成長
「いや、これは違うんだって!?」
急いでクロの上から飛びのき、二人に向かって手をぶんぶん振り身の潔白を示す。
しかし俺の一連の行動を冷めた目で見つめ続けてくる二人。
「なにが、違うっていうんだ!」
ひぃ!
笑顔を浮かべていたリリアナもだんだんと怒りの表情を表し始め最終的にはすごい剣幕でがなる。
思わず萎縮しそうになるのを必死にこらえながら俺は場の空気を落ち着かせようと軽口をたたく。
「な、なんだよ。はは、もしかして嫉妬してんのか?いやーありがたい……」
「そんなわけないのですマサキ。今はふざけないでください」
最後まで言わしてもらうことすら不可能であった。
ユイノがあまりにも無表情で言ってきたので思わず押し黙り、自分の選択肢が間違っていたことに歯噛みし、下を向く。
それと同時にしばしの沈黙が訪れる。
そんな中俺は思ったことを言う。
「すまん……」
呟くように言った言葉。
リリアナ達から逃げ出したことに対してなのか、今空気を読まずに、軽口をたたいたことに対してなのか……。
言った本人である俺にもわからない。
ただの自己満足のために発し、発した後少しだけ後悔した。
今、二人がどんな表情をしているかは下を向いているので見ることはできない。
目に移るのは地面から生えた緑のみ。
何て言われるのだろうか……。
二人のことだからおそらくは俺を責めないだろう。
彼女たちはそういう人間だ。
そしてその優しさに漬け込む。俺、坂上雅紀はそういう卑怯な人間だ。
「……だめだ。許さない」
「……ッ!?」
俺はその言葉に大きく目を見開き、言った人物であるリリアナを見る。
彼女は瞑目し拳を強く握り、なにかを訴えようとしていた。しかしそれはリリアナ自身の感情の防波堤が邪魔し吐き出すことができていなかった。
その防波堤からわずかに漏れ、口にしたのが『許さない』という言葉だ。
てっきりなんだかんだでリリアナは許してくれると心のどこかで思っていた俺にはその言葉は強く響いた。
「リリアナ……なんで……」
その自分勝手で最低な言いぐさは、リリアナの防波堤を破壊するには十分な威力を放った。
俺がその言葉を言ったあと、すぐに目を見開くリリアナ。そして感情が激流となって溢れだした。
「お前は!私に詳しいことを何も教えてくれない!……教えてくれれば私はお前の見方になり、力になってやれるというのにッ!何も相談せず勝手に話を進めて、怒られるという被害妄想を膨らまし、あまつさえ金も持たず剣一本もって家から飛び出して行ってッ!」
「そ、それは……」
「私がッ!どれだけ心配したと思っているッ!」
「……ッ!」
言われてはたと気が付く。
リリアナは逃げ出したことに対して怒っていて、さらにそれを全く反省せず軽口をたたいたことその両方に対して怒ったのだ。そして、自分を頼ってくれなかったことに対しても……。俺が自分勝手に行動したことすべてに怒っていた。
そして俺は思った。
今までリリアナに迷惑しかかけていなかったのだと。
リリアナの言ったことはすべて本当のことであり、どの出来事も本来であれば俺をクビにし家から追い出すことができたはずだ。だがリリアナはそれをせずすべてを受け入れてくれていた。
……俺は本当に自分のことしか考えず、周りを見ていなかった。いや見ることをしなかった。
だからリリアナを傷つけ、ユイノに周りを見ろと指摘された際恐れて逃げ出したのだ。
この三人の中で一番大人だというのに、実に子供みたいだなと思った。
そして、そんな自分勝手にふるまった俺をリリアナ達は『仕方なく』探したのではなく、『心配』して探してくれていたのだ。
俺は目の前で目じりに涙を浮かべている年下の『女の子』を見て思った。
こいつは、本当にいいやつらなんだなぁ。
「本当にすまなかった。それと……心配してくれてありがとう」
姿勢を正しきっちり頭を下げる。その後頭を上げ俺ができうる限り最高の笑顔を、涙を浮かべる『女の子』に向けた。
それを見た彼女の表情はだんだん悲しみにくれた表情からいつものものへと戻っていく。
「……話してくれるな?」
「もちろんだ!」
リリアナの質問に即答する。
こんな俺を心配するリリアナとユイノ。
彼女たちに対してもう逃げたり自分勝手な行動をとるということは俺の大きな恥になる。だから、これからは俺が教えることのできることはすべて教えることとしよう。
たとえそれが自分の不利益になるかもしれないことでも……。
「なら、許す!」
リリアナはそう言って、腕を組み自分の金髪を揺らしながら今までで一番いい笑顔を俺に向けてくれた。
暗い森の中彼女が光り輝いているように俺には見えて、そんなことを考えたことに恥ずかしさを覚えそっと目をそらした。
「……さて、リリアナとのことはいったん終了落ち着いたことですし、マサキ?その子たち誰ですか?どうして押し倒していたんですか?」
ユイノがタイミングを見計らって今までおいていた問題を言ってくる。
いや、押し倒してないからね?……あれ?あれは一応、押し倒したということになるのか?
