パーティー
皆は朝になると美少女幼馴染みが家にやって来て起こしてくれる、というシチュエーションを知っているだろうか?
アニメや漫画、はたまたライトノベルからエロゲ。幅広いところで使われているシチュだ。だが、実際にそんなことが起こる人はいるか?いないだろう。
また、あの行為をこと細やかに分析すると、あれは主人公が美少女幼馴染みに起こされると言うことより、主人公が朝一番に目に入れる人物が美少女であると言うことの方が俺は重要だと思ったのだ。
つまり朝一番に見る人物が美少女である人はあの2次元でしかあり得ないとされてきたシチュを知らずながら味わっていると言うことだ!
と、まあそんなことを即席で考え自分に言ってみたが……うん。すごい感覚だな。朝一番に美少女を目に入れると言うのは!
朝、自然に目を覚ましふと横を見てみるとリリアナがすやすやと気持ち良さそうに寝ていた。
俺の今の心情は俗に『テンパっている』といわれる状況だ。
すやすやと眠るリリアナ。
綺麗!美人!ドキドキする!
「はわわわわわわわわわわわわわわわわわ……」
「うるさい!」
リリアナが俺の脳天にチョップをかましてくる。
結構痛かった。
リリアナがまだ眠いという事なので朝食は俺が作ることになった。
昨晩机の上に置いておいたチャーハンがなくなっていることから食べてくれたということを推察。
きちんと口にあっただろうか?そんなことを思いながら台所を漁る。
冷蔵庫?(電気の類いは使っていないが何故か中は冷たい空気で満たされたなぞの箱。この世界の冷蔵庫のようだ)の中には卵に肉、野菜、麺類もあった。
麺は乾燥させて袋の類いにいれずそのままおいてある。
この世界にも麺があったのだな。
その他には、台所の近くに籠に入ったパンなども置いてあった。
ではでは、今から何を作ろうか?
「パクったな?」
俺が朝食を作り終え机に並べていると丁度リリアナが起きてきたので顔を洗ってくるよう言い、戻ってきたリリアナが開口一番にこう言ってきたのだ。
「……はい」
机にはベーコンと目玉焼き、そしてパンが並べてある。
つまり昨日と全く同じメニューだ。
「昨日の料理がおいしかったのでな、少し期待をしていたのだが……」
「あれはたまたま思いついただけだし、それに朝からあれはしんどいと思うぞ?」
「……まあいい、作ってくれたのにこれ以上愚痴を言うつもりはない、だが……」
「だが?」
「また今度、作ってくれるとうれしい」
なぜか少し顔を赤くしながら言うリリアナ。
―――可愛かったので今度、何か作ってあげよう。
そう、思った。
……はっ!
ダメだ!この世界には誘惑が多すぎる!
そう、俺は夕凪一筋!
かなり重度のシスコンと化しているな俺……。
カチッ……カチッ……
今の俺の聴力はおそらく世界一だろう。
自分の腕時計の音に対してだけだが。
カチッ……
また一分が経ってしまった。
現在時刻は九時四十五分。
ユイノとの約束まであと十五分しかない十時には着いていたかったのだがどうやら無理そうだ。
十分や十五分なら許してくれるかもしれない。
だが、このままでは確実に遅刻どころか行くことすら出来ない!
今は、リリアナに言われた洗濯などをこなしている。
どうやら俺が始めたバイトの正体は雑用係だったようだ。
いつもならこんなこといくらでもしてやるのに……。
―――――最悪だ。
時計を見る。
針は重なり真上を指していた。
背筋を汗が流れていく。
出かけると言えばいいだけかもしれない。
だがそこからもし昨日のことがリリアナにばれたらどうなる?
減給?いや、最悪クビだってあり得るかもしれない。だって俺は仕事を初めて二日でやり込むという作業を放棄しサボっていたのだから。
どうしようどうしよう!
「さっきからどうした?……もしかして腹でも空いているのか!?」
なぜか目をキラキラさせながら言ってくるリリアナ。
それあんたが食いたいだけだろ!
今はそんなことをしている場合ではないのだが、断れば怪しまれてしまう。
「そ、そうだな。飯にしよう」
「よし!じゃあ昼は私が作る」
そう言ってリリアナは冷蔵庫を開けて中から野菜を取り出したりと料理を始めた。
それを見ながら必死にどうすればいいか考える。
「あ……」
しばらく考えていたときリリアナが小さく声を漏らした。
「どうした?」
「い、いやあ、昼は麺ものにしようと思ったのだが……買い忘れのようだ。少し行って買ってくる!」
「わかった」
これはチャンスだ!
買い物にどれくらいの時間がかかるかはわからない。だけど、ここしかチャンスはない!
リリアナが玄関から出ていき数十秒後俺も玄関を後にした。
街中を必死になって駆け抜ける。
一直線に、ただ待ち合わせの場所に向け駆ける。
ごめん、ごめん!
