疑問
「って、なんか関係ないところまで話していましたね。この先はまあ、いろいろあって、一か月後くらいにマサキと出会った、というわけですよ」
ふむふむ、
「まあ、なんだ。……結構大変な過去だったんだな」
「ええ、まあそうですね。それなりに大変でしたよ」
特に表情を変えることなく淡々というユイノ。
リリアナは表情を変えない彼女に声を掛ける。
「……ユイノ」
リリアナの視線は最初はユイノをとらえていたが、まるで言葉を探すように空中へと動き出した。
だが、それもつかの間。すぐにユイノに向き直りいつにもまして緊張身を帯びた目でリリアナはユイノに告げる。
「その、だな……私は、お前が味わった苦痛を超える楽しさを与えれる自信がない。……だが、超える努力は怠らないと今、この話を聞いて私は思った」
その言葉を聞いたユイノは無表情だった顔を微笑に変化させて言った。
「ありがとうございます。リリアナ」
自分に向けられたわけでもないのに、その表情を見て自分の顔が赤くなっているのがわかる。
今の顔を見られるのは少しばかり恥ずかしいので俺は窓へと席を移し頭を冷やす。
……ダメだダメだダメだ!
相手は十四だぞ!?
五も年が違うんだぞ?
そう日本に直せば中学生だ。
ダメだ、アウトだろ!ロリコンじゃねえか!
そう、今のは一種の気の迷いだ。気の迷いってなんだ!?
ダメだ落ち着け!落ち着け!
そう、今の感情はそういうものでは決してない。
絶対ない!もしそう言うものだとしてみろ?俺はロリコンだったってことになる。
今のはきっと女慣れしていない俺が美少女の微笑みを見て少し興奮しただけなんだ。
そう、きっとそうなんだ。
モテない男子が、女子からしゃべりかけられただけでその女子のこと好きになるのと似たものなのだ。
結局その感情は勘違いなのだ。
って、何自分は言い訳を長々と連ねているのだ!?
落ち着け落ち着け。
そうだ俺には夕凪がいる!
そう考えて俺は気が付く。
ユイノならロリコン、夕凪ならシスコン。
選択肢がねえっ!
頭を抱えて考える。
そうだ!
まだ残った選択肢、リリアナがいた。
でもリリアナはなぁ。男っぽいんだよなぁ。
「って、俺さっきから何考えてんだ……」
頭が冷えてきたのか、自分がなんて意味不明なことを考えていたかがわかった。
そう思った瞬間、三人に対する罪悪感のようなものが心の中で生まれた。
「マサキ、どうしたのですか?」
「マサキ、どうしたのだ?」
二人が先ほどから窓の外を見ながら、最低なことを考えていた俺なんかに話しかけてくる。
「何でもない、あ、あとごめんね」
二人は何に対して謝られたのかが判らなかったようだ……。まあ、知る必要もないしな。
その後、リリアナが作ってくれた昼食を見事に完食し、食器を片づけてから特にすることもなくボーっとしたり、ギャグを言ったり、ロードについての勉強をしたりしてその日は過ぎて行った。
朝、俺はガンガンと叩かれる扉の音で目を覚ました。
寝室から誰かが出てくる気配はないので客人は俺が相手をするとしよう。
「ふぁーい」
俺はあくびをかみ殺しぼさぼさの神をかきむしりながら玄関へと向かう。
ドアを開けると……。
「おう、バイトじゃねえか」
「そう言うあんたはサルバだったかセルバだったか……」
「サルバだ」
目の前にいたのは鎧を着たサルバであった。
俺の記憶が正しければ以前ここに来たときに来ていた鎧に比べ少し強そうな鎧だ。
「要件は……リリアナだな今起こしてくる」
「ああ頼む」
おそらく前回と似た類の用事だと思われる。
俺は寝室へと向かってリリアナを起こす。
リリアナは眠たげな眼を擦りながら『すぐ向うから待っていろ』と言ってのっそりとベットから這い出てきた。
「すぐ向うから待ってろってよ」
「そうか」
そう言って向いている方向を反転回り外へと向くサルバ。
「どうした?中で待ってろよ」
「乙女の支度を見るという趣味は持ち合わせていない」
「……おと、め?」
まさかこの男にはあの超絶イケメンのリリアナの兄貴を乙女に見えるっていうんですか!?
