【1】
音の届く場所
【1】
革靴の音が響くほどに、静寂があたりを支配していた。時刻は夜十時に近く、公園の近くには全く人がいない。
寒そうにマフラーに顎をうずめて歩いていた少年は、ふと立ち止まった。
栗毛色の髪を肩の長さで先の方をすいている髪型。スッと切れ長の茶色の瞳は澄んでいて穏やかな印象をうける。少年は、耳をすまして声の聞こえる方向に視線を向けた。
また、歌っている。
目を閉じて、かすかに聞こえてくる奇麗な歌声を聞いた。奇麗だけど、切なくてなるような歌声だった。歌は上手いけれど、何かをこらえているような感じを受けていた。
いつもこのぐらいの時間に、公園を通りかかると聞こえてくる声と同じだが、胸がしめつけられるような切なくなる声ではなかった。本当に、歌うのが好きで、好きでたまらないって感じの、聞いているこっちが明るい気持ちにさせてくれる声だった。
俺は、歌っている人が気になって、気が付いたら声のする方に向かって歩いた。
しばらく歩いていくと、公園の長い階段に座って空を見上げて歌っている少女がいた。
茶色の髪を耳が隠れるくらいまでに切ったショートカットが、体でテンポをとる度にサラッと動き、彼女の大きくて活発そうな瞳が見える。
気づかれないようにそっと彼女に近づきながら、彼女の声にあわせてハモリを加えた。奇麗にハモって凍てつく空気に、ただ静かに響いていくのが嬉しかった。
彼女は気づいて、視線を向けてくるとにっこりと笑い、そのまま嬉しそうに歌い続けて足でテンポをとっているので、膝にかけているコートがかすかに動く。
歌い終わるまで話すつもりはないようだ。近くまでくると俺はクスッと笑って彼女の隣に腰掛けて空を見上げる。
夜空は静かで冷たいけど、満月が輝いていて美しい。コンクリートの階段は冷たかったが、あまり気にならない。不思議と寒さを感じなかった。
「何で、いつもこの時間に歌っているの?高校生が出歩いていい時間じゃないだろ」
相当冷えているのか、言った瞬間に息が小さい雲のように変わっては消える。彼女は夜中だというのに、彼女は制服にマフラー。どう見ても未成年だ。
「…いつも聞いていたの?」
「まぁな」
「うわぁー、聞かれていたのか」
恥ずかしそうにマフラーに、首をすくめて顔をうずめた。
「誰も聞いてないと思って、思いっきり歌っていた」
苦笑を浮かべて明るい口調でいいながら、んーっと背伸びをするかのように腕を伸ばして後ろに手をつけた。
「特に嫌な事があった時とか…」
彼女の横顔は、どこか傷ついたかのように寂しい表情を浮かべている。彼女の様子を見て俺はスっと目を細めた。
「…バレバレだ」
ボソッと低い声でつぶやく。
「え?」
「今日なんかヤなことあっただろう?声に出ている」
ビクッと彼女の肩がかすかに震えてきょとんとした表情がすぐに凍りつくように曇る。
触れられたくない傷に触れられたかのように顔を痛みでしかめて、やがて視線を下に落とした。
「…うん、ちょっとね」
膝に肘をついて頬杖をする。
「それもあって、まだ家にも帰りたくない。あと一時間くらいあとに帰れば親には、バレないし♪それに、こんな時間に話を聞いてくれるような人、もういないから」
最後の方になるにつれて、小声になって少し震えている。冷静になれば、些細な事だと思うが、自分の中で黒い靄のようなものがかかると、人が恋しくて話をきいてもらいたくなる。
「あのさ、俺でよかったら聞くけど?聞くことしかできないけど、俺でよければ」
「…いいの?」
「うん、話せば楽になれる時ってあるから」
ふっと優しい笑みを浮かべて、目を細めて彼女を見つめる。
「…ありがとう」
彼女はそう言って満面な笑みを浮かべた。無理のない、影のない笑みだった。
