生還
「がっぁぁ!あぁぁっ!」
痛みが全身を侵食しつくたところで俺は目が覚める。
いや、少し違う。意識が覚醒する、の方がこの場合正しいだろう。
目覚めの悪い俺もあの痛みを受けて目が覚めないほど鈍感な神経をしているつもりはない。
意識が覚醒し、目が覚めているのにからだが動かない。
あの痛みが記憶にこびりつき、今の体にその後遺症のようなものが反映されているのだ。
痛みはない。ただ、麻痺したようにからだが動かない。
そんな状況で唯一動かすことが出来たのがまたもや視線だけであった。
意識して眼球を動かすと言う珍しいことをしながら周りの状況を確かめる。
日は傾きそらが夕焼けに空は染まっている。
日付けが変わっていないとするのなら俺が死んで数時間後。日付が変わっているのなら最低でも一日以上過ぎている。
場所は俺が死んだあの森である。
風が森のなかを駆け抜けると、俺の髪がそれに揺れ少しのこそばゆさを額に感じる。草木の揺れる音をその耳でとらえる。
暫く横になっていると自然と手足の痺れ、体のどうしようもない倦怠感等がだんだんととれてゆき立てるようになった。
とりあえず立ち上がってから手首を回したり足首を回したりなどをして体に異常がないかどうかを確かめる。
異常がないのを確認すると今度はあたりの散策だ。
そして俺は見つけた。
木の幹にもたれかかり目を閉じ眠っているクロとシロの姿を……。
「ぁ……ッ!クソッ!クソッ!クッソオオオオォォォッ!」
静かな森に俺の絶叫が響き渡る。
やっぱりだ!クロとシロは殺されたのだ。あの上村龍なる少年によって。
唇を噛んで感情を押さえつけようとする。唇が切れ血が出ても気にならない。
目を強く閉じて思い出す。この少女たちを殺した男の姿を……。
仲間じゃなかった。
殺される前、一瞬でも同じ故郷を持つ彼に近親感を抱いた俺が妬ましい。
今では同じ故郷から来たことに嫌悪感しか抱けない。
「何で……何でッ!」
あの男はどうして人を殺す?
人を殺してなぜ普通でいられる?
……普通じゃないから殺せるのか。
そんなやつに殺されたのかッ!クロとシロは!
……殺してやるッ!メルクスを殺す前にあいつを殺す!
同じ世界から来たものの始末は同じ世界から来た俺が付けるべきだ。
……だから、この世界から消す。
「絶対に、殺してやる」
俺は気が付かなかった。
このとき、知らぬ間に両頬を伝っていた涙の存在に。
――「さっきから何騒いでるのよ」
それは唐突に、聞こえてきた。
『幻聴』という言葉が正しいように思える。
短い間だがしっかりと会話をして言い争った口の悪い少女の声。
旨が引き裂かれるような程苦しく締め付けられる。
……やめてくれッ!
その声を聴くと苦しさが増す。
その声の持ち主、クロの変わり果てた姿を見ることができない。
今、見ると俺の心はどうにかなってしまいそうだから。
――「あなたは、先ほどからどうしたのですか?」
次に聞こえてくる『幻聴』にさらに心が痛まる。
俺の頭はもう壊れているのかもしれない。
二人に声が聞こえるなどもうあるはずがないのだ。
逃げて後悔したばかりではないか……。
現実から逃げるなッ!
理解しろ!納得しろ!
涙が止めどなく溢れる。
幻聴が聞こえないように耳を押さえて泣いた。
そして俺は初めて知った。
現実を受け止めるということがこれほど苦しいものだったとは……。
「ごめん…二人とも……俺の、俺のせいで……」
――「え?あ、あー、うん。そうね?」
――「いえ、別に気にしていません」
心なしか幻聴の声が先ほどより小さくなった気がした。
というか、小さくなった。
俺は一度頭を整理する。
なぜ、幻聴が小さくなった?
幻聴とはそもそも小さくなるものなのか?
自分が幻想の声を作りだし、それを聞いているとするならば……小さくなることなんてあり得るのか?
先ほどと今で変わったことはなんだ?
