決意
沈黙が部屋のなかを埋め尽くし少しの気まずさを覚える。
リリアナが彼女は奴隷だといい、ユイノが表情を暗くして自己紹介の続きをしようとしている。
これらが指し示す答えは一つに限られそれはリリアナの言ったことが正しいと言うこととなる。
ユイノ自身が話す前に結論は出た。
結論、ユイノは元奴隷だ。
だがそれがどうしたと言うのだ。
彼女が奴隷であろうがなかろうがそれは過去の話にすぎない。
俺が出合い、話をして同じパーティーになったのは今のユイノだ。
過去が悲しいものなら今を楽しいもので埋めればいい。
……確かこんなことを言った主人公がいたはずだ。
ヒロインの過去には触れず今を大切にする。そんな主人公がいた。
つまるところこれは俺の考えではない。
物語を作った者たちが話を盛り上げたいと言う気持ちで生まれた考えだ。
こんなことを実際に思えたらどれだけかっこいいか……。
気になるものは気になり、解決しないと気がすまない。
この俺、坂上雅紀とはそういう人間だ。
だから空気を読まず。相手が触れてほしくない過去、入ってきてほしくない場所に遠慮なく触れて、ずかずかと土足で上がり込む。
こういう性格なので人から嫌われやすいのだろうが……。
それを解っていても俺は……。
「私は元奴隷です……。先日仕えていた主が亡くなったので、奴隷階級から上がることが出来ました」
「先日と言うと、本当に最近まで奴隷だったのか?」
「はい」
主人公ならここで質問を止めるだろう。
これ以上はどこに地雷があってもおかしくないから……。
だけどこれだけは聞いておきたい。
「どうして、奴隷階級になったんだ?」
彼の言ったことに思わす唖然してしまった。
そんなこと聞かないのが普通だ。
なのに彼、謎だらけのマサキは気を使うどころかズカズカと私に踏み込んでくる。
彼が教えてほしいと言っているのはユイノの思い出したくない過去。
あたりまえなことである。
奴隷生活と言うのは働いても働いても誉められることもなく、見返りもなくただただ殺されないように努力する日々のことなのだから。
そんな奴隷階級に落ちた理由を教えろ?
あり得ないことです、そんなもの教えたくない。
私が、この世界から最も消したい人生をわざわざ他者に教えて広めると思うのですか?
するはずがないじゃないですか。
教えたくない、だから元奴隷と言うものは人と関わろうとしない。
けれど、関わる者も時にいて、奴隷だった過去を乗り越えたと言う話も別段珍しいものではない。
関わった一般人もその人の今を受け入れ、昔は詮索しないと、それが常識だ。
だからリリアナもマサキの発言には驚きを隠せていなかった。
「な!?マサキ!お前!」
リリアナは激怒している。
これは、であってまだ一日たっていない私にも明白にわかった。
彼女の人情というものは本物で、それを何よりも大事にしている。
だから私のことで怒ってくれる。
でもマサキはなぜ聞いてきたのだろうか?
いくら常識がないとはいえ、これは聞いてはいけないと子供でも分かりそうなものなのに。
マサキは、良い人ではなかったということなのでしょうか?
私が過去を話す姿を見て笑うつもりなのでしょうか?
「俺は気になったから聞いただけだ。別に聞いたからといってどうしようと言うことはない」
ならどうして聞くのですか!?
そう思った、思うだけで声にはならない。
なぜ、声にならなかった?