心の中で何度も謝罪しながら走り、会えばもし待っていてくれて会うことができたら、真っ先に言おう。そう考えながら俺は向かった。
待ち合わせ場所は人でごった返しておりまるでスクランブル交差点のような多さだった。
その中で一人、ただ、歩くでもなく誰かと会話をしているでもない少女がいた。
昨日のような革のコートのようなものではなくすこしオシャレをしているように思う。
そう、そこにはユイノが一人立っていた。
急いでユイノに駆け寄る。と同時に謝罪の言葉を連ねる。
「ご、ごめん!本当にごめん!遅れたのには事情があって……って、え?」
ユイノがいきなり抱きついてきた。
身長差があるのでユイノが俺の胸に顔をうずめる形となる。
俺は女性に抱きつかれたことが一度もない、ただのモテないひきこもりだ。
もちろんこんな時の対処法を知るわけがない。
「ごめん!謝る!本当にごめん!」
ひたすらに謝り続けているとユイノが顔を上げる。
――――泣いていた。
目を真っ赤に腫らし頬に涙の跡がくっきりと残っている。
「あ、ご、ごめん」
それしか言えない。俺はアニメの主人公のような存在ではない。
女の子が泣いているからと言って気の利いた言葉など思いつかない。
だから謝る。
「ごめん」
自分のふがいなさに腹が立ってくる。
次になんていいのかそればかりが頭の中をぐるぐると駆け巡っている。
どうすればいい!どうすればいい!そう考えていると……。
「……わ、私はぁ……心配しましたぁ……!」
心配?街の中にいるのに?
森などに出れば危険かもしれないが……。
なぜだ?
……そうだ、ここは日本じゃないんだ!
この世界は日本とは違うところがいくつもある。
モンスターなんてものが存在していたり、体の傷を一瞬で治す飲み物があったり。
だから、いくら安全な街とはいえ、夜になるとそう言う輩が街を徘徊していてもおかしくない。
そして、初心者である俺は人身売買を行っているようなやつがいれば、絶好のカモというわけだ。
つまり、この世界で待ち合わせを行い、もしそれに遅れるということがあったのならそう言う可能性が出てくるということなのだ。
「俺は大丈夫だから。な?心配かけてすまなかった」
「……スンッ……マサキはあの強い剣を一日に一回しか使えないって言ってたから……もしかしたら、私を助けたせいで死ぬより辛い目に合っているのかもしれないって……そんなこと思ったらどうしていいかわからなくなって……」
「……そんなことはない。お前を助けたのは俺が勝手にしたことだ。……そうだ!あれは俺のために、そう!自分のためにしたことなんだ!俺は助けたいという欲望を満たしただけのただの自己満足野郎なんだよ!だから……気にするな」
そう言うとユイノは一瞬考えたのち、にっこりと笑って、
「はい!わかりました!マサキ!」
その後、俺はユイノに手を引かれながら教会を目指した。
女子に手を引かれながら教会へ向かう。このシチュエーションだけを見ていればまるで結婚しに行くカップルのような感じがする。
いつもの俺ならウキウキの気分なのだが、今は違う。
夕凪への気持ちとの間ですさまじい葛藤が巻き起こっている。
じゃなくって、いや何で結婚するわけでもないのに妹のこと気にしてんだよ。
……やばい、俺の頭の中やばいっ!
結婚する時でも妹のこと気にするなよ!
今俺が考えていたのはリリアナのことだ。
もう家に帰っているかもしれない。
帰ったらクビにされるかもしれない。
心配をかけているかもしれない。
ユイノで学んだこと、それが今も適応されるだろう。
もし家に誰かが侵入して俺を拉致していったとリリアナが考えればそれはユイノと同じくらい心配させてしまうことになる。
家に帰ると、本当のことを話そう。
そっと決意してユイノの後を追う。
「着きましたよ」
前を歩いていたユイノが振り返って言ってくる。
そこには綺麗な、そう本当の結婚式を行うチャペルのような建物が建っていた。
清潔感あふれる白に、きれいなガラス。
「ほほう、これはなかなかすごいな!」
「ですよね!ここ本当にいい場所なんですよ!私大好きなんですよね!」
いきなりテンションが上がるユイノ。
やっぱり女の子ということだろうか?
ワキワキと満面の笑みで話すユイノを見ているとあることを思った。
やっぱりかわいいっ。
「なにニヤニヤしているのですか?そんなことより、早く行きましょうよ!私まだ中は見たことないんですよ!」
「はいはい……って、ちょ!」
またもや手を握って引っ張っていく。
大きな扉をくぐると中はアニメや映画でしか見たことがない神秘的な雰囲気が広がっていた。
「おおおおお!」
木製の椅子がいくつも等間隔で並べてあり、目の前に大きなステンドガラスがありそこには女神……ではなく男性の絵が描かれていた。
何処か見覚えのある顔を眺めているとユイノが疑問に思ったのか聞いてきた。
「メルクス様が描かれたステンドガラスが、そんなに気に入ったのですか?」
「……あー、やっぱりあいつだったか」
そう、あの天界のような場所で見たあいつそっくりだ。
そこが違うだけで、他はもといた世界の教会と一緒だと思う。
あまりのすごさに思わずキョロキョロとしてしまう。
「ちょ、ちょっと、キョロキョロしすぎです。……それでは早くしてしまいましょうか」
「お、おう!……ってどうやるんだ?」
その質問に対して溜息で答えるユイノ。こいつは少し俺を舐めすぎではないですかね?