まじっすか、ぱねーっすね!
あの中身超絶イケメンをですか、へー。
サルバはそれを超えるイケメンということだろうか?
「悪い待たせたな」
なぜか俺も一緒に外で待っていると、リリアナがドアを開けて出てきた。
リリアナ 性別、女 年齢、十八
装備品、英雄王の剣
持ち物、無し
ジョブ、女騎士、商人
今日もダンジョンへ行くのだろう。
「おい、リリアナ。こんな大事な日まで遅れるとはどういうことだ!」
「いやー、つい、な。昨日はいろいろあったから忘れてたんだよ」
「……いろいろ」
いや、そんな目で俺を見ないでよ。
何もしてないよ!何もしてないよ!?俺!
確かに外見だけならそろそろ我慢の限界で何かあるかもしれないが、なにぶんこいつは中身イケメンだ。そんな気は全く怒らない。
おかげで実は最近すごく溜まっている。
「ところで大事な日って言ってたけど今日何かあるのか?」
その疑問に答えたのはサルバだった。
「今日は、ロード八十九層のボス挑戦の日なんだ。俺たちのパーティーともう一つのパーティーで挑むのだ。が、そんな大事な日にもかかわらずこいつは、いつまでたっても来ない。だから俺が迎えに来たんだ」
「あー、そうだったのか。って、じゃあ話している暇無いじゃん!すまない呼び止めて、行ってくれ」
「そうだな」
「よし、では行ってくるとしよう!マサキ、もし今日ロードに潜るのなら気を付けろよ?特にユイノには気を配れよ?」
こんな時まで人の心配か……。
どれだけ中身イケメンなんだ……。
「お前こそボスがどんな奴なのかわかんないんだろ?気を付けろよ。サルバもな」
「おう、ま、リリアナは命に代えても守るから、安心しろ」
「お、おう!」
何この人!?めっちゃイケメンではないか!
『何を言っているんだ』と笑いながらリリアナはサルバの横腹を肘でつつく。
「まあ、なんにせよ命は大切に!ってことで、二人とも行ってらっしゃーい」
「「おう」」
よく考えてみればリリアナは朝食を食べていなかったが大丈夫だろうか?
まあ、防具とかをくれる仲間がいるのだし朝食をくれる仲間もいるだろう。
さて、特に仕事を言い渡されなかったので今日は一日暇である。
しばし思案してリリアナの言った通りロードに潜ることにした。
適当にキッチンにあった食材で朝食を作ってからユイノを起こしに寝室へと向かう。
「おーい、起き……」
言いかけておもわず口を塞ぐ。
……ダメだ。違う俺は……。
ロリコンではない!
絶対に違う!
目の前に眠る少女、ユイノの寝顔はとてつもなく可愛いもので、思わず昨日の考えを繰り返し行うところであった。
いけないいけない、俺には夕凪が……ってデジャビュ!?
「おーい、ユイノー朝だぞー!」
とにかくユイノを起こすことにした俺はユイノの耳元で呼びかけてみる。
……起きる気配はない。
体を揺すってみる。
すると、どうやら気が付いたようで薄く目を開け俺をとらえる。
しばらく目をぱちぱちさせた後、俺に向かって言った。
「おはようございます」
「ああ、おはよう。もう飯ができてるから起きろよ」
「……はい」
起きたようなので俺は寝室から出て先に食卓に着いておく。
……。
来ない。
しばらくたってもユイノは寝室から出てこない。
まさか二度寝しているのではないだろうな?
そう思いもう一度寝室へと向かう。
「すぴー」
「寝てんじゃねえええ!」
案の定寝ていたユイノに俺は声を大にして起こしてやった。
「なんですか、別に大声だす必要なんてないでしょうが……」
朝食を食べている間ユイノはぐちをこぼしている。
どうやら先ほどの起こしかたが、かなり不満だったようだ。
二度寝するお前が悪いだろう。
「悪かったって、いつまでも愚痴ってないで機嫌直せよ?」
お前も悪いと思うけどな?