そう、耳を塞いだ。
耳を塞ぐ?それは幻聴にも有効なことなのか?
……答えは否だ。
俺は恐る恐る伏せていた頭を上げて改めて二人の死体がある方向を見る。
そこに死体はなかった。
というか目の前にぴんぴんした二人が立っていた。
俺はそっと手で顔を覆い再度涙を流す。歓喜と羞恥の念を込めて……。
「ごめん二人とも…俺のせいで……。でしたっけ?なーに勝手に殺してくれてるのよ!」
「やめでぇー!これ以上俺をいじめないでぇぇ」
今、暗闇に包まれた森の中では一人の男が小さな少女の足に縋り付いて泣きながら懇願しているという何ともシュールな図が完成していた。
言わずもがな縋り付いているのは俺だ。
羞恥に顔を真っ赤に染め『これ以上いじめないでぇー』と頼み込んでいる姿はあまりにも哀れだと自分ながら呆れてしまう。
「姉様!」
懇願していると傍観していたクロが何かを決意したようなポーズをとりながら叫んだ。
これは、まさか味方をしてくれる?
もしそうであれば俺の中でシロへの好感度が少しどころかだいぶ大きく上がる。
「シロ……お前……」
「演技がとてもお上手ですね!」
「シロぉぉぉ!」
立ち上がり嘆きの声を高らかにあげる俺。
そして力尽きひざを折って四つん這いになりうなだれる。
そんな、俺の下にクロが堂々と仁王立ちして一言。
「シロがあんたの味方するはずないじゃない。勘違いしないでよね?」
勘違いしないでよね?(少し焦った感じ)フンッ!(頬を赤らめながら)
これはツンデレでの定番のセリフである。
だが今クロの場合こうであった。
勘違いしないでよね?(ひどく冷たい声でどこか嘲笑うような感じ)
そしてその次に続いた言葉が「キモッ」であったのだ。
俺はここまでひどいツンデレを見たことがない。
いや、これはツンデレではないな。
もう、ツンツンだ。そうれはアイスピックのようにとても尖っている。
それで俺の心をつついてくるのだ。
「俺、泣きそう……」
「ちょ、あんた……」
クロが声のトーンを落として言う。
あれ?ちょっと反省した?
「大の男の泣き顔なんてもう見たくないから泣くなら別のところで泣いてくれないかしら?……そうね、今から地面に穴を掘ってあげるからそこで泣いてなさいな。深さは十メートルくらいでいいかしら?」
「……うわーん!もうやだ!この人やーだ!」
「うわ、なに?気持ちが悪いのだけれど……。大の男の幼児化なんて一切の需要がないわ」
まさにドン引きという言葉が当てはまる表情をしてクロは五、六歩俺から離れる。
一歩や二歩出ないところを見ると、とてつもなく引いてるのがわかる。
……シロはともかくこいつのために流した涙を返してほしいと心底思いながら俺は半ばやけくそ気味に叫ぶ。
「知ってるわ!」
暗い森、俺たちを照らすのはシロが持っていた蝋燭と、空に輝く月だけだ。
そんな中、実はクロの嫌味をそこまで悪いものではないとそんなことを俺は無意識のうちに聞いていた。
クロたちに聞いたところ俺が倒れて(死んで)から数時間しかたっていないようだ。
「てかよくよく考えてみればお前らなんで生きてんだ?」
夜も更けてしまい、また昼間に永遠の眠りに着きかけていた俺は眠気さなんて一切なくそれは彼女たちも同じであった。
というわけで暗い森で俺たちは円の形になり座って話をすることになった。
「なに?生きていたのが不満なの?」
ジト目を向けてくるクロ。クロのそのセリフにシロも反応して俺を軽蔑の眼差しで見つめてくる。
そう言えばシロには殺されかけたなぁ。
「いや、不思議に思っただけさ。言わないならそれでもいいけど……」
「なに、隠すことじゃないから教えてあげる。……これよ」
そう言ってクロはメイド服のスカートの中に手を入れそこから何か丸いものを取り出した。
大きさはビー玉程度で緑の綺麗な輝きを放っている。
ただそのビー玉もどきにはひびが入っておりせっかくの美しさが損なわれている。
「おまえ、どこに入れて……じゃなくてなんだそれは?」
「あんたどこに入れてると想像したの?気持ち悪いわ」
「うっせえな!いいから、なんだそれは!?」
