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刀でダンジョン攻略目指してます!  作者: 赤月ヤモリ
第一章・連れてこられて異世界へ
10/23

過去、少女フラン

 異世界の町はなかなかにうるさい。

 しかしそれは東京などの都会のうるささとは別のものだ。


 都会などではどこからか聞こえてくる音楽や車の音などで常にうるさいが、こ こ、異世界の町と言うものは人々の声で賑わっている。

 客を呼び込む店員や、露店式の居酒屋で騒いでいる客。人々の会話も日本とは比べ物にならない。

 スマホなどがないからしゃべっている人が多いのだろう。


 そんなことを考えながらリリアナとユイノの後を付いていく。

 女二、男一この状況で出かけている奴を見れば俺はおそらく殺意を心に宿しものすごい眼光で睨み付けるだろう。

 それは異世界の住民でも同じなようで、女二、男一の状況だけでもおそらく男の視線を集めていただろうが、その二人の女がとんでもない美人なことで俺は男の殺意にも似た視線を一身に浴びていた。


 まったく男の嫉妬は醜いものだ。

 ブーメランを受けつつも二人と歩くスピードを合わせる。

 というかリリアナの歩くスピードが速い。


 俺はギリギリ追いついているが、ユイノはもうへばりかけている。

 昔から思っていたが運動ができる奴はどうして早く歩くのだろうか?


「ちょ、ちょっと待ってください」

「だ、大丈夫かユイノ?」


 俺も肩で息をしながらせっせと小走りで来るユイノに声を掛ける。

 一度立ち止まってユイノにペースを合わせる。


「ユイノッ、リリアナが向かおうとしている店って、何処かわかるか?」


 途切れ途切れになってしまうが、伝えたい旨をしっかりと口に出す。


「え、ええ。今朝家を出る前に言っていましたから」


 それならいい。

 ここは悪いがリリアナには先に行ってもらうこととしよう。


 呼び止めることも考えたが、酸欠でぼーっとした頭がその考えを思いついた時にはもうリリアナの姿は見えなくなっていた。


 体を鍛えなくてはいけないなぁ。


 そんなことを思いながら俺はユイノと異世界のまだ目慣れない街を闊歩していた。



 何度も歩いたリリアナ家周辺ならいざ知らず、街に出て見覚えのあるものを探そうとすればこれがなかなか見当たらない。

 キョロキョロしながらも歩いていると、遠くの方に見覚えのある金髪が立っていた。


「遅い!」

「お前が速い!」


 リリアナが腕を組み頬をふくらましながら言う。

 まあ、確かにこちらに非がないとも無いともないとも無いとも言い切れないですがねぇ。はい。


「とにかく、ここが売っているという店か?」

「そうだ」

「そ、そうですっ、ね……ハァ、ハァ」


 苦しそうに息を荒げながら答えるユイノ。

 お前体力なさすぎるだろ!


「ユイノ大丈夫か?」

「え、ええ。ですが……」


 辺りをきょろきょろと見渡し、そして近くにあった噴水を指さしながら、


「私は疲れたので、あそこで休憩してきます」


 お前はおばあちゃんか。と思ったが口には出さず胸の内に秘めておこう。


「わかった、ゆっくり休んどけ。帰りもあるんだぞ?」


 そう言うと、ユイノは顔を青くし「は、ははは」と乾いた笑いをこぼした。


 改めて店を見る。

 店の中を見る限りではちょっとした日常品のようなものを扱う店だと判断する。


 すべての商品の近くにはそれぞれおそらく値段と、これまたおそらく商品名が書かれた紙が置かれていた。

 もちろん字が読めないので、なんて書いてあるかなどはまったくわからない。


「マサキあったぞ」


 先に店に入っていたリリアナがどうやら歯ブラシを見つけたようだ。

 声のした方に近寄り、リリアナの姿を探す。

 見つけると、リリアナは「これだ」と言ってある商品を指さす。

 棒に毛が付いているものだ。

 それは昨日ユイノに見せてもらったのとまったく同じだ。


 これがこの世界の歯ブラシか。


 ふと気になったのでリリアナに質問してみる。


「なあリリアナ。コレなんて書いてあるんだ?」


 この商品の名前が書いてあるであろう紙を指さし聞いてみる。

 紙には象形文字のようなものが二つ並んでいて、その下にはそれが少し簡略化 されたような文字が小さく書かれてある。

 おそらく上が商品名、下が商品の値段だろう。


「ん?ああ、これか?」


 リリアナは紙を見てから。二つあるうちの一つ目の文字を指さし、


「これが『あ』でもう一個が『れ』だ」


 それを聞いて思ったことを述べるとすれば、そうだなぁ。


 ……この商品に名前なんてなかった。



 それから、歯ブラシを購入した後、ユイノを呼び三人で帰宅した。

 途中、ユイノが倒れそうになりリリアナがおんぶしているのを見て、リリアナが改めて男らしいということを再認識させられた。


 帰ると、すぐにリリアナが朝食の支度をしてくれ、今、ちょうど食べ終わったところだ。


「あー、じゃあ、ユイノ。話してもらえるかな?」


 意を決し俺はそう口にする。

 一気に場の空気が重くなったのがわかった。


「わかりました」


 それでもユイノは固い決意を持っていたのか、真っ直ぐに俺とリリアナを見つめながら言った。


「そうですね、何からお話すればよいか……。私が奴隷階級になったところだけ話すのは、なかなかに大変なのですよ。なぜなら私は奴隷階級に落ちたわけではないからです。私が奴隷となってしまった理由は私の母、フランという女性が奴隷身分に落ちてしまったからなのです」


