実行
栗色の髪の女性は一度髪をかき上げてから俺をその目にとらえる。
目つきの鋭さに足がガクガクしてしまうのを必死に抑えながら俺は睨み返す。
すると向こうが先に口を開いた。
「はぁ。というか、まだ私を知らないものがいるとわな」
「へ?えっとどういう……」
目の前にいるのはもしやとんでもなく自意識過剰な方なのだろうか?
いや、まあその目つきならみんなに認知されていてもおかしくはないが……。
「僕が、話しますよ団長。彼もその方がいいでしょうし」
俺が疑問を口にしていると、後ろに控えていた柔和な面持ちの男が団長と呼ばれた栗色の髪の女性の肩に手を置き一歩前に出てくる。
栗色の髪の女性は己の顔に手を当て若干投げやり気味にその男に任せると言って男と入れ替わりに一歩後ろに引いた。
男が話し出す。
「やあ、こんにちは。僕の名前はクルス。目つきの悪い彼女はミーシャ」
自己紹介を始めるクルスと名乗った男。見た感じ歳は四、五十と言ったところだろうか。
無精ひげを生やし目じりの下がった眼は彼の顔を見るものを穏やかにさせる。
そしてミーシャと言われた目つきの悪い女。
こちらは歳はまだ若く見える俺と十も離れていないだろう。
目つきの悪さ以外では怖いと思う部分はない。むしろ目かくしして顔だけ見れば美人な方だと思う。
「お、俺は、マサキ……だ」
先ほどのミーシャとは違い威圧感というものが存在しないクルスはかなり親しみやすそうだ。
ただ後方でミーシャが威圧感を向けてくるので少し怖い。
「そうか、マサキ。で、早速本題に移らしてもらうけど、君は僕たちの実力を知らないのかい?」
「……ああ、知らない」
隠してもすぐにぼろが出そうなので正直に話す。
「ふむ、珍しいね。じゃあ、さ。僕たちが弱そうに見える?」
よく分からない質問ばかりしてくるクルス。
彼の質問に答えるとするならばそれは、わからない。だ。
俺に相手の実力を測るようなことなんてできるはずがない。
ただ、そんな俺でも少しだけ思っていたことはある。
それは……。
――モニタリング
クルス HP千五百
装備品、聖教会の防具、
ジョブ、打撃王
持ち物、生命の神秘、大回復ポーション×5
実は先ほどクルスをモニタリングで見たのだが、ジョブが打撃王となっている。
以前、サルバがガーディアンという上位ジョブについているということを聞いて、確かめた際俺はほかの上位ジョブも一応見ていたのだ。
そしてこのジョブ打撃王は、攻撃職でガーディアンと同じく上位にあったジョブだ。
打撃王、攻撃職。最大LV99
取得方法、五十階層以上のモンスターを武器、その他ジョブスキルを一切使用せず千体の討伐。取得した際打撃王以外のジョブは消失する。
ジョブスキル、素手での攻撃力が三千で固定される。
三千で固定、サタンの攻撃力には及ばないものの常に三千。それに五十階層以上のモンスターを素手で千体殺すというフットワークが合わされば……目の前のこの男はとんだ化け物ということになる。
つまり、彼の質問への答えはこうなる。
「まったくそうは見えない」
その答えにクルスは口元をゆがませ笑みを作る。
「ああ、嬉しいよ。そして正解だ。僕たちなら八十九層でも道中のモンスターなら難なくあしらうことができるだろう」
「だがどうして、着いてきてくれる?報酬はお前たちには少し安すぎるように俺には感じるが」
これだけ自分の腕に自信のある人物を護衛として雇う。
それに、彼の腕ならおそらく、ロード内の上層モンスターを狩りまくって金銭的に特に困ることはないはずだ。だから俺には着いてきてくれる理由がわからなかった。
「そうだね。というか、報酬はいらない」
「なっ!」
その言葉に思わず驚きの声を上げる。
無償での労働。おかしい、なぜだ?なぜついてきてくれる!?
その疑問は次の言葉ですべて解決する。
「僕たちは、『国王直属騎士団第一戦闘部隊』だからね」
「え……?」
王直属?戦闘部隊?