「そういえば、まだ名前言ってなかったね。私は松本 夏美!中二。キミは?」
「俺は、草薙…草薙 圭」
「草薙 圭か、圭でいい?」
「あぁ」
「やった♪じゃ、圭で決定!」
おおげさなくらい嬉しそうな表情を浮かべて、俺をのぞきこむ。なんとなく足をブラブラさせている彼女の横顔は可愛くて、どこか幼さを感じて、そこは年相応の中学生に見えて思わず笑ってしまった。
「…なに?」
「やっぱり、大人びて見えるけど、年下の中学生だな」
「ねぇねぇ、どのくらいに見える?」
「高校生くらい、かな?」
彼女は一瞬驚いたかのように目を軽く見開くと、やったと小さくガッツポーズをする。
「やっと、年上に見られた♪これで優と歩いて平気だよ」
明るい口調でそう言ったが、言い終わってからつらそうな表情を顔に浮かべて目を細める。
「あ、でも…もう、関係ないや」
「?」
なんの事なのか分からず、俺はいぶかしげな表情を浮かべて夏美を見つめる。公園の街頭に照らしだされた幼さが少しのこる横顔にまだ影がおりている。
視線を下に落として何かに耐えるように見える夏美は、俺がせつなくなるくらいで、見ているのがツライ。
「優って?」
「優は、大人っぽい小学校から友達で、この人なら全部はなせるなぁーって思えた」
とても嬉しそうに夏美はそういうと、照れ笑いを浮かべて俺から視線をそらす。
「親友、かな?なんか言うのも恥ずかしいけど……」
照れながらそう呼べる友達がいる。俺の友達にはそう呼べる友達がいない。高校(学校)でも話せる友達がいる。一緒につるんでいて楽しいし、バカな事をして教師を困らせたこともある。
そいつらの事は嫌いじゃない。
でもそれは、表面上の付き合いでつるんでいただけだ。
「…いいな、そう呼べる友達がいて」
「え、圭はいないの…?」
「友達はいる。でも、なんでも話せる友達はいないな」
「そう、なかなかできないから、そういう友達」
心から安心できる友達は、気づかないくらい自然に自分の傍にいてくれる。
いつのまにかいるのが当たり前になっていて、失ってから自分にとって大切な存在だったのか分かった。
数ヵ月前の事が頭の中をよぎり、目を細める。
俺が何かいうと驚いたかのように目をかるく見開いて、優しそうな感じの高校の制服を着た少女は口を閉ざす。彼女は奥歯を怒鳴りだしたくなるのをこらえるようにかみしめると、感情を殺した冷たい瞳を俺に向けてくる。
少女は大声で何か言葉を投げつけるように叫んで、ボロボロになって座り込んで涙を大きな瞳に少女を助け起こして二人して教室から出て行った。
あれから、何か物足りない気がするようになっていた。大切なものを失って平気なわけ、ないのに。あの時の俺は、自分が同じ事にあうのが怖くて何もできなかったから、口の中に苦いものが広がって奥歯をかみしめる。
「じゃ、私がなってあげる」
「?」
夏美はパッと顔を上げてニコッと笑うと、明るい口調で言う。
きょとんとした表情を浮かべて圭は彼女の顔を見ると、大きな澄んだ瞳にひきこみそうになった。
「なるっていってなれるものじゃないけど、話を聞いてくれるお礼!圭も何かあったら、無理にとは言わないけどいいたくなったら言って?」
夏美が真剣に考えながら言っているのを見て、圭は自然に表情が優しくなる。
「あぁ」
優しい瞳を細めて圭は、そう言った。
あたたかい。
空いた穴を少しだけ夏美が埋めてくれたような気がした。
それから俺たちは時々公園で逢うようになった。
歌を歌ったり、愚痴を言ったり他愛もない話もするようになった。
そんなある日。
いつものようにたまっていると、一人の少女が恐る恐るといった感じで近づいてくるのに気づいて、俺はそっちの方に視線を向けた。
気楽に口ずさんでいた夏美も彼女の気配に気づいて視線を向ける。街灯の光に照らし出されて彼女の姿がはっきり見えてきた。