―数年前―


 町のはずれに小さな村がありました。


 村人は皆やさしく、全員がそれぞれ助け合って生活をしていました。

 子供は少なく人口のほとんどは老人で子供はフランが最年長十五歳、彼女は人当たりがよく老若男女誰からも愛され、親しまれるやさしい人です。

 フランもそんな日常が心底好きで、いつまでもこのままみんな楽しく過ごしていくものだと思っていました。

 そんなある日のこと、彼女はいつものように父親の帰りを待ちながら夕食を作っていました。


「はあ、父さん遅いなあ。どうしたんだろ?」


 いつもはもうすでに帰ってきているはず。なのにフランの父親の姿は、家の中には見当たらない。

 フランが心配をしていると突如家の外からダダダダダッと言う聞いたことのない音が聞こえてきた。


 それともう一つ聞いたことのない音。

 いや、それを音と判断するにはあまりにも残酷すぎた。

 声だ。村の人たちの聞いたことのない声。


 聞いたことのない悲鳴。


「な、なに!?」


 悲鳴の直後、物が壊される音、ガラスが割れる音。そして先ほどのダダダダダッという音が再び鳴る。

 そしてまた悲鳴。

 これが、しばらく繰り返し続いた。

 ふと、周囲が静かになっていることに気が付く。


 外から聞こえてきていた声に恐怖を覚えながらも自分の家の玄関へと向かいドアノブに手を掛ける。

 ゆっくりと回転させ扉を開け、見えた外の光景はまさに……地獄絵図。


 そのあたりに散乱する見知った人たちの死体。

 体からは大量の血がどばどばと今も垂れ流しの状態になっている。


「……え?うそ……?な、んで」


 死体の中には、いつも遊んでいた女の子や男の子。そしてフランの父親の変わり果てた姿もそこにはあった。


 両の目から大量の熱いものがこぼれ出る。

 頬を伝い、顎から一滴二滴と滴が落ちていく。


 彼らを殺した人物の恐怖より、彼らが殺されたという悲しみが先にやってきたのは、フランがそれほど村の皆を愛していたという証拠なのだろう。


 なぜ!どうして、みんながっ……!


「うっ……!」


 少し離れたところにあった。死体が動く。

 ちがう、死体が動くはずがない!


 フランはわずかな希望を胸に急いで駆け寄った。

 そこに倒れていたのはこの村で一番長生きするだろうとみんなから言われていたヤエという老人だ。


「おばあちゃん!ヤエおばあちゃん!しっかりして!どうしたの!?いったい何があったの!?」


 ヤエを軽く揺さぶりながら、状況の説明を求めるフランにヤエは乾いた唇を必死に動かし、かすれた声を出す。

 いや、ここまでくれば声を出すというより漏らすと言った方が正解かもしれない。


「……フ、フラン……に、逃げ……な……」


 それだけ言うと、急速に何かがヤエの中から抜けていくのが感覚で分かった。

 抜けていったのは魂。

 ヤエは死んだのだ。


「あ、ああ…あああああああああああああああっ!」


 目の前で大好きな人が命を落とした。それを理解した瞬間、何とも言えぬ不の感情が心を壊していくような、そんな感覚がした。

 天を仰ぎ、涙を流し、命をなくした人たちへの思いが絶叫となって出てくる。


 手はヤエの血で真っ赤に染まっておりその手で溢れ出る涙を拭いていたので顔ももう血で真っ赤になっている。


 悲しく、寂しく、辛く、苦しい。

 なぜ、みんなが死んだのだ!?

 誰が皆を殺したのだ!?


「悲しそうだね」


 突如、背後から声が聞こえあわてて振り返る。


 この声は聞いたことがない。

 村の皆が殺された現場に、村に住んでいるフランが聞き覚えのない声が聞こえてくる。


 つまるところこれは。


「お前がっ、みんなをっ!」


 背後に立つ黒髪の青年。この辺りでは見ない顔立ちだ。

 右手に何やら銀色に光る鉄のようなものを持っている。

 見たことのない服を着ている。

 そしてその服には、返り血と思わしき血液が大量に付着しており、それは、今のフランの怒りを刺激するには十分すぎるものとなった。


「私の、私の愛した人たちをっ、返せえええええええええっ!」


 フランは青年に向かって全力で駆け出していく。

 武器も持たず、策も考えず、やみくもに己の拳を強く握りしめて……。


「愚かな」


 青年はその手に持っていたきれいな銀色の筒のような鉄の塊をこちらに向けてそう言った。

 ダンッ!


 その音を最後にフランは力なくその場に倒れた。



「……い……きろ!……おい!…お…ろ!」


 遠くで誰かが叫んでいる。フランはようやく起き始めた意識でそう判断した。

 誰かが私の体を揺さぶっている。やめてくれ。今はしんどいのだ。

 だがフランのそんな思いは揺さぶる者には理解されない。


 口はどういうわけか力が入らず動かない。

 今フランの体を襲