宴会
「これはだな、リリアナ」
「ん?なんだ?言いたいことでもあるのか?いいだろう言わせてやる」
なぜだ?まるで浮気現場を見られた男の気分だ。
今まで彼女いたことなんてないのに。
「えっと、そちらの方は?」
「ユイノ、この人はだな、リリアナっていう……」
「私はリリアナという。こいつとは一緒に住んでいる」
リリアナが俺の言葉に重ねて言う。
どうしてそんな言い方をするのだ!?
内心でそんなことを思いつつ状況説明に移る。
「まったくお前は、そういうことをなぜ言わなかったのだ。私がそれを禁止する理由はないだろう?それにお前はサボったと言ったが私はそうは思わない、お前は半日できれいに部屋を掃除したその技術はとてもすごいものだと私は思う。だからもう私に隠し事はしないでくれ」
「あ、ああすまないな」
すべてを話すとやはりというかリリアナは素直に許してくれた。
「でもどうして、ここに居るってわかった?」
「それはだな……私はなんていってさっき出かけた?」
質問に質問で返された。
だがそんなことは覚えていない。
あの時はとにかく急いいたし、それに教会やら何やらいいろんなことが一気に あったこともあって、見事に忘れてしまっている。
「すまん。覚えていない」
「……まったくお前は、私はあの時麺を買ってくると言った」
「ん?麺?」
麺ってあの冷蔵庫もどきの中に入っていなかったか?
朝、朝食を作ったときに確か冷蔵庫もどきを開けてすぐわかる場所にあったはず、あれを見落とすとはとても思えないが……。
「麺って、あの箱の中に入ってなかったか?」
「ああ入っていたぞ?お前は見たよな?朝食を作ったのだから、だがあの時お前は私の言ったことに疑問を抱いていなかったよな?」
「かま、かけたってことか?」
「ま、そういうことだ」
なんてことだ。
「あの、そろそろいいですか?」
そう言って気まずそうに手を上げたのはユイノだ。
俺とリリアナのやり取りをずっと聞いていたようだ。
「どうした?ユイノとやら」
「えーっと、今話していたように私とマサキはパーティーを組みました。パーティーを組んでいる者同士は一緒に生活するというのが普通ですが、その点は……」
なるほどなるほど、遠く離れた者同士の連絡方法が普及していなさそうなこの世界ではパーティーメンバーが離れたところに住んでいれば連絡が取ることができず、ロードに潜るとなるとあらかじめ約束しておく必要がある。
だが、人間だれしも緊急ができる可能性が出てくる。
もし病気になってしまえばそれでもう約束はおじゃんだ。
また、合うのがいちいち面倒になるだろう。
そこで一緒に住むということか。
ふむふむ。
……一緒に住む?
「一緒に住むってまじで?」
「い、いやなのですか!?」
全然そんなことはないです!
むしろ最高っす!
「全然そんなことないよ!むしろやったーって感じ!」
「マサキって女に飢えているのですか?」
「全然そんなことないよ!俺くらいの年の男子だったら普通だって!」
「今のセリフに身の危険を感じました!」
そう言って自分の体を守るように抱くユイノ。
「……おい何を勝手に話を進めている」
俺が問題としていることをリリアナは気が付いたようだ。
「そうだユイノ、俺はリリアナのところで住込みで働いている。俺がお前の家に行くとなると俺は仕事をなくしてしまうことになる」
「あ、大丈夫です、私の家はすこし……ええ、私の家はもともとダメです」
ん?今少しユイノの顔が曇った気がしたが。
だがダメとはどういうことだろうか?
「なあ、それってどういう……」
「わかった、なら家に来い。お前にもバイトをしてもらうということで家に住まわせてやる。その代り……マサキとユイノ!お前たち二人で一日千メルだ!」
「あ、ありがとうございます!リリアナさん!」
イイハナシダナー?
いやちょっと待て!
「ちょ、ま!え!?二人で千……ええ!?」
そんなぁ……。
これが、美少女と過ごす代償なのか……。
ユイノはもうその後すぐに荷物を取りに家に戻った。
別に明日からでも良いのではないか?と思ったのだが、リリアナが「わかった、待っている」と言ったのでこうなった。
その間俺とリリアナはロードの入り口がある建物の前で待っていることとなった。
ユイノはこの町とは違う別の町に住んでいるようだ。
「お前にはいろいろと迷惑をかけているな……。リリアナ」
「構わないさ、迷惑と思わず頼られていると考えるとむしろ嬉しい気持ちになるからな!」
なんてポジティブな考え方だ!
言い換えるだけでこんなにいい気持ちになるなんて!
「でも出会ってまだ三日のやつだぜ?」
「それがどうしたというのだ?」
「え?」
「私は時間なんて気にしない、見ればそいつがどういうやつなのかぐらいはわかるからな。だから時間なんて気にしない、私はお前になら頼られたいと思っただけだ」
……こいつ、アニメの主人公みたいにかっこいいな。
本当は男なんじゃないのだろうか?