茶髪のセミロングぐらいの髪の長さに毛先にゆるいパーマがかかっている。青の首元が大きく開いているワンピースとでロングスカートで、上に白いガーデイガンをはおっている。外見は中学生くらいのおとなしめの感じで、その服装が似合っている。
彼女は夏美を見ると驚いたかのように息をのむ。
「…夏美、さん? 今歌っていたのって」
夏美も彼女と目が合うとかるく見開き、ゆっくりと数回瞬きをした。
「…知っている子?」
俺が二人を交互に見ながらそう尋ねると夏美は頷く。
「学校の…知り合い」
一回言いかけた言葉を言わずに、少し辛そうな口調でそう言うと、夏美は浅く息を吸って目を閉じた。再び冷たく突き放すような視線を彼女に向ける。
「何か用?こんな時間に外出していたら、親が心配するんじゃないの?」
少しも感情がこもっていない相手をわざと遠ざけているような、口調でそう言う。口元だけの笑みを真剣な表情を浮かべた。
「永沢サン」
ビクッと彼女の体が震える。泣いてしまいそうなほどに、口の中に何か苦いものが広がっていって傷ついたような表情を浮かべる。
「別にいいの。親には塾に言ってあるから心配はかけてない」
そう聞こえた瞬間に、夏美のこめかみに血管がブツっと音を立ててきれた。彼女は、それに気づかずに夏美が座っている階段の段差のところに歩いてくる。隣に座ると永沢さんは、笑顔を浮かべる。
「今の曲、誰の…」
「そういう問題じゃない!!こんな時間にこんな暗いところなんて危ないでしょ!」
本当に心配している口調でそう言われたのが嬉しかったのか、彼女はクスクスと笑い出す。
「うん、そうだよね。でも、夏美は言えないでしょ?てか、あの時と立場逆だね」
「あ、そういえば…あの時は私が怒られていました」
「でしょ?」
「うん…」
二人は自然な笑顔を浮かべた。
「…あの時以来だね、こうやって話すの」
彼女の頬から一滴の雫が頬を伝って落ちる。
一度泣き始めると涙があとからあとからあふれてきて止まらない、泣きやもうとすればするほど、あふれてくる。
「そうだね」
永沢サンは優しそうな瞳を彼女に向けた。その時、俺は彼女に一体何があったのか知らない。
「…夏美」
そう声をかけると彼女は俺から顔をそむけた。
「ごめん、今は見ないで。圭には見られたくない」
こんな時に思うのはいけないのだろうか。愛おしいと感じて、彼女の頭を優しく撫でた。
「うん、そのままでいいから聞いて。あまり自分を責めて拒絶しないで、自分からそうしたら、まだ終わりじゃないものでも終わりになる」
小さな肩を震わせて、声を殺して泣いている彼女に知り合いが重なって見えた。その人の涙は完全に止むことはなかった。
「それに、夏美は一人じゃない。俺もいるし彼女もいる。だから、なんでも一人で抱え込む事は、やめてほしい」
俺の知り合いのその人も同じだった。
彼女は誰よりも他人の気持ちに敏感で、優しくて、我慢強くて、耐え切れなくなって、爆発するその時まで何も言わなかった。知らなかった俺は何もできなくて、すごく悔しかった。
ビクっと彼女の体が震え、顔を上げると涙目で俺を睨みつけてくる。
「…言ったところで、言ったところで、一体何が変わるの!?話してっていうけど、事態は何も変わらないから言っても無駄じゃない!!」
大声ではないけれど、血を吐くような声だった。
俺は、過去の自分を見ている気持ちになって、目を細める。
「…事態は変わらなくても、気持ちが違うといい方向に進んでいくよ」
「…なんで、分かるの?圭には、私の何が分かるの!?」
「分からないな」
「ちょっ…何、言って」
「永沢サン、黙っていて」
永沢サンは俺を見るとそれ以上何も言わなかった。