頭が現実に着いて行かない。
「え?え?これ……え!?」
戸惑う俺にリリアナが声を掛けてくれる。
「お、おい!大丈夫か!?……つまりだこいつらは現在この国、いや違うな。この世界で一番強いパーティーだということだ」
「世界一はちょっとオーバーな気もするけど……」
そう言って頬をポリポリかくクルス。
「でも、強いのは確かだよ実際パーティーのランキングでも、そこのリリアナ達を抜かして一番だしね」
「いや、それを世界最強と言わずしてなんという。謙遜はやめてくれ」
リリアナが冗談めかして言う。
それに笑いながらクルスは答えてそれからもう一度俺に向き直る。
「僕たち騎士団の仕事にはロード内で起こった事件や異変の原因の究明なども入っていてね。まあ、今回のこの異常なケースの究明も王に言い渡されたってわけさ。その、ボス部屋に最初に入った人物を見つける。これが今回の仕事。だから着いて行かせてもらうよ」
そう言ってクルスはもう一度笑った。
その後俺はユイノを店員に預けて八十九層へと向かった。
預けることを事前にユイノに伝えていなかったので猛反対されたが、みんなの迷惑になると言ったら大人しくしたがってくれた。そのあと、こっそりお前が心配だからと伝えたのは今世紀最大の黒歴史となるだろう。
何言ってるんですか!って笑われたし……。
ロードに潜ったメンバーは、俺、リリアナ、サルバ、ミーシャ、クルス、それと騎士団のメンバー四人、魔法使いのミレイ、魔術師のロキ、戦闘者のアリアス、暗殺者のビル。
ミーシャ、ミレイ、アリアスは女である。
ちなみにミーシャのジョブはリリアナと同じ騎士というものだった。騎士団という割に騎士のジョブを持っているのがミーシャだけというのはこれいかに……。
ミーシャの騎士レベルは98。リリアナよりも高かった。まあ、世界最強パーティーでリーダやっていれば当たり前か。
全員がどれくらい戦えるのかというのを知らない俺は最初の先頭で比較的安全だと思われるサルバの隣でみんなの動きを観察するつもりだ。
しばらく歩いていたら、モンスターとついにであった。
そのモンスターはドーベルマンのような姿をしていて大きさは大型犬の二倍ほどがある。そしてそのモンスターには大きさのほかにもう一つ特徴があった。
凶暴な目つきをした顔が三つ存在していたのだ。
俺は知っている、あの化け物の名前を……。
名前は……。
ケルベロス、LV89
モニタリングを使い名前を確認。そして確認してやはりと思った。
ケルベロス……それは三つの頭を持つ地獄の番犬。
それが今目の前にいる。
六つの目はそれぞれ別の人間をとらえる。三つある口からはよだれがだばだばと垂れ出ている。
大きな足にはこれまた大きく鋭い爪。引っかかれることはそのまま命を刈り取られることと同じと見て間違いない。
「こ、こんな化け物がいるなんて……」
俺は無意識にそんなことを口から漏らした。
すると、周りから笑い声が聞こえる。
見ると皆が俺を見て笑っていた。
俺が非難の目を向けるとリリアナが言う。
「ああ、確かにこいつは弱くないし見た目は完全に化け物だな……。でも……」
その言葉に続いたのは、俺を除くこの場にいる全員だった。
「「「「「「「「それを言ったらここに居る全員化け物だ!」」」」」」」」」
そこからの光景は見るも無残な蹂躙劇であった。
まず最初にクルスが真ん中の頭に一発。目にもとまらぬ速さで殴った。それだけで真ん中の頭は頭蓋が陥没し絶命に至っていた。
俺が唖然としケルベロスが狂気の叫びをあげると、今度はロキが魔術を繰り出す。
おそらく氷系の魔術だろう。空中に大きな氷柱が出現しそれが見る見るうちに形が変化して最終的には大きな槍となりケルベロスめがけて予備動作なく放たれた。
ケルベロスはそれを後方へジャンプすることで紙一重で回避、したかと思われたが右前脚に深々と突き刺さる。突き刺さると氷のやりは消失し大きな穴だけが残った。
さすがにこれでは分が悪いと判断したケルベロスはちょっとずつ後ずさってゆく。しかしそれを見逃さないとばかりに今度はアリアスが一気に右の壁を疾走し接近それに対しケルベロスは右の首を使って迎撃する。