ただそんなことを思い、ユイノの帰りを待った。
「ここが私の家だ!」
「そして俺がお世話になっているところだ!」
「後者は何故自慢気なのですか?」
「そんなことはどうでもいいだろう!」
今は丁度リリアナの家の前にいる。
ユイノは普通のリュックを持ってきてまるでこれからピクニックにでもいくのかと言わんばかりの軽装だった。
すむ家を変えるというのは大変だ。これは大学生になって一人暮らしを始める際に味わった。
いままで過ごしてきた場所に別れを言う寂しさもあったり、沢山の荷物を運ぶのもかなりの重労働だった。
それを考えるとユイノの決断の早さと、荷物の少なさは以上だ。
「なあ、リリアナ、一つ聞いてもいいか?」
俺は小声でリリアナに質問する。
「なんだ?」
「いや、なんだ。その……ユイノの荷物少ないと思わないか?」
そう聞くとリリアナはハッと目を見開き何かを訴えるように一気に食って掛かってくる。が、それは一瞬の出来事で言葉を発する時にはどこか気まずげな表情をしていた。
リリアナがここまで感情をあらわにするとは、俺は知っていないといけない、聞いてはならないことを聞いてしまったのだろうか?
「お前は、本当に知らないのだな?今の発言、彼女に対しての皮肉で言ったのではないのだな?」
リリアナの言う意味がよく理解できない。
彼女への皮肉?俺の質問のどこに皮肉があっただろうか?
「どういうことかはわからないが、俺は何も知らない。お前の中の常識が俺には通用しないんだ。だから教えてくれ」
するとリリアナは表情を引き締め一言呟いた。
「彼女は、ユイノは、元奴隷だと思う」
「さあて!今日は新しい同居人も増えたことだし、パーッとやろうじゃないか!」
リリアナが右手にシャンパンのようなビンを持ちながら叫ぶ。
こうなることを予測していた俺は昼のうちにご近所さんに『すいません、突然なのですが今晩うるさくするかもしれないので、それだけお願いします』と言ってある。つまりはいくら騒いでも大丈夫というわけだ。
「そうだそうだ!ほら早くそれ開けろー!」
俺は野次を飛ばすおじさんのようにしながら、リリアナにシャンパンのようなものを開けるように促す。
するとリリアナは、「開けてほしいかー!!」などと、どこの歌手だよ、と思わせるほどの煽りを行ってきた。
「開けてくださーい!」
「うむ!満場一致だな!では、オープン!」
スポンッという軽快な音とともにコルクの部分が吹き飛ぶ、それと同時に中身の液体が大量に吹き出す。
「うお!冷た!」
液体が俺にかかる。
シュワシュワと腕にかかった液体から泡がなくなっていく。
ビールのようなものだろうか?
腕に鼻を近づけてクンクンと犬のように嗅いでみる。
するとかすかにアルコールの匂いがした。
やはりお酒であったか。
「って、酒って未成年が飲んでもいいのか?」
「なにがだ?酒は十五からいいとされているだろうが」
「え、ええそうですよ」
同意を求めたユイノの反応が少しぎこちない。
だが、酒が十五からいいというのはやはり本当のようだ。
「だが、体に悪くないか?」
「回復職の奴に頼めばアルコールを抜いてもらえるから大丈夫だ!まあ、細かいことは気にするな!飲め!」
「お、おう!」
ガバカバと俺の使っている木製のコップにリリアナが大量に注ぐ。
自分のところにもついだリリアナは次はユイノだと言ってビンをユイノのコップに近づけて傾ける。
するとユイノは慌てた様子で、
「だ、ダメです!私はまだ十四なので飲むことは出来ないのです!」
「さっき返事がぎこちなかったのは飲めなかったからなのか」
「は、はい」
と言うよりユイノは十四だったのか。
かなりの年下ではないか。
夕凪より下だったとは。
「じゃあ、ユイノはこっちだな!」
そう言ってリリアナが取り出したのはオレンジ色の液体が入ったビンだ。
どこから見てもオレンジジュースだ。
まさか異世界にもあったとはな、意外だ。
「それってカラシマの実のジュースですか!?」
どうやらカラシマと言う果実のジュースのようだ。
オレンジジュースなら飲んで懐かしめたのだか……。
いや、諦めるのはまだ早い!
名前は違えど味は同じと言うこともあるかもしれない!