「その人の気持ちを本当に理解するのは、俺が夏美の気持ちを本当に理解するのは無理。
でも、分かろうと努力することはできるし、夏美は俺みたくなってほしくない!」
一回視線を下におとしてから、夏美を見る。
「俺はね、夏美。友達と呼べる人に縁をきられた。マイナス思考になって気持ちも一気に沈んで、余裕も一切なくなって素直になれなかった」
彼女はくしゃと顔をゆがめた。気づきはしたけど、かまわずに先に話を進める。
「正直ね、信じられるっていうのがそんなにいなかった。仲のいい友達がいて、その人がいつから安心できた。高校に入る前、友達ができなくてもいいと思っていた。けれど、彼らと会って高校を卒業してからも続けたいって思っていた。結局、壊してしまったのは俺の方だけど…」
「圭、どうしてそんな淡々とした口調で言えるの?その人たちのこと、なんとも思ってなかったの…?」
彼女の瞳は奇麗で見透かすようで、今度は俺が彼女から視線をすらすことになった。
『なんとも思ってないから』
それは、自分が傷つきたくなくて言った冷たい言葉。
そう、思うとした。
それに、仲がもどったとしても、もう、元にはもどらない。
「…思っていたよ。思っていたのに、気づいたのが縁をきられた後だなんて笑えるだろ?俺は彼女が好きだった。結局本人にいう事なく終わったけど」
本当に俺がなんとも思ってなかったのなら、あれから3年たった今、アイツの事で泣いたりしない。
「…圭」
「夏美、素直になれないってどういう意味だか分かる?」
彼女は静かに首を横にふった。
「心の中がいっぱいになって、人が言っている事を素直にうけとれないってこと。そうなったら、何も上手くいかない。物事が全部否定的に見えてきて嫌になるし、正論を言われても自分の欠点を指摘する言葉だから拒絶してしまう。人によって心の余裕をもつためにやることが違うけど、話してほしいって言ったのはそれで楽になれるのなら、なってほし…」
何かやわらかいものがあたって俺は顔をあげた。
見ると夏美が抱きついている。どうしようか困って永沢サンと視線が合うと、彼女はにっこりと怖い笑みを浮かべた。
「どうぞ、ごゆっくり」
俺は苦笑を浮かべる。泣いている彼女の背中に戸惑いながら手を回したとき、俺の心臓がちいさくはねた。
「お前、バカ」
永沢さんが来るようになって数日後。
俺の話を聞いたこの男―――アキラは一言で言い切って譜面に視線をもどした。
「『好き』なら『好き』って言えばいいだろうが。本当、圭は不器用だな。俺としては夏美ちゃんのほうがかわいそうよ?」
「悪かったね、不器用で」
ふざけてアキラに舌をだしてみせる。
「…言えないんだよ、昔から。本気になるとなおさら…でも、なんでそこで夏美がかわいそうなんだよ」
「圭、ソレ、本当に分からないのか?」
「だから、何が?」
「……まぁ、お前から告白すればいいって事、だな」
そう言うと彼は譜面に視線を戻し、ケースからギターをとりだして練習しはじめた。こうなったら声をかけてもうわのそらなので、俺も詩を考えて携帯に打ち込むが、うまくいなくて口元にあてた。
「けーいっ」
「うわっ」
「そんなに驚かなくてもいいじゃん」
そのまま彼女は俺の隣に座った。
「また、詩を書いていたの?」
「あんまりよく書けなかったけど…」
「ね、見てもいい?」
「~~~ッ いいよ」
ジーッと見つめてくる。
俺は正面から見つめられる事に弱い。携帯の画面に、書きかけの詩を出すと彼女に渡した。
「やった♪」
喜んでいる彼女の横顔を見て、俺も嬉しくなった。気が付けば自然に笑みを浮かべている自分がいる。
「なんかさ、圭の書く詩っていいよねぇ、優しくて」
「そう?」
「うん。これってさ、好きな人の事でしょ?」
「…え?」
「やっぱりそうなんだぁ。顔、真っ赤」