まあ、なんにせよ俺はそういう意味でクロを押し倒したわけではないから気負いすることはないだろう!
しかしどうやって話そうか……。
いや、別に普通に話したらいいんだと思うのだけれど……。
だが、先ほどクロに覆いかぶさっている場面を見られた上に、おそらく説明にはクロとシロの手も借りるだろう。この二人を会話に入れるということがとにかく不安でならないのだ。
まあ、今まさにリリアナに言った通りとにかく話すとしよう。誤解されてもそれを時間をかけて解けばいいだけだ。
「押し倒してなどない!まあ、その点もかねて全部話すよ……リリアナの家を出てからのことをさ……」
俺が彼女たちに教えたことはどうして森にいたのかということや、森にいる理由からどうしてその川を知っていたのかなどから、本題である上村龍という殺人鬼がいたこと。それと、先ほどのやり取りについてだけだ。
俺が一度死んだことや、上村と俺が異世界から来たということはここでは黙っていた。
先ほどのリリアナとの会話が尾を引き、教えないことに俺の良心が痛んだがそれは言うべきではないと判断した。
彼女たちを混乱させるだけだと思うのと、俺と上村の共通点を教えたくなかったのだ。教えることによって彼女たちの信用を落とすことがいい判断とは思えない。
それとあとは、単純にこの世界への干渉をできるだけ少なくするためだ。
俺は遠からずこの世界から日本へ戻るつもりでいる。
つまり、その後、別世界から人を呼べることが認知されていて、そしてそのやってきた異世界の人間が強大な力を持っていることなどが知られればおそらく俺を戻すために神になったやつに大変な思いをさせてしまう。
恩人となる人物を苦しめるということは俺の本望ではない。
根本的なところで絶対的に日本などの情報は漏らすべきではないのだ。
クロとシロは俺が説明している間は無言で聞き、俺が頼むとクロが仰々とした態度で応じ、シロはずっとクロの陰に隠れて一言も話さなかった。
一通り話し終えると黙って聞いていたユイノが、口を開いた。
「え?つまり、私たちがあんなに心配して帝都の憲兵の人たちに捜索願出したり帝都中駆け廻っていた間マサキは全裸で川に飛び込んでいたと、こういうことですか?」
「何でそこだけ言うんだよッ!」
ま、まあ確かにそうだけど……。
だ、だけど。だけどさぁ!
「だけど……」
俺は言い訳を試みようと言葉を紡ごうとする。だがその言葉は途中で意外な人物に遮られた。
「ですが、マサキさんは私を助けてくれました。それこそ命がけで……。確かにその後、私は殺されました。私はお話ししたように不死身の肉体ですが、正直とても痛いのです」
不死身……それはつまり死んでも死ねないということだ。
俺がものすごく痛いと思ったあの命を刈り取る痛みを何度も味わうということと同じなのである。
死んだからこそ共感できることだ。
ちなみに、俺はシロの秘密の事情というものをリリアナ達には言わなかった。奇跡的に助かったと伝えたのだ。しかし、クロがリリアナ達に教えられないことだという旨を口添えしてくれたのである。その際不死身の体ということだけは話してあったのだ。
「シロ……」
「ですから、一度、私を死の痛みから救ったマサキの功績を称えることくらいあっても良いと思います。間違ってもマサキを侮辱することはこのシロが許しません」
シロは、俺とユイノとの間に両手を広げ俺を守るようにして立ちながらそう言った。
シロの琥珀色の目に睨まれたユイノは、自分より年下に見えるシロに正論を言われたことがショックだったのか『うっ……』と言って一歩下がった。
「ご、ごめんなさい」
「……まあ、私もマサキの奇行は異常者のそれだと思いましたが」
なにか良いこと言われた気がしたのに、気が付けば異常者扱いされていた。
俺はシロを軽くにらみながら言った。
「おい……」
俺はリリアナに伝えなくてはいけないことを伝えることにした。
サタンについてのことである。
しかし、ここで、俺が『サタンを倒した人間だ』とか言っても、信じてもらえないだろう。
リリアナ達が苦労して二つのパーティーのうち一つを壊滅させてようやく勝てた相手だ。その相手を一人で倒したなど信じてもらうどころかせっかく修復されたリリアナとの関係が再度崩壊してしまうかもしれない。それだけは避けたい。
ボスの名前もサタンであることは周囲も知っていることなので俺が知っていたところで何の不思議もない。
つまり、今伝えるべきではなく。実力を見せた上で話す必要がある。そのためには……。
「なあ、リリアナ」
「ん?どうした?」
言葉を間違えるなよ!俺!