……今はいいか。
「ならなぜ聞く!」
私の代わりにリリアナが言ってくれる。
「俺は、知りたいんだ。ただそれだけだ」
おそらく自分の身を守るためだろう。
それはそうだ。いくらパーティーメンバーになったとはいえ、もしも私が犯罪を犯して奴隷身分に落とされたとしたら、マサキは犯罪者と同じパーティーと言うことになる。
でも、それはマサキの考えの1割程だろう。
奴隷と言うものは主人の機嫌を損なわないようにしているうち、感情や考えを読み取る技術が身に付くものである。
だから解るのです。
マサキは本当に、興味だけ、己の知りたいことを知ろうとする欲望で私にこの質問をしてきたと言うことが。
それはとても傲慢で、自分勝手なこと。
マサキはそれを理解している。その上で知りたいと言っているのです。
それなら……教えてもいいかもしれない。
同情もせず、ただただ聞いてもらうだけ。
それだけならいいかもしれない。
きっとマサキはそうするでしょう。
……私は思うのです。
同情は時にひどく残酷な、人の心を踏み壊す化け物になると……。
だから……。
「私の最悪だった人生の始まりをお話しましょう」
「……まて」
リリアナが制止の声を掛けてくる。
「……リリアナ、もういいのですよ」
「いや、そうじゃない」
「ん?どういうことでしょうか?そうではないのでしたら一体なぜ止めたのですか?」
「その話をする前に……」
リリアナはたっぷり溜めたあと一言。
「部屋を、片付けないか?」
先程の宴会であらゆるものが散乱した部屋を見ながらそう言った。
リリアナはおそらく真剣な話をこんな汚い部屋でするべきではないと判断したのだろう。
この世界にはゴミ袋がない。
おそらく、ビニールというものが無いのだろう。
そこで使われているのが、何やら布状の袋。
中が見えないようになっており、これがこの世界のゴミ袋になっているようだ。
月に二回ほど指定の場所に置いておくと回収してくれる日があるそうだ。
そこのところは周期が長いだけで日本と変わりない。
そのあたりに落ちているゴミなどをすべて袋の中に投げ込んでいく。
そうしているとふと、あることを思い出した。
「なあ、歯ブラシってこの世界にはないのか?」
「……はぶらし?ってなんですか?」
おやおやこれはどういうことだ?
まさか本当に歯を磨くものがこの世界には存在しないということなのか!?
いやいや、それはないだろう。
「えーっとだな、歯ブラシっていうのは歯を磨くものだな。……磨く?洗うのほうが正しいのかな?」
「あー!あれですね!」
そう言ってユイノは持ってきた小さなバックをごそごそと探し、そして中から出てきたのは小枝のようなものの先にブラシのようなものが付いた物だった。
「あーそれか!」
「そーそーたぶんそれであってる!」
「そう言えばそれ、まだマサキの分買ってなかったな!今日はもう遅いから、明日朝食前に買いに行くとするか!ユイノの話は明日の朝食を終えてからでいいな?」
「はい。かまいませんよ」
「よしでは明日の予定は、朝食前にあれを買いに行き、朝食後今日の続きと行こうか」
「おう!」「わかりました」
先ほどまでの暗い雰囲気から一転しとても明るい雰囲気になっている。
ユイノも暗かった表情が今は笑顔だ。
なんだかんだでやはりリリアナは人をまとめ、元気づける才能があるな。
リリアナのパーティーが最前線で戦っていることもうなずける。
「なあ、ふと思ったのだが、二人ともあれとかそれって、どうして名前を言わないのだ?」
もしかして口には出しにくい商品名だったりして。
たとえばものすごい下ネタ的な名前で、女子は言いにくいものだったりして。
それは……ないか。
自分で考えたとはいえなんて馬鹿な考えだ。
自分の頭の悪さに少々の呆れを感じているとユイノとリリアナが二人顔を見合わせているのに気が付いた。
どうしたのだろうか?
「どうした二人とも?」
「いや、そういえばそうだなあと思ってな」
「ええ、よくよく考えればコレ名前がないんですよ」
ユイノが自分の掌に乗せたあれを見せながら言ってくる。
名前がない?どういうことだろうか?
「店で買うときはなんて言うんだ?」
そう聞くと、
「「あれください」」
見事に2人の声がはもった。
てか本当にあれとかそれとかで話しているとは。
「じゃあもういっそ、歯ブラシでよくねえか?」
さすがにあれとかそれでは判りずらい。
そう思っての提案だ。
「いいですね!」
「そうだな!」
思いのほかあっさりと受け入れてくれた。
明日は、歯ブラシ買に行って、ユイノの話を聞いて、もしかしたら他にも何か用事ができるかもしれない。
……忙しくなりそうだな。
「よし!寝ようか!」
部屋もようやく片付いてきたころだろうか、リリアナはいつもの唐突発言を再び行った。
いや、今日は俺も疲れていた。
ちょうどいいタイミングだ。
「そうだな」
「そうですね」
ユイノも先ほどから、何度かあくびをかみ殺していた。
十四と言っていたからな、この世界にはテレビやゲームがないからこの時間ではもう眠たいのだろう。
今現在も眼をしょぼしょぼさせ、ゴミを袋に入れている。
そのゴミ袋を受け取り、歯を洗ってきな。と言うとユイノはリリアナに洗面台の場所を聞いててくてくと歩いて行った。
なんだかとてもかわいいのだが……。
「リリアナ、お前も行って来いよ」
「うむ、そうだな。では先に歯を磨かせてもらおう」
ぽつんと先ほどまでドンチャン騒ぎを行っていた部屋で一人になった俺はぐるりと部屋を見渡す。
この部屋はキッチンとリビングが一緒になっている。
すぐに料理が机に並べることが出来るようになっている。
机、椅子、キッチン、ソファー、あとはゴミの入った大きな袋が三つ。いろんなものがこの部屋のはある。
だがそれはどれも決して現代日本にかなうものではない。
洗面台へと続く扉と寝室へと繋がる扉。あと玄関もここにある。
玄関の戸を開けるとすぐにリビング。
まるで俺が一人暮らしをしていたアパートのようだ。
広さはこっちの方が断然でかいが……。
この部屋にはもう一つ、大きな窓がある。ガラスは張られていなく木製の格子がはめられている。
おかげで夏になりかけの今は涼しいいが、冬はどうするのだろうか?