急に顔が真っ赤になっていくのに気づいて、でも、意識すればするほど心臓の鼓動が、どんどん早く鳴っていく。
「圭の好きな人ってどんな人?」
このときの俺はたぶん平常心じゃなかった。言っても分からないだろうと、悪戯心でこう答えていたから。
「…明るくて、優しくて、純粋そうなヒト♪」
「ふ~ん、いい人っぽいね」
なぜか、彼女は嬉しそうで寂しそうで複雑そうな、どこかぎこちない表情を浮かべていた。
アキラは、そんな仲良く話している二人の様子をスッと目を細めてみる。
「なぁなぁ、アレで気づかないくらい鈍いのも罪だと思わない?永沢ちゃん」
アキラはもう一人の少女の方に顔を向けた。その永沢サンは呆れた表情を浮かべている。
「…そうね」
「でしょ!俺、初めてこの公園で逢った時に気づいたよ」
「私も気づいた。本人に悪気なんてないだろうけど…」
ちらっと二人の方を見る。
「アレじゃあ、どっからどう見てもバカップルだし、夏美も夏美で圭の気持ちに気づいてないみたいだから、残酷よね」
アキラはびっくりした表情を浮かべた。
「そうなの?でも、そういうところも全部ひっくるめて夏美ちゃん可愛いよなぁ…いっその事、圭がまごまごしているうちに俺が…!」
夢見心地でアキラがそう言うと、氷点下のような声が彼を凍らせた。
「アンタ、彼女いるよね?一応警告しておくけど、悪いけど、アンタが手をだしたら、私が許さない。…男ってコレだから嫌なのよ。可愛い子がいればすぐに目移りするから」
「な、永沢ちゃん?キミ本当に中学生…??あのね、俺がいうのも説得力ないけど、今からそんなに男だからって嫌いになるの、どうかと思うよ?」
「余計なお世話よ。それに今は私、夏美がいればいいから」
「ちょっと、寂しいものがあるよ?哀愁ただようっていうか…」
「いいの、それだけ夏美は可愛いから」
アキラはキラキラしながら胸の前で、祈るように手を組んでいる彼女を見て、顔を横にそむける。
「…永沢ちゃん、将来が心配」
そんな彼を彼女はギロッと睨みつける。
「あぁー、もったいない!永沢ちゃん可愛い顔なのに」
彼女は怖い笑顔を貼り付けて彼に近づくと、その表情とは不自然なくらい明るい表情でこう言った。
「アキラ、なんか言ったかなぁ?私ね、そういう風に聞こえてないと思って本人のいるところで小声で言われたりするの、大嫌いだから」
「…ごめんなさい」
永沢さんは、しゅんと反省しているアキラを見て、クスッと笑いたくなったが、表情に出す事はしなかった。
「…ほんと、私もバカだな。圭よりアキラのことが好きになっているから」
小声で本音をつぶやくも誰にも聞かれる事はなかった。
「おーい、アキラ、永沢…そろそろ練習はじめようぜ」
「うん!」
「おうよ!」
圭が声をかけるとさっきまでケンカをしていたとは思えないくらい明るい表情でそう答えた。なんとなく公園に集まるようになってから、俺たちは自分たちで作って歌うようになっていた。
作詞は俺で、作曲はアキラ。
それは、ほんの遊び心だった。
それでも聞いてくれるほんの数人だけれどお客さんができて嬉しかった。
「では、『堕天使の恋薬』から歌おう」
「「「了解♪」」」
やっぱり、歌っているのは気持ちいい。
気が付けばやってしまうのも、夏美の声にひかれて彼女に出会ったのも、音楽があったから。
歌い終わってから俺は彼女の耳元で気持ちを告げた。
彼女は顔を真っ赤にして俺を見上げる。
「私も好きだよ」
「あぁー、お前らいつのまに!!」
「はいはい、人の恋路を邪魔すると痛い目にあうからやめようね、アキラ」
何かに気づくと永沢さんは、アキラの口と目を手でふさいだ。
ちょうどそのとき、夏美の顔が俺の近くまできたと思ったら、唇に何か柔らかいものがあたった。
「逢った時から、ずっと」




