145 首都へ 4
「…………」
次の派閥貴族の屋敷へと向かう馬車の中で、セリドラーク侯爵は蒼い顔をして黙り込んでいた。
そりゃまぁ、マリアルに嫌がることを無理強いすればどうなるかを目の当たりにしたわけだから、当たり前か。多分、昨日の顔合わせでそういうことをやらなかった自分自身を褒めてでもいるのだろう。
……そして、明日に予定されている神殿と王宮への挨拶が無事に、少なくとも自分に累が及ばない程度の『無事』に終わるよう、祈っているのかも……。
その後は、特に揉め事もなく、無事に顔合わせが終わった。そして子息を同席させていた貴族達は、なぜかマリアルの結婚や婚約については一切触れることがなかった。
それが、あの『伯爵邸謎の爆発事件』の後、セリドラーク侯爵が騎馬護衛のひとりを物陰に連れ込んで何やら話し、その後、その騎馬護衛が全速で馬を駆ってどこかへ走り去ったことと関係があるかどうかは、知らない。うん。
* *
そして、翌日。
今日は、午前が神殿、午後が王宮という、ダブルヘッダーだ。
いや、相手チームが変わるから、変則ダブルヘッダーか。しかもホームではなく、アウェイ。
ゲームとしては、全員の利害の総和がゼロ、つまり分け合えるパイの量が決まっているわけじゃないから、ゼロ和ゲームではなく、非ゼロ和ゲームになるわけか。
……つまり、みんなが幸せになれる選択肢もあれば、みんなが不幸になる選択肢もある、というわけだ。但し、除く・マリアル。
うん、ゲームに例えるのは不謹慎だけど、マリアルは、プレイヤーではなく、ゲーム運営会社のスタッフだから、負けることはない。
王宮が後回しなのは、アレだ。
昨日、派閥の貴族を廻ったから、今日は神殿を先にして、『下位の者から廻り、一番権威のあるところを最後にした』と言えるように、ということだ。
逆に、神殿には、『王宮より優先した』と言えるわけで、セリドラーク侯爵が知恵を絞ったことが窺われる。
普通であればそんなことに気を回す必要はないのであろうが、『女神の愛し子』となれば、色々と配慮とか力関係とか、難しいこと、面倒なこと等があるのだろう。社会人、それも中間管理職とかになると、色々あるのだ……。
そういうわけで、神殿に到着。
問題は、『愛し子』というのが、神殿側にとってどういう位置付けなのか、ってことだ。
あくまでも、女神の御寵愛を受けただけのただの小娘であり、神官より下の扱いなのか。
それとも、女神、御使いに続く、普通の人間に過ぎない神官達より上の立場なのか。
そして、そういう神殿的な格付けに、マリアルが貴族であるということがどこまで作用するのか。
私は女神様と御使い様しかやった経験がないから、愛し子とかについては分からない。マリアルも、愛し子の知り合いなんかいないから、分からないらしかった。
……というか、神殿の連中も、どうすればいいのか分からないんじゃなかろうか。多分、過去に出現例のない、S S Rカードなんだろうからね。
さてさて、どうなりますか……。
って、うおっ!
神殿御一同、整列してお出迎え、か……。
こりゃ、愛し子、U Lだったか……。
* *
「ようこそ、お越し下さいました。神殿の者達一同、心より歓迎致します……」
この部屋まで案内してくれたのは、司教のうちのひとりらしい。そして今、歓迎の言葉を述べているのが、大司教。ここ、首都での、ということは、つまり、この国における、宗教関係で一番上位の人、ってことだ。
教皇とか枢機卿とかは、以前はルエダ聖国にだけ存在していたけれど、聖国が滅亡して消滅しちゃった今は、どこにも存在しないらしい。
ま、どこかの国の神殿が勝手に自国から新たに教皇とかを担ぎ上げても、どこも相手にしないよね。そんなのを認めるくらいなら、自分達も自国の者を教皇として担ぎ上げるに決まってる。
でも、聖国の滅亡と神官達の破滅を目の当たりにして、……そして、私が存在しているのだ、セレスティーヌをバックにつけて。
さすがに、神殿にはかなり正確な情報が伝わっているだろうからねぇ、あの事件に関しては。
そりゃ、下手なことはできないわなぁ……。
そういうわけで、今は、各国平等に、それぞれの国の大司教が横並びで仲良くやっているらしい。
……表向きは。
勿論、各国での神殿と王宮の関係とか、政治的な発言力とか、財力とか、そしてそもそも国自体の力の差とかがあるため、本当に平等だというわけではないし、中には『いつか教皇の座に』とかいう野望に燃えている者とかもいるかも知れない。
でも、ま、本当の極悪神官というのは、あまりいないらしい。
何せ、女神が実在して、実際に神罰が落とされる世界だからねぇ、ここは……。