「今度からは静かに起すから。な?」
でも、二度寝するお前も……。
「……わかりました。許してあげます」
「えらく上から目線だな」
「何か言いました?」
「いえ、何も?」
こちらをにらんできたユイノから視線をそらして窓の方を向く。
するとユイノは溜息をこぼして言った。
「……まあ、いいですよ。私も悪かったですし」
「そうだな」
ようやく認めたユイノの言葉に速攻で便乗。
「即答されると少しむかつきますね」
「……まあ、いいじゃないか!……それより話は代わるが今日はロードに出かけようと思うのだが、どうだろうか?」
このまま言い合っていてもらちが明かないと判断したので俺は会話の節を多少強引に折り今日の予定を伝える。
ロードへと急いで向かう用事はさほどないのだが、早くモンスターとの戦闘というものに慣れるということがあり暇なときにでも挑戦すればいいだろうと考えてのことだ。
正直なところ今現在俺が思うにロードを攻略していくうえでいくつかの問題がある。
まず一つ、戦闘に対する慣れだ。
完全ゆとり世代で育ってきた俺は動物との戦闘はもちろん、人との喧嘩すらしたことがない。
人生初めて敵というものを倒したのが魔王サタンである。
あれも運が良かっただけで実力などでは決してない。
なので戦闘に対して慣れておく必要があるのだ。
二つ目、この世界の戦闘システムの完全な理解。
前回ロードに潜った際、初め俺は『鬼』にこん棒で殴られて大きなダメージを受けた。その時俺の背中はおそらく皮が捲るなど悲惨な状態であっただろう。
だが、それに対し五十階層で攻撃を受けたとき攻撃がかすっただけで同等レベルのダメージが入った。
このことからHPと肉体的ダメージには繋がりがないと思われる。
それに、赤蛇を使う際だってかなりの激痛が伴うが体にその痛みが残るということはない。
他にもまだわからないことが多いだろう。それを完全に理解していく必要がある。
HPの件に関しては早くにわかってよかったと思っている。
もし、ユイノが敵の攻撃を受けた。だが、これと言った外傷は見受けられず回復を怠った。
だが実はHPがもう残り少なくなっており次の攻撃で死亡。
こんなパターンが防げたのだから。
「まあ、暇ということならいいのではないでしょうか?」
「うはー、やっぱ広いなぁ」
俺はロードのロビー内でユイノに話しかける。
「そうですね……と、そう言えばリリアナはどうしたのですか?」
「八十九層のボスを倒しに行った」
朝聞いたことをそのまま伝える。
するとユイノは驚いた表情を見せて言ってきた。
「いや、何さらっとすごいこと言っているのですか。ビックリしましたよ」
そんなに驚くことなのだろうか?
俺からしてみればもっとサクサク攻略していってほしいものだ。
「となるとリリアナのパーティーが戻ってきたら今日はロードはお祭り騒ぎですね!」
「そうなんですか?」
「なぜ敬語?」
「特に意味はない」
ユイノは釈然としないような顔を見せたがお祭りというのが気になったのでそのことについて聞いた。
「お祭りというのは、ロードの階層モンスター、通称ボスモンスターを倒しその名誉を称えるというのが起源となっています。昔は堅苦しいそれこそ儀式とでもいうようなことを行っていたそうなのですが今ではお祭りとされみんなが楽しみにしています」
屋台などもいっぱい出るんですよ!と生き生きとした表情で話すユイノ。
「主に会場はロードのロビー、つまりここですね。で行われてボスを倒したパーティーメンバーはその日、好きな食べ物などをすべて無料で手に入れられるのですよ!」
「ほう、それは楽しそうだな」
率直な感想を述べる。
日本にいた頃などは祭りなんてリア充のイベントと毛嫌いしていて行ったことなどほとんどない。
行ったら行ったで劣等感に押しつぶされそうになる。
「そうですね!私も初めてのお祭りなのでドキドキします!リリアナならきっと勝ってくれると思うので、というか勝ちます!だから今日は楽しみにしておきましょう!」
確かにな、リリアナが負ける=リリアナの死
リリアナの死=俺のクビ
俺のクビ=あの家に住めなくなる
あの家に住めなくなる=路頭に迷い死
なんとしても勝ってほしい。
というか俺が死ぬとか以前にリリアナに死んでもらいたくないというのが勝ってほしいと思う一番の理由だろう。