一回一回俺に嫌味を言うクロに少しのいらつきを覚えながら言う。
「これは、『生命の神秘』っていう魔道具よ」
「ま、魔道具?」
聞いた感じおそらく魔法を使う道具か、魔法で使う道具かのどちらかだろう。
「あー、ごめんなさい。あなたのような貧乏人は魔道具なんて言われてもかかわりがないからわからないわね。ごめんなさい。私の落ち度だったわ」
「うっぜぇ」
「なによ、教えないわよ?」
知れる情報は知れる時に知るべきだ。
知らないことは罪ではない。だが知ることができるのにそれをしないのは罪だ。
目の前でドヤ顔を決めているクロに教えてもらうなど非常に不愉快なのだが仕方がないのだろう。
「……教えろ」
「フッ」
勝ち誇る顔がめちゃくちゃうっとうしい。
だが愚痴を大人の許容でぐっとこらえて口には出さない。
「仕方がないわねぇ。魔道具って言うのはその魔道具の条件を達するとその道具の魔法効果を使用可能になる道具のことよ。『生命の神秘』は死ぬ寸前に傷が完治して一命を取り留めるという効果を持つのよ」
「ほう……。なんでひび割れてるんだ?」
「一回限りだからよ」
まあ、そう言うものなのだろう。
何回も全回復ができる道具などあればそれこそ赤蛇を超えるチートだ。
ボーナスなどと言ってくそ神が俺に渡した赤蛇は言い方を変えれば『神が与えし武器』である。
……自分で言ってて痛いと思うレベルだな。
まあ、とにかくそんなものがこの世界の人間に与えられることはおかしいだろう。つまり、バランスを取るため一回きりの使い切りのアイテムというわけだ。
「シロもそれを持っていたのか?」
「いえ、それは姉様しか持っていません。私は少し、事情があって死ぬことがないのです」
「……え?」
なにそれ、チートじゃん!
赤蛇超えちゃったよ!あっさり超えちゃったよ!?
「事情って……」
「すいません。それにお答えすることはできかねます」
シロが瞑目し謝罪の念を伝えてくる。
まあ、事情と言えば俺もいっぱいあるわけだし……。シロにもそれなりの事情があるってことでここは深くは追及しないでおこう。
「まあ、いいか。じゃ、次の質問だ。あいつはどこへ行った?」
俺は一気に声のトーンを下げて言う。
この質問を行ったことで場に緊張が走るのがわかった。
この質問に答えたのはシロであった。
「……あなたが撃たれて意識をなくしている間に私は撃たれました。不死身、と言っても意識は簡単に失いますので。それで、次に目が覚めると『生命の神秘』で一命を取り留め眠っている姉様とどういうわけか傷口の一切が消え普通に呼吸しているあなたがいたというわけですよ」
「まあ、私もシロから聞いたそのこととあんたが無傷でいた。ということくらいしか知らないわ」
「……そうか」
向かう場所なんかをどうにかして知っていたとかならすぐに殺しに行けたのだが……。
いや、もう顔も名前もわかっているんだ、大丈夫か……。
「……そうか。じゃないわよ。どうしてあんたは生きてんのって遠回しに聞いてるんじゃない。さっさと答えなさいよ」
「そうです」
「……え?っとその……俺もシロと同じくちょっとした事情があるんだよ」
先に秘密にしたのは向こうである。だからそれを逆手に取り俺は告げる。
説明が難しいというのもあったが実際俺もよく分かっていない。わからないことは説明のしようがないのでいつもなら認めるのだが、認めた場合黒髪のチビが絶対嫌なことを言ってくるのでそれはせず話をはぐらかすことを選択したのだ。
そう言えば、メルクスは生き返らせることが出来ない……か……。
たしかに思い返せば最初、あの神殿みたいなところで死んだら終わりとか言ってたような気がするな。
てことは、メルクスが認知していない存在か、メルクスを超える存在か……どちらかということだろう。
まあ、現状考えてもわからないことなので置いておくとしよう。
二人に意識をやると二人とも俺をにらんでいた。
「なんだよ……」
「あなたはずるいのです」
シロがめちゃくちゃ悔しそうな顔でこちらをにらみながら言う。
いや、これくらいいいだろう?
