある。とりあえず、従っておいて損はない。