先日、神からの手紙と夕凪の写真を見て泣いたのもこの場所だ。
今現在も空には黄金色の月が偉そうに上から見下ろしている。
雲はなく星が綺麗なのがわかる。
東京では見れないものだ。
もしかすると日本のどこで見るより美しいものかもしれない。
それ位思えるほどの満天の星空がこの世界では帝都という都会からでも見える。
それは電気がないからだろう。今日街のどこを見ても電気の類をしようしている所はなかった。
最近の日本では田舎でも離れた都会の明るさで星が見えにくいというからなあ。
この世界での光源はすべて炎だ。先ほどからこの部屋を照らしている明かりも数本の蝋燭だ。リリアナやユイノ曰くこれでも明るい方だそうだ。数日前まで、ガンガン電気を使いまくっていた俺からすれば少し暗いと思うくらいの明るさ。
夜、なにか作業をするときは少しだけ不便かもしれない。
電気があれば便利かもしれない。
でも、それがないがゆえにこの星空があると思うと、この世界に電気はいらないのかもしれない。
「おーいマサキー!空いたぞー。お前もうがいだけはしろよー」
「おっけー」
洗面台へ向かいうがいを何回かする。
よく考えると、風呂は高級なのに、このような水は普通に高級でも何でもないんだなあ。
水じゃないとすると、お湯にするのにコストがかかるということか。
「さてさて、じゃあ今日はソファーで寝さしてもらおうかな?」
「なぜだ?一緒に寝ればいいではないか?」
そう言いリリアナはベットに腰かける。
「いや、さすがに無理だろ」
この部屋にあるベットは見るからにシングルベット。
昨日まででもかなり狭かったのだ。
そこに一人追加されれば必然的に誰がが別のところで寝なくてはいけなくなる。
リリアナはともかくユイノのようなか弱そうな女の子がベットで寝ないなんてあってはならない!
つまり俺かリリアナ、どちらかがベットから追い出されることとなる。
ベットの所有者である女のリリアナがユイノと眠るか、どこぞの馬の骨とも知れぬ俺がいたい気な少女と眠るか、誰が考えても答えは一つだろう。
「ま、とにかくお前はユイノとベットで寝ろよ!」
「そうか?では、そうするとしよう」
リリアナが寝室に消えていくのを見届け俺はソファーに横になる。
横になりながらゆっくりと考える。
自分はもうこの世界に慣れてきつつある。
今の生活は充実しており、とても楽しい。
美少女と一つ屋根の下で暮らしているし、ロードとか言う異世界迷宮もある。
少し前の俺なら帰ることなど考えなかったのかもしれない。
でも今は、夕凪に会うため。ただそれだけが理由で今の楽しい生活を捨ててもいいと考えてしまう。
だが、それは今は叶わない。
かなりの時間がかかってしまうだろう。
正直なところ、戻れるかどうかもわからない。
昨日ロードに潜って感じたことだか、広いのだ。
ロード内はとてつもなく広い、それでいてさらに内部は迷路と階層が上がると強くなっていくモンスター。
帰れないかもしれない。
あの時、メルクスと神殿で会ったとき。俺はなんとかなると思っていた。だが実際は……。
それでも、クサイ台詞を使うなら、希望が有る限り諦めない。
心の奥で俺は強くそう思った。