これは異世界召喚物の定番中の定番だ。
「そうだ!これはカラシマの実のジュースだ!先日友人に貰ってな。高価なものだからこういう祝いの場に出そうと置いておいたのだ!」
「高価なものなのか?」
見た目からしてそこまで高くないと思っていた俺には意外な真実だ。
俺の発言に驚いた様子でリリアナとユイノが互いの顔を見合わせている。
「高価も高価、とんでもなく高いぞ?それも知らなかったのか?」
「常識知らずにも程がありますよ?マサキは本当にどこに住んでいたのですか?」
「え、あ、遠いところに住んでいたからな!ま、まあ、それは置いといて、さ!飲もうぜ!」
言うと二人は話をそらされたからか、一瞬ムスッとした表情になったがすぐに『まっいいか』と言って明るい表情に戻り、
「そうだな。では!飲もうか!」
「「イエーイ!」」
「自己紹介と行こうではないか!」
リリアナは唐突に自分の椅子に立ち上がり、右手に先ほどの酒のビンを持ち高々と振り上げながら言った。
「ちょっ、危ないからおりろよ!」
「いいではないかー!酔っている訳でもないしなー!」
充分に酔っているだろうが!
先程から酒の方はあまり飲んでいなかったはずなのだが。
どうやらリリアナは酒にめっぽう弱いようだ。
「リリアナさん!降りてください!」
「ぶー!ユイノまでも……。いいだろーこれくらい!」
こいつは酔うとかなり面倒くさいようだ。
これから酒を与えるときは気を付けないとな。
ただこいつをどうやって降ろすか。
そう思案していると……。
「いい加減にしてください!危ないですから!」
ユ、ユイノが叫んだ……?
俺とリリアナの視線がユイノに集中する。
するとユイノは、俯きながら先ほどとはうって変わって小さな声で、俺たちに聞こえるか聞こえないかぐらいの声で言葉を発する。
「大きな声を出してすいません。ですが、それだけ心配していると言うことです。わかってください」
ユイノの言うことは至極全うだ。
酔った状況で椅子に上るなど、本当に危ない。
だが、あのユイノがここまで怒鳴るとは……。
俺はただそれだけが気になった。
部屋に沈黙が訪れる。
一言で言うと気まずい。
ここはひとつ俺がこの沈黙を打ち破ってやろう。
「ま、確かにユイノは正しいな、だがなユイノ。リリアナも盛り上げようと思ってしただけなんだ。そこは理解してやってくれ」
両方を認めながらその場を修める。
ここではこれが一番だろう。
「はい……」
「ああ、私も少し調子に乗りすぎたかもしれんな。すまなかった」
「では!自己紹介を再開しようか!」
二人が謝りあったのを見てから俺は腰に手を当て仰々しく途切れた話題を修復させる宣言を行った。
リリアナの自己紹介はなんと前回と一言一句違わずそのままだった。
どうやらあれはリリアナの中ではテンプレのようだ。
リリアナが自己紹介を終え席に着くと次はお前の番だと言わんばかりの二人の暑い視線を受け立ち上がる。
「えーっと、二人とも知っていると思うが俺は、さかが……、マサキだ」
おもわず苗字を口走りそうになりあわてて言葉を飲み込む。
長年付き合ってきた名前、自己紹介の度に口に出してきたのだ。リリアナのテンプレというわけではないがやはり口に出してしまう。
「何か言いかけませんでしたか?」
「いや何でもない。それで、俺の生まれは辺境の片田舎だ。お前たちが知っていて当たり前ということを知らない場合が多々あると思うがその都度教えてもらえると助かる。あと俺はまだまだ初心者の冒険者だ、ユイノ、ロードでは頼んだぞ」
一瞬初心者という単語に疑問を持つ素振りをユイノは見せたが、装備品などを見て理解し「わかりました」と一言笑顔で口にした。
「年は十九、ジョブは冒険者……こんなものかな?よろしく頼む!」
二人の拍手を一身に浴びながら自分の椅子に座る。
順番が回り今度はユイノの自己紹介へと移る。
ユイノはおずおずとその場に立ち上がると、ゆっくりと話し始めた。
「私は、ユイノです。年は十四で、お二人よりも年下です。それと、私は火人族です」
その火人族という物に関して俺が持っている情報は少ない。これからいろいろ調べるとしようか。
ただ魔法が使える。これは揺るがない事実だろう。
ユイノ本人が、言っていたのだからな。
「あとジョブは、冒険者と魔法使いを持っています」
「ほう、魔法使いか、うちのパーティーに欲しいな!」
リリアナが物珍しげにユイノを眺めている。
「ユイノは渡さないからな!」
「わかっているわかっている」
俺の言葉を流すように手をひらひらと振るリリアナ。
本当にわかっているのだろうか?
「私は、マサキのパーティーに入ったのです!ほかのとこに行くつもりはありません!」
「だが私のところだと、安心してロードに潜れるぞ?」
「うっ……い、いきません」
「え?何今の間?」
「行かないので、もう忘れてください!」
僕ちょっと心配しちゃうからもうやめてね?
自分でやって自分で気持ちが悪いと思いつつ、話題がそれかかっているので修正に入る。
「でだ、自己紹介の続きを頼む」
そう言うとユイノはうつむき声のトーンを落として「はい」と呟いた。
ユイノの自己紹介は終わらない。