アリアスを潰さんとばかりに放つ頭突きは見事にアリアスにあたる。
「な、お、おい!大丈夫か……って、え?」
アリアスはそれを片手で抑え何事もないように壁に立つ。よく見ると足が壁にめり込んでいた。おそらくそれだけで壁に静止しているのだろう。
アリアスはそのまま腰に下げていた剣を引き抜き首を断つ。
文字通りケルベロスの頭数がどんどんと減っていく。
逃げられないことを悟ったのかケルベロスはすでに戦意喪失し、動くことをしない。とどめを刺そうとリリアナが近寄る。
すると失っていた戦意をもう一度その目に蘇らせ左前脚でリリアナを切りつける。
それを剣で軽くいなすリリアナ。今度こそケルベロスの目には戦意が無くなり、絶望の色が浮かぶ。直後ケルベロスの体は地面に倒れ伏した。残った眼には絶望の色すら消えただただ死を迎えた生き物の目と化した。
その後ケルベロスの体が四散し中から魔石を片手にビルが現れる。
「ま、暗殺なんてこんなもんよ」
まじで、こいつらの方が化け物じゃねえか。
俺はただ苦笑いするしかなかった。
それ以降も多くのモンスターが出てくる。
おもにはケルベロスが二、三体で群れを作り襲ってきた。どうやら最初の奴は初回サービスだよ!みたいな感じだったようで、一匹で現れることは最初以降なかった。
極稀にケルベロスとそのほかにケンタウロスという上半身は人間下半身は馬のモンスターがダブルで出てきた。もちろん蹂躙するのだが、合計で四匹を超えると俺のところにも注意が向くことがあった。
勿論全力疾走で逃げて、攻撃はサルバが苦笑いで全部受けてくれ無事に切り抜けていた。
そうして俺の中ではみんなは化け物。みんなの中では俺は雑魚。という概念が寝ずいた頃だった。細い廊下にぶち当たった。
細く長く、そして何より今までロード内は明かりがなく俺が松明を持つことで照らしていたのだが、ここは壁が不思議な緑の光を放っていて幻想的な雰囲気を出していた。もちろん明かりとしては十分な役割を果たしている。
「ほえ~きれいだなぁ」
俺が感嘆とした感想を述べる。そんな俺にみんながいぶかしげな目を向けてくる。
「なんなんだよ……」
「いや、マサキはまだどの階層のボスにも挑戦したことがないのか?」
「ん?ああ、ないぞ?」
そう言うとリリアナとサルバを除くみんなが大きなため息をつく。
さっきから俺のこと馬鹿にしすぎじゃね?ねえ?
「初ボスが現在最高層ってどうなのよ」
アリアスがそう言って俺を見る。
他の皆も次々と俺を見る。
「え?あ、いや、その~。ま、まあとにかく行こうぜ!」
俺は緑の廊下をリリアナの後ろに引っ付きながら進む。
ビビってないですよ?ほら、死んじゃうといけないしね?うん。決してビビッているなんてことはないですからね?
歩いている最中リリアナに聞いたのだがどうやらどの階層もボス部屋の門まではこうなっているらしい。
あまりにも綺麗だと思ったので、すべてが解決したら一階層のボスに挑戦しようとひっそり心の隅に抱いた。
「到着だ」
そう言って足を止めこちらを向くミーシャ。
今俺達がいるのは少し大きな部屋。と言ってもそこまで大きくはない。俺達だけでもういっぱいいっぱいだ。
サッっとリリアナの陰に隠れながら部屋の中を見る。
淡く輝く部屋はまたもや幻想的な場所だ。
そこの奥に両開きの扉がある。おそらくそれがボス部屋への扉だ。
「おい、マサキ!言っていた奴はいないようだがこれはどういうことだ!?」
唐突にリリアナが怒鳴る。
サルバもこちらに鋭い視線を向ける。
よく見ると他の連中もそうだ。
俺は大きく息を吸い込み吐き出す。
心臓の高鳴る鼓動をどうにか静かにしようと試みるも無理だと判断し断念。
一度瞑目し精神集中。そうしてたっぷり時間をかけ決意する。
俺の持つすべての勇気を吐き出す決意を……。
「よし!」
そう言ってから俺は己の頬を叩く。
そのまま全員のいる前でボス部屋の扉を開ける。
みんなの顔が驚愕に変わる。
「ま、マサキ何をして!?」
「いいから着いてこい」
俺が入るとみんなもぞろぞろとついてくる。
ここに居る面子なら俺を見殺しにすればサタン討伐も簡単だろう。
すでに危険な攻撃は最後の悪あがきの魔法だけだと分かっている。だからこの部屋に入ることを渋るリリアナは本当に優しいなと思った。
