モノクロ姉妹
俺が行く場所なんて限られている。
そのほとんどを彼女たちは知っているだろう。
彼女たちの性格から俺を探すことは間違いない。
だから、俺しか知らない。俺の行先。
場所を知っていても、俺が知っているとは思わない場所。
「何かと、世話になんなぁ」
周りはうっそうとした密林。大地は草や、大きな石が多くありそれが誰にも管理されてないことの証明だ。
もちろん、小道のようなものは無くどこを見ても同じに見える。
だけどそれは初めて来た場合だ。
俺は初めてこの世界に来て、一つでも多く地理を覚えようと必死だったし、実際にあそこへは今まで二回無事にたどりついた経験があった。
そう、俺は三度目となるあの川へと訪れていた。
いつ見ても綺麗な川だ。
そう思い俺は上流の方を見た。すると少し先に小さな滝のようなものが見えたのでそこへ向かうことにした。
滝は三メートルほどの高さで、何処かのキャンプ地にでも存在していたら子供たちが飛び込んで遊ぶようなそれ位のものだった。
滝の下は普通のところよりも深くなっていて本当に飛び込んでも大丈夫な気がする。
先ほどから冷や汗をかいたり、走っていたのでさらに汗をかいたりで体中が気持ち悪い。そう思った俺はここで体を流すことにした。
滝の周りキョロキョロしていると滝の後ろ、岩との間にちょっとした空間が存在した。
そこは下に岩があり、その岩を外れるとすぐ深い水の中へドボンッという感じだ。
俺はそこで服を脱ぎ捨てる。
「お、おおおおお!なかなか、威力が強いなぁ」
男なら滝を見れば誰でもしたくなるだろう。
滝の修行だ。
滝の一部が床の役割をしている岩に、ぶつかっている場所を見つけたので挑戦してみたのだが、案外これが痛い。
肩が抜けそうになる。
滝行を終え、あたりを見渡し、人の気配がないのを見図ると、俺は全裸のまま岩をよじ登り滝のてっぺんから深いところめがけてダイブする。
「うっひょおおおおお!……ぷはっ!日本でやったら捕まるなぁ!」
引き籠る前は勉強ばっかりで完全に今までの人生をインドアで過ごしてきた俺には初めての体験だ。楽しい。
こうやって遊んでいる間、俺はさっきのことも全部忘れてただ遊びに熱中した。
ただ、その楽しい時間は一瞬で壊される。
「姉様姉様、先ほどから滝から幾度となく飛び降りを繰り返している変質者がいます」
「ダメよ、ダメ。見てはダメ。あなたまで変質者になってしまうわ」
その声に驚き俺は登りかけていた岩から足を滑らせて地面に盛大に尻餅をつく。
「……ッ!ってぇぇ!」
いやそれよりも、見られてた?今の?
俺は声の聞こえたほうを向く。
するとそこには森の中に異質としか思えないメイド服姿の二人の少女の姿があった。
黒を基調としたメイド服を着る白い髪の少女。白を基調としたメイド服を着る黒い髪の少女。
白い髪の方はツインテールにしており、黒い髪の方はポニーテールにしていた。
どちらも琥珀色の綺麗な目をしている。
幼い顔は、ユイノと同じかユイノより年下に見える。
幼いながらも整った顔立ちは、まったく同じのように見える。
おそらく双子だろう。
「きゃっ!見ないで!」
遅れて自分のあられもない姿を見られていることを思い出し、体を手で隠す。
その行動をじーっと眺める二人のメイド。
「いや、ちょっと、そんなに見ないで?……服着るから、ちょっと見ないでよ!?」
着替えるところもばっちり見てきた二人。いったいなんなんだ?