「そうだな!よし!じゃあ俺らもリリアナのパーティーに追いつく、いや……追い越すぐらいの気持ちで強くなろうではないか!」
「それは無理かと……」
「おいおい、こういうのは気持ちの問題だって!前向きに考えないとすぐに死んじまうぜ?」
「前向きすぎなのですよ」
「前向きすぎて何か不都合でも?」
一瞬考える素振りを見せたユイノだったがすぐに……。
「ロードに潜っている間、そのことばっかり考えて注意を怠らないでくださいね?」
と、今更なことを言ってきた。
俺たちは余裕をもって戦闘が行えるようにと三十階層へとやってきた。
前回、五十階層へ向かったときは二人ともギリギリの戦いをして運良く生き残れたという感じである。
それでも、二人とも五十階層でも戦うには戦っていたので一桁階層まで下げる必要はないと考えたのである。
サクッ、サクッ
先ほどから俺たちにたかってくる大蛇のモンスター、大きさは二メートルくらいだろうか?それをサタンでサクサク殺しているのだが、すべて一撃で沈んでいく。
俺はサタンの強さを再認識させられた。
大蛇のモンスターは大きな牙を持ち、見た目こそ厳ついが動きは遅く攻撃を食らうことがまず無い。
「マサキ、慢心してはいけませんよ。この大蛇のモンスター、ナーガは毒を持っています。それこそ攻撃はかわしやすいですが食らうと少々面倒くさいです」
「お前、いやなフラグたてんなよ」
毒にかかるなんてフラグ真っ平御免である。
サクッ
縦に一線、剣を振るうと目の前のナーガが四散する。
この個体が周辺にいたナーガではラストだったようだ。
モニタリングを使用し、周囲を見渡しても反応はない。
この戦闘をしていていろいろなことに気が付いた。
まず、モンスターの血についてだ。
サタン攻略時とユイノ救出時は多くの血液をモンスターは出していたのに対し、今回やユイノ救出前……つまり一人で五十階層に行っていたときなどその時は血液は出ずモンスターは霧のように四散していた。
以上の出来事を比較すると、戦闘での決定的な違いが分かった。
それは武器である。
サタン攻略、ユイノ救出の時は俺は赤蛇を使用していた。それに対し今回などは魔剣サタンを使用しモンスターを狩っていた。
おそらく赤蛇の時だけ血液が噴出されるのだろう。
ユイノが使う、『ファイアエクスプレス』という技もモンスターは烈火の炎に包まれその後四散していた。
この血の件以外ではHPについて新たな疑問を作ることができた。
ユイノのHP。それをモニタリングで確認してみる。
ユイノ、火人族 HP三百四
その後、自分の手のひらを見てモニタリングを使う。
坂上雅紀、人間 HP百
「……解せぬ」
「何か言いました?」
「なにも」
おかしい、俺がこんな小娘より弱いはずがないのだ。
昨日だってユイノは俺よりも先にへばって俺より体力がないことはわかっているのだ。
なのにHPでは負けている。
これに関しては二つの推論を思いついている。
一つはレベルアップ。最初リリアナの家にやってきたときに女騎士のレベルが何とか~と聞いたような記憶がある。
つまり、ジョブのLVを上げることによってのステータス上昇。
二つ目は、赤蛇が原因。この線はかなり薄いが無いとも言い切れない。
この線が薄いと思う理由は単純で、神が言っていなかった。というのが理由だ。
『ただの、言い忘れでした!』などという手紙を送りつけられたのならば神というのはこんなにちゃらいのだぞと帝都中で言いふらしてやる。
一つ目の方はモニタリングを使用してもジョブのLVまで見ることはできなかったので、ユイノに直接聞く。という手段を考えたのだが、それはやめておこうということを俺は思った。
俺はすぐこの世界からいなくなる(予定)。だから、あまりこちらの世界の人間にHPなどの外来語を教えるのはよくないと思ったのだ。
それにHPの概念をユイノに教えた場合、ユイノはこれから外傷だけでの判断ではいけないと余計な気を回し続けることとなるだろう。
パーティーメンバーに余計な気遣いをさせたくないと俺は考えたのだ。
これは俺一人でも十分に対応できる程度の物だ。いや、違う。俺しかできないことだ。
他者にはできるだけ迷惑はかけたくない。
迷惑をかけて嫌われたくない。
嫌われて傷つきたくない。
そう……これは、ただの自分勝手な考えだ。