表情も、ポーカーフェイスにしろ!
「実は、家を出た後ボスを最初に倒したという人物にあったんだ。リリアナのことを言ったら悪いことをしたと言っていてな、そいつは正午にいつもロードにいると言っていたからあったら伝えてくれと言伝を頼まれた」
俺がひょうひょうとそう言った瞬間、リリアナは血相を変えて俺の肩を掴みぐらぐらと揺する。
「そ、それは本当か!?」
「ああ、本当だ」
嘘ですごめんなさい。
「こうしてはいられない!マサキ、ユイノ!戻るぞ!」
「は、はい」
リリアナは踵を返しその場を後にしようとする。
しかし俺はそれを止めた。
「ちょっと待て」
するとリリアナはその場で足を止め「なんだ?」と言ってきた。
俺には先にしなくてはいけないことがある。
「この、モノクロ姉妹を街に行ってポリス的存在に保護してもらわ無いと」
「ぽ、ポリ?……よく分からんがそう言えばそうであったな。お前らは迷子だったな!よし!着いてこい!」
「ってことで、行くぞクロ、シロ」
淡々と進む会話に半ば取り残されそうになりながらもクロとシロはきちんと着いてきた。なぜか俺の後ろを……。
リリアナとユイノにまだ少し警戒心を抱いているのだろう。
それで俺の後ろをついてきていることは……。
それを察し、思わず頬が緩む。
「何をにやにやしているの?気持ちが悪い。保護してもらう際私を押し倒したことを言うわよ?」
「やめろこら」
本気でやばいことを言い出すクロに軽く突っ込みをいれながら思う。
ま、なんだかんだで戦友と思っているのは俺だけじゃなかった、って話だよなぁ。
この世界での警察的役割をするのは憲兵と言われる兵士のようだ。
実際に本当に警察のようなもので、俺が森にいると分かったのも憲兵の一人が高台から森の方に明かりがあるというのを発見したからだそうだ。
よくよく考えると一日で俺を見つけたのだから憲兵というのはかなり優秀な集団のようだ。
人探し、犯罪の取り締まり、本当に日本の警察と変わらない。違うところと言えば銃ではなく剣を腰に携えているくらいだ。
俺たちは憲兵の詰め所にクロとシロを預けて家に戻ることにした。
別れの際、俺は二人に手を振ったのだがそれに対しシロはお辞儀で答えてくれたが、クロは腕を組みこちらを見ることすらしなかった。
少しイラっと来たがそこは大人の許容で我慢した。
もう会うことはないだろうが、もし偶然に、次会ったときはクロのねじまがった性格を力ずくでも直してやろうと思った。
しばらく街を歩きながらそう言えばこんなつくりだったなあと俺は思い出していた。
こちらの世界ではほんの数時間程度のことだったが俺からしてみれば実に数か月ぶりの帝都の風景なのである。あの、気の狂いそうな暗黒世界で過ごした時間は異世界に来てからの時間より数十倍もの時間だった。
だからこそ街並みも、何もかも忘れてしまっているのだ。
そんな、「あーあったあった!」感覚をその身に覚えながら俺はリリアナとユイノの二人の後ろに着いて行く。
しばらく生まれたての雛のように二人の後ろをトコトコ歩いていると見覚えのある建物が姿を見せた。
「……ただいま」
俺はその建物を前にして呟くように言った
「ん?マサキ何か言ったか」
「いや、なんでも?ささ入ろうぜ」
「?……そうだな」
リリアナの背を押して俺は久しぶりの家に帰った。