「えーコホン!で、何かな?」
その質問に対する答えは返ってこない。
その代り二人は顔を近づけあい小さな声で話し始める。
「どうしましょう、シロ。私、男の人は苦手なのよ」
「そんなことを言わないでください姉様。私も苦手です」
「えーっと」
一歩彼女らに近づく。
瞬間彼女たちが二歩下がった。
「変質者が近づいてきました。どうしましょう。姉様」
「い、妹くらいは私が守るわ」
「あのさあ、さっきから会話丸聞こえなんだけど」
「「!?」」
当たり前である、現在ここで音を出しているのは滝のみ。
そして滝から少し離れたここでは、小さな声も結構聞こえるのだ。
「盗み聞きとは卑怯な人ね。いったい何の用かしら」
黒髪ポニーテールの方が話しかけてきた。
「いや、用っていうか、お前らが俺の水浴びを覗いたからそれを注意したいだけだ!」
「そう、覗きたくもなかったのだけれども」
「な、なにおう!」
「ところで、あなたはなぜこんなところで水浴びをしていたの?というよりあれは水浴びなの?」
唐突な質問で返答に一瞬困る。
「あ、あれは水浴びだ!俺の故郷のやり方だ!り、理由は、か、体を……」
何とか答えを作り返答する俺。しかし黒髪の少女はそれにかぶせて言ってくる。
「体を鍛えてその汗を流していたんだ。なんて、言わないでしょうね?その見るからに貧相な体から出た汗をこんなにきれいな川で流すなんて、天罰が下るわ?」
……。
え?何で俺けなされているの?
「ひ、貧相って」
「貧相以外に何と言えと?筋肉はついておらず骨が見えていたじゃない。痩せすぎね」
怒らない、怒らないよー!
ガキ相手に切れるなんてそんな大人げないことしないよー?
「そ、そうだな。これからはいっぱい食べるとするよ」
そう言って引きつりながらも笑う俺。
「笑わないでくれる!気持ちが悪い!」
「なんなんだよ!てめぇ!さっきから、人のこと馬鹿にしやがって!しまいには愛想笑いしてやった俺に対して気持ちが悪いだぁ!?さすがの超絶丈夫な俺の堪忍袋の緒が切れちまったよ!」
一気に少女に対して怒鳴り散らす俺。
しかし少女はどこ吹く風と言わんばかりに無表情に淡々と聞いている。
そして、聞き終わると白髪の少女に向かって言った。
「私が会話をすると必ず男は怒るの。これだから男は嫌いだわ」
「お前が悪い!」
「先ほどは姉様が大変ご迷惑を掛けました」
「ああ?っと、白い方か」
次には選手交代でもしたのか白髪の少女が出てきた。
言葉遣いと言い、年上に対する態度と言い先ほどの黒いのとは全然大違いだ。
「白い方というのはやめてください。私はシロと申します」
白い髪のシロと名乗る少女はスカートの端を指でつまみぺこりとお辞儀する。
つられて俺も名乗ってしまう。
「お、俺はマサキだ……で、そっちのいろいろ失礼な黒い方の名前はなんだ?」
「黒い方、というのが姉様のことでしたら私は承知いたしません。姉様はクロと申します決して黒い方などではありません」
「お、おう」
黒髪の姉様と呼ばれている少女は名前をクロというらしい。
「そ、それでなんだ?用事がないのであれば名乗る必要などなかっただろう。俺に何の用だ?」
「これは物わかりがお早いようでうれしいです。ええ、そうです実はあなたに用がありました」
想像通りなのでそのまま聞く。
「実は、私たちただいま絶賛迷子中なのです」
「……は?迷子?」
俺の反応が気に障ったのかクロが突っかかってくる。
「シロ!やっぱりやめましょう。このような男にたよりたくないわ」
反応を見ている限り迷子なのは間違いがないようだ。
クロの態度は相変わらずひどいものだ。だが、シロはというとそんなこともなく別に町まで案内するくらい構わないと思った。
「ああ、いいよ。って」
そうだ、俺は今街に戻ることはできないのであった。
仕方がないので指で大まかな方角を指して「ここをまっすぐ進めば街に出る」と伝えて別れる。
俺は二人を送り出してからまた川に飛び込もうかと考えていた。
クロとシロ。あのモノクロ姉妹の登場で急いで服を着た俺はもちろん体を乾かしている時間もなく、現在身に着けている衣服は水をたっぷり吸って重くなっている。
「この服も乾かさないと」
俺は日が良く照っていること見て水のかからない岩の上に服を敷いておく。
この、暖かさだとすぐに乾くだろう。
「よっしゃ!もういっちょいくぜぇ!」
岩を駆け上り滝からダイブ……。
「姉様姉様、またもやおかしなことをしている人と出会ってしまいました」
「……はっ!シロ!あの貧相な体見たことがあるわ!」
した瞬間木の陰にどこかで見たことあるモノクロカラーが見えた。
ドッパーンッ!