そして、4年ちょい前に、それで1国が潰れ、その国の神官達が壊滅状態に……、というか、つい先日、新たな神罰が落ちたばかりじゃん! そして、その当事者が来たというのに、おかしなことを企むはずがないか。……女神に喧嘩を売るつもりでもない限り。
なので、あの孤児とレイエットちゃん襲撃犯の黒幕は、神殿関係者ということはあり得ないだろう。神殿関係者なら、『御使い様』に喧嘩を売ることの危険性を充分認識しているはずだからだ。
だから犯人は、中途半端な情報しか持っていない者か、『御使い様』がどういうものであるかを正しく認識していない者、偽物だと思い利用して儲けようと考えている者、とかである可能性が高い。
……まぁ、ただの馬鹿、ということもあり得るけれど。
そして、しばらく当たり障りのない会話が続き……。
「如何でしょう、レイフェル子爵。我が神殿の巫女となって戴き、私共と一緒にセレスティーヌ様にお仕え戴く、というのは……」
来た。来た来た……。
で、勿論、マリアルの返事は……。
「いえ、女神様は、私を巫女にするためにお助け下さったわけではありません。レイフェル子爵家が悪党の手に渡ることを防ぎ、正統後継者である私がお家と領地、そして領民を守り抜くためにお力をお貸し下さったのです。
なのに、巫女になるために領地の管理を疎かにしたのでは、本末転倒、女神様の御心を裏切ることになってしまいますので……」
うん、完璧な返しだ。神官としては、これを否定することはできまい。
そして、思惑通り、大司教は反論できず、黙り込んでいる。
マリアルは、会話の中では『女神様』と言い、決して『セレスティーヌ様』とは言わない。それを言っちゃうと、嘘になるからね。
マリアルが言う『女神様』というのは私のことだから、そう言っている限りは、嘘にはならないのである。……マリアルにとっては。
その後も、『名誉巫女に』とか、『名簿に名前を載せるだけでも』とか、『祭事の時だけでも』とか、色々と食い下がられたけれど、全て辞退。
ま、形だけでも巫女になってしまえば、その存在を利用されたり、大司教や司教達と上下関係ができてしまったりするからねぇ。今のままなら、いくらセレスティーヌの信徒のひとりだとはいえ、普通の貴族家当主というだけなので、別に神殿からの命令に従わなきゃならないってわけじゃない。
貴族が従うのは、国王陛下からの『理不尽ではない、納得できる命令』と、己の信念のみだ。
いくら国王陛下からの命令であっても、納得できない命令のゴリ押しであれば、拒否したり、派閥の貴族達に助けを求めたり、懇意にしている大商人達に協力を求めたりと、色々とあるらしい。
そのための『派閥』であり、日頃からの商人達との交流らしい。
ま、この国は元々国王の独裁制ではなく、重要施策の多くは大貴族達の合議で決められたり、商人達の発言権がかなり強かったりと、他国とは少々政情が異なるらしいからねぇ。
そういうわけで、無理なゴリ押しをするわけにはいかない大司教の、未練タラタラの恨めしそうな顔を後に、さっさと引き揚げる私達一行。
セリドラーク侯爵は、神殿関連はあまり得手ではないのか、あまり口を出さなかったけれど、マリアルがしっかりと事前の打ち合わせ通りにうまく対処したため、問題なし。
さて、次は、最後に残った、王宮だ。多分、一番面倒なところ。
この国の王様は、他国に較べて権限が小さいらしいのだ。なので、国王というより、一番権力が大きいだけの貴族というか、他国との交渉時のために他国での『国王』と同じ立場の者を用意する必要があったために存在するポストというか……。とにかく、他国の王とは少し立ち位置が違うらしいのである。昔は、多分、普通の王国だったのだろうけど、今は、そんな感じらしい。
……権限が小さいならば、やりやすい?
いやいや、そういうのは普通、こういうチャンスには必死で食らい付くに決まってるよ。少しでも権限を強化するための踏み台にするために……。
そういうわけで、いったん侯爵邸に戻って、昼食。
その後、ゆっくりと食休みを取ってから、王宮へ……。
2月10日(日)、幕張メッセにて『ワンダーフェスティバル2019年冬』開催!(^^)/
ガレージキット(自主製作の、模型やフィギュア)のコミケット、のようなものです。
そこで、こみの工房様より、『平均値』のマイルフィギュア(15個)と、『ポーション』のカオルフィギュア(3Dプリンタによる新手法に挑戦。実験作のため、5個のみ)が販売される予定です。
アリゴ帝国特産品、『眼付きの悪い御使い様人形』、塗装済み展示品も準備中!(^^)/
ウルトラメカ(スペースマミー、イナズマ号、マッキー1~3号、タックファルコン、その他色々)もあります。(^^)/