「じゃあ、まず紙を出してください」
「はい」
言われた通りに取り出してユイノに渡す。
「いえ、渡さなくてかまいません。それを持って私の言うことを復唱してください。いいですか?」
「え?え?お、おう!」
「本当に大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫だ」
とにかくユイノの言うこと真似しろってことだろ。
「我らが崇めし神、メルクス様!お聞きください!」
「わ、我らが崇めし神、メルクス様。お、お聞きください!」
出遅れないように思います慌てて復唱する。
ユイノが目を閉じさも神を崇めるようにしているので俺も真似をしながら。
それにしても、俺は別にあんなバカな神を崇めてなどいないのだが構わないのだろうか?
そっと目を開き横目でユイノを見る。その表情はとても真剣で本当に懇願しているようだ。
……まあ、今ぐらいは崇めているってことにしてもいいだろう。
「難攻不落の神の試練、我らに打ち破る光の階を……、我らは死が訪れるまで互いを守り支え、助け合うことをここに宣言する!」
「な、難攻不落の神の試練、わ、我らに打ち破る光の階を……、我らは死が訪れるまで互いを守り支え、助けあうことをここに宣言する!」
ぴったりユイノの後を復唱した。
すると、
……カランッ
どこから落ちてきたのかはわからなかったが、目の前に小型の金属が落ちて来た。
あっぶねえ……。もう少しずれていたら頭に直撃していたかもしれない。
いったいなのが降ってきたのかと疑問に思いそれを目視する。
―――金の指輪だ。
日本で見たら金持ちがっ!と恨むような綺麗さだ。
「すっげえ……」
それを拾って目の前に持ってきてよく観察する。
鏡のように反射する表面を見ると、自分のあほ面が映っていた。
「では、マサキそれを指にはめてください。契約の指輪と言われています」
モニタリングで見る。
契約の指輪、装飾品
特性、装着することでパーティーを組むことができる。
装飾品か、攻撃力が表示されなく、それでいて装備品におそらく表示される防御力も表示されない。やはりパーティーを組むだけの道具のようだ。
「はめる指はどれでもいいのか?」
「はい、構いません」
そういうことならできるだけ邪魔にならないところがいいか。
そう思うも指輪なんてものは生まれてこの方付けたことがない。どこが邪魔になりにくいかなそまったく知るはずがない。
何となくで小指にはめる。
……ぶかぶかしている。
これではすぐに取れてしまう。
こういうものは魔法か何かで自分の指にフィットするというのが異世界のお約束ではないだろうか?
そんな愚痴を考えつつも右手の指を一本一本試してゆく。
親指はもちろん入らずいろいろ考えて、結局右手の人差し指にはめておいた。
ぴったりで、激しい運動をしても取れる心配はないだろう。命を懸けた激しい運動ではどうかはわからないが。
「……ど、どうですか?似合いますか?」
そんな杞憂としか思えないことをひたすら考えていた俺にユイノが指輪をはめた手を見せてくる。
左手を……。
薬指を……。
俺は何も言わず指輪を右手の人差し指に差し替えた。
「どうして変えたんですか~!」
先ほどの行為に理由を求めてくるユイノに、「そっちの方が似合っているから」と適当な返事をしてまたあの大きな門をくぐり教会の外に出る。
ステンドガラスは多くの光を通していたが、やはり建物内。外に出ると太陽がまぶしくおもわず顔をそむけてしまう。
教会に壁には防音の効果でもあるのだろうか?
建物内では音がまったく聞こえなかったが、外に出ると色々な声が飛び交っている。
大声で客引きをしている商人風の男。世間話をする奥様方。ロード内の出来事を自慢げに話す大男。
そして……。
「案外早かったな?マサキ」
背筋が凍りつく。
その声が怖いわけではない。怖いわけでないはずなのだが、足が動かなくなる。
心臓がバクバクとなり、あまりの活動っぷりにこのまま破裂してしまわないだろうかなどと思う。
手は、大量の汗でびしょびしょ。
心境はさながらエロ本を親に目の前で見られた中学生のよう。
すべてが終わった感覚。
そんな感覚を見事にデリバリーしてきてくれた、少女に向かって俺は言う。
「これには事情があってだな」
言い訳で使われる言葉ランキングの第一位をそのまま引用し、俺は満面の笑みのリリアナに弁解を試みた。