盛大に水の中に落下する。
急いで浮上し叫ぶ。
「俺の体は貧相じゃねぇぇぇ!じゃなくって、なんでいる!」
乾かし始めていた服をもう一度身に着けようとする。
下着を絞って穿く。
「ぐしゃぐしゃで気持ち悪い……」
「私はあなたの奇行に対しとてつもない嫌悪感を抱いているわ」
「うるせぇ!」
口の悪いクロはなぜか俺に対し嫌味を言いながら服を絞るのを手伝ってくれた。
あまりにも意外な行動で俺はついついクロを見てしまう。
その視線に気が付いたのかクロが手を止めて睨み返しながら言った。
「何を見ているの。気持ちが悪い、見られているだけで吐き気がするわ」
「ひでぇいいようだな!お前のその行動が意外過ぎて引いてんだよ!」
「確かにそうね。私のような女の子があなたのような変質者の気持ちの悪い服の水絞りを手伝っているなんて私もびっくりよ」
「んがぁー!」
うぜぇ!
なんだよ!このガキぃ!
「マサキさん、マサキさん」
肩をたたかれ振り返る。
そこには双子の妹のシロがいた。
「なんだ?」
「あまり、怒らないでください。姉様はあれであなたのご機嫌取りをしているのですよ」
あれで!?
「なんでまた」
「私たちは二人そろって方向音痴なのです。つまるところ『ご機嫌取りをして町まで案内してもらおう』ということなのですよ」
そんなこと、別に元からするつもりでいた。
真っ直ぐ進むこともできないモノクロメイド姉妹を二度も森に放つなんてことはしない。
街が見えるところまで連れて行きそこで別れればさすがに大丈夫だろう。
「……はぁー」
「なによ、手伝ってあげているというのにその態度は!あなたの体も絞ったらその気持ちの悪いものが出てくるんじゃないのかしら?」
「それをして出ていくのは俺の魂だけだよ!」
森の中を草をかき分けながら進んでいく。
こっちの世界には蜘蛛がいないのか、いても巣を張らないのかは知らないが、蜘蛛の巣が無いので不快な思いをすることがない。
「こっちだ、っておい!どこ行ってんだよ」
姉妹そろってどこかへと向かっていくのが見えて急いで呼び止める。
と、近づくとクロは俺の口を強引に手で塞ぎ声を出せないようにした。
突然の行動でパニックに陥る俺。慌てすぎてクロにもたれかかる形で倒れてしまう。
俺は仰向けになりクロが俺の下になって後ろから抱きつくように俺の口を塞いでいる形だ。
え?なに!?誘拐!?人さらい!?
「ちょ、っとしゃべらないで」
クロは小声でそう言ってきた。
では、離せと思い抗議の目を向けようとする。すると、シロと目があった。
シロは無表情のまま唇に己の人差し指を当て静かにするようにとジェスチャーで伝えてきた。その後、ある一転の方向を指さした。
そっちを見ろということだろうか?
俺は指さされた方を覗き見る。
「……ッ!」
「黙って!落ち着いて!お願い!」
クロが必死になって俺の耳元で言う。
クロの顔がすぐ近くに来たことに少しドギマギしながらも言葉を理解し気を落ち着かせる。
クロの手を口元から退かして耳元で大丈夫になったと言ってから再度覗き込む。
「……うっ」
目の前に広がる大きな赤い水たまり。
その上にはその水たまりを作ったいくつもの死体が積み重なっていた。
死体はざっと見ただけでも十数体。
体の一部が破損していたり、逆に体の一部しか残っていなかったり。
そしてその中に一人、無傷で立つ少年がいた。
いや、無傷かどうかは確認できない。
なぜなら彼は恐ろしいほどの返り血をその身に浴び、すべてが真っ赤に染まっているから。
肌もすべて赤いので傷などまったく確認のしようがないのだ。
少年は、死体の頭を一つサッカーボールのように蹴って遊んでいる。
見ているだけでどんどんと少年に対する憎悪の感情が膨れ上がってくる。
「こ、これはどういう、ことだ」
堪らずクロに聞く。
するとクロは苦々しい顔をして……。
「そんなの知るわけないわ。あなたの頭は鳥頭なの?さっきまで一緒に行動していたことを忘れてしまったのかしら?」
「うるせえ馬鹿」
だが今はその減らず口がちょうどいい。正直これくらい言われてないと気が狂いそうだ。
だが、それは俺だけのようだ。クロは苦々しい顔をしてはいるがそれはどうやってあの少年に気が付かれずに逃げ出すかを考えているだけであって決して死体を見て表情を崩したわけではない。
その証拠に先ほどから睨み付けているのは死体の山ではなく血まみれの少年。
こんな子供が死体を見て、まず先に殺人犯からの逃亡を考える世界って……ッ!