「別にさっきクロが俺のものまねをしたとき俺の味方をしなかったことを根に持っているわけではないぞ?うんそんな器の小さい男じゃないからな俺は」
「絶対根に持っているわね。小さい男」
「はい、とても小さい人です」
「ちっさいちっさいうるせえな!いくら怒らない俺でもいい加減起こるぞ!」
「きゃあー(棒)気持ちが悪いわ!」
「何で悲鳴だけ棒読みなんだよ!」
俺は立ち上がりクロに抗議する。
それでもなお俺を白けた目で見てくるクロには本当に腹が立った。
「姉様に手を出すの話許しません」
突如シロが俺の脚に飛びつき、もとい体当たりをして俺の動きを封じようとしてきた。
シロの体重は軽く普段ならおそらく何ともならなかっただろう。だが俺は虚も疲れたこともありバランスを崩して倒れてしまう。
「おわっ!」
「ちょ、きもっ!」
「……」
俺がバランスを崩して慌て、クロが驚きながら罵倒という高等技術を身に着け、元凶であるシロは無言で流れに身を任せている。
そのまま地面に倒れる俺。倒れた先にはクロがいたので頭部強打ということは免れたようだ。
「ちょ、重い!痛い!キモい!臭い!」
「臭くねえわッ!……ッ!」
思わず息を飲む。
目の前にクロの整った顔があったからだ。
ただし少しだけその表情は苦痛に歪んでいた。
クロは後ろに手を付き、尻餅をついたような体制になっており、俺はそれに覆いかぶさるような体制だ。
痛いとクロが言ったということはおそらく俺の頭がお腹か何処かにぶつかったのだろう。
悪いと思った。だけど、女慣れしていない俺は美少女というものの顔を見るだけで心臓が跳ね上がり一気に鼓動が加速するのだ。
「……すまん。大丈夫か?」
それは俺の口から呟きのように発せられた。
視線はぶつかったまま逸らすことができていない。
その状況でいきなり素直に謝られたことに少し照れたのかクロはぶつかっていた視線を不意に逸らす。
「べ、別にこれくらいどおってこと……」
「ね、姉様に、何をしているのですか!?」
突如として背後から聞こえてきた声に俺の頭の中で警報がうるさいぐらいに鳴りだす。
だがその警報を鳴らす原因となったシロを止めたのはおかなビックリ、クロであった。
「今のはシロが悪かったわ。気を静めなさい」
驚いた表情を見せる俺をよそにクロはシロを見つめながらもとい睨みながらそう言った。
言われたシロはシュンとなって俺への敵意を静めてくれる。
「あんたも、いつまで乗って……るの」
クロの言葉がだんだんと弱くなっていく。
クロの視線は俺の真後ろ何もないはずの森を凝視していた。そして一言。
「あなた、誰?」
俺の真後ろに向かってクロは発した。
どうやらクロが見ていたのは人だったようだ。
でも、どうしてこんなに人気のない森に?それにこんな時間に?
「マサキ、何をしているのですか?」
真後ろから声がかかる。その声には聞き覚えがあった。
シロの時とはけた違いの音量で警報が再始動する。
マズイッ!言い訳を!言い訳をッ!
「本当にそうだなぁ。なんだか深刻な雰囲気の中家を飛び出していったというのになぁ」
「そうですよね。それなのに人気のない場所でこんな時間にあんなに小さな子を押し倒してますよ?」
別の声も聞こえる。どうやら二人いるようだ。
マズイマズイマズイマズイッ!
「な、なーにしてるのお二人さん?」
俺は相手の様子を窺うようにゆっくりと顔だけで後ろを振り返り黒いオーラを発しているリリアナとユイノに向けて言った。
「それはこっちのセリフだ!」「それはこっちのセリフです!」
「ですよねー!」
即答にもかかわらず見事にハモる二人。
彼女たちは虫を見る目でいまだクロの上に覆いかぶさる俺を見た。