そのリリアナに優しく微笑みかけ大丈夫との意を示す。
全員が入り扉が閉まる。と同時に扉が影も形もなく消失し、ただの壁となった。
久しぶりに来たサタンの部屋は最初に来たころと何ら変化はない。戦闘の傷跡も、血の後も何もない。
そこで俺は息を大きく吸い込み告げる。この国の王の耳にも入った異常事態の真実を……。
「この俺が、サタンを先に殺した犯人だ。……黙ってて悪かったリリアナ、それにサルバ」
そう告げた瞬間とほぼ同時だった。懐かしい雷鳴が聞こえたのは……。
「は?何を言っている?お前が?殺した?私たちでさえ六人の犠牲者を出して討伐したモンスターを!?」
雷鳴などまるで耳に入っていないかのようにリリアナが次々と質問をしてくる。
だが、それに答えるつもりはない。俺はリリアナから視線を外しクルスへと目をやる。
クルスに近づいて言う。
「なあ、大回復ポーションを一個分けてくれ」
俺の唐突な物言いに一瞬驚いた表情を見せたクルスだがわからないなりに今は俺に合わせることを選んでくれた。緑の液体が入った瓶を手渡される。
「何に使う?」
「まあ、見てろ」
俺はジョブ変更を使って自分のジョブを勇者へと戻す。ロード内では実は俺は主に冒険者でいた。何かあってジョブを教えるときに冒険者にしておくことで怪しまれないようにするためだ。
だが今はそんなのは関係ない。
ジョブ、勇者。となったのを確認し俺は今度は雷鳴のなる方を向く。
刹那部屋の真ん中に雷が落ちてくる。
砂埃が立ち上り視界が悪くなる。
まったく変わらない演出だ。少しぐらい変わらないと飽きられてしまうぞ?
「よう!サタン!おひさー!」
俺は意気揚々といまだ砂埃が晴れない部屋中央へ向け手をぶんぶんと振る。
その常軌を以した行動に皆が俺を頭のいかれた人間を見るように見てくる。
最近そんな目で見られ続けているせいかもうすでに何とも思わなくなってきた。
『フハッ!フハハハハッハハハハハッ!まさか二度も同じ人間に会うとわなぁ!前回は不覚をとったが今回は容赦せんぞ!』
懐かしの声をその耳に聞きながら俺はサタンを睨み付ける。
攻撃を食らうわけにはいかない。これは絶対的に守らなくてはいけないことだ。
とにかく俺は走り出す。
サタンが俺の方を追って体を動かし、攻撃を放ってくる。急停止し反対に走ることで回避する。
案の定床にでかいクレーターが出現する。
「ひゃあ!やっぱすげえ威力だなぁ!」
そんなことを叫びながら走る。
少しずつ少しずつ近づいて行く。
『ふざけろっ!人間ッ!』
今まで手での攻撃しか繰り出さなかったサタンが今度は蹴りを繰り出してくる
予想外の攻撃だったが、何とか後方へジャンプし紙一重で回避する。
「っぶねぇ」
そして体勢を立て直すとその場所は完全にサタンのいい的であった。
『散れっ!人間ッ!』
「お前が、爆散しろっ!」
抜刀の体勢に移りそして叫ぶ。
「規格外刀 赤蛇ぃ!」
直後、手の中にずっしりとした確かな重みが出現する。
俺は口元をゆがませ、一気にその刀を引き抜く。
激痛が全身に走り、俺の意識を刈り取ろうとしてくる。だがそれを歯を食いしばって耐える。ここで俺の体が止まることがなかったのは死の痛みを味わっていたからだろう。いやな話だがより強い痛みを与えられるとそれより弱い痛みは耐えれるようになってしまった。
引き抜いた赤蛇は横に一線。間近まで迫っていたサタンの拳を切り裂く。
俺は即座にモニタリングを使用する。
すると、サタンのHPが一瞬にしてゼロになる。
再度俺は口元をゆがませるそして目を瞑る。直後全身に生暖かい液体がぶちまけられる。もちろん顔にもだ。目を瞑っていないと目の中に入っていただろう。
前回のことを思い出し即座に目を瞑ったのだが、まあ、正解だったようだ。
「ま、こんなもんだ」
俺は俺と同じように全身を真っ赤にしているみんなに向けて言い放った。
今だ何が起こったのかわからず呆けているみんな。
だから俺はみんなの意識を現実に戻すためにクルスからもらったポーションを飲んでから、再度言い放つ。
「もう一回言うぞ?サタンを先に殺したのはこの俺、マサキだ」