自分が今までどれだけ温室育ちだったのかがよく分かり、唇を強く噛んだ。
対する白も無表情でじっと少年を見ている。
彼が動いた瞬間、きちんと対応ができるように、と。
「どうする」
耳元で話しかける。
「ちょ、くすぐ……じゃなくて気持ち悪いからやめてくれるかしら」
「はいはい、で冗談はこれくらいにしてどうする」
言うと、一瞬思案顔を見せたクロだったがすぐに俺を見つめて言ってきた。
「三つ、案があるわ」
「ほう……」
「黙って聞きなさい、気持ちが悪い」
相槌打っただけじゃねえか!
「一つ、全員であの少年い突撃。この場合あんたの力次第だと思うわ」
「なめんじゃねえよ」
「黙って聞きなさい。何度同じことを言わせればわかるのかしら」
う、うぜぇ。
「二つ、あんたを囮にして私たちは逃げる」
「こ、こええ。おっかねえこと言うなよ」
「だ、ま、る」
「うす」
「最後、みんな仲良く逃げましょう」
「最後で」
三つの案を聞き即答する俺。
しかし、クロは……。
「却下よ」
「なんでお前が上げた案だろ」
「そう。でも私たちの生存率がぐーんと落ちるわ」
「自分たちが一番なのね」
「当たり前よ」
自分たちが大事。そう言うなら答えは……。
「わかったよ。俺に囮になれってことだな」
そう言って覚悟を決めて立ち上がろうとする俺をしかしクロとシロが同時に服を引っ張りそれを阻止する。
「どう言う風の吹き回しだ?」
「あんたは私たちを案内しようとしたからこれに巻き込まれた。あのまま川にいたらこれを見なくて済んだかもしれないわ」
「つまり……?」
何が言いたいかは大体予想はつくがあえて言わしてみる。
先ほどまでさんざん俺を馬鹿にしたのだ。これくらい言わせても罰は当たらないだろう。
俺の切り返しの意図を組んだのかクロは俺を睨み付けてくる。
クロが言い淀んでいると……。
「つまり姉様はあなたに少しの罪悪感を抱いているのです。あなたに死なれては悪いと思っているのですよ」
シロが姉の代わりに言った。
「……そうよ」
「へいへい……じゃあ、選択肢は必然的に一つになるな」
残る選択肢……。
「まあ、そう言うことね。なめんじゃねぇでしたっけ?自信はあるみたいですし」
「む、姉様。シロを忘れては困ります。この男がいなくてもシロと姉様で勝てます。……おそらく」
「まあまあ、んじゃ、頑張りますかな」
俺は腰に携えていたサタンに手を掛けながら言う。
「そうね、足を引っ張らないでね」
「三、二、一、で突撃。いいわね?」
クロが指を三つ立てて一つずつ折っていき合図のジェスチャーを教える。
「わかった」
「かしこまりました姉様」
俺とシロの反応にクロは笑って見せ、そして……。
指を三つ伸ばす。
最初に薬指が折られ、次に中指。
最後に人差し指が折られる。
直後、俺の横にいた二人がものすごい速さで飛び出す。
速すぎんだろ!
モノクロ姉妹は突撃しながらそれぞれ片手を平を広げる。
すると……。
――空から武器が飛来してき彼女らの手の平に吸い込まれるように収まる。
クロには大きく真っ白な金槌。シロには黒く禍々しい死神のような鎌。
二人はそのまま少年へと攻撃を仕掛ける。
突然のことで俺は状況を理解することも、足を動かすこともできなかった。
ただ一言……。
「なんだ、このモノクロ姉妹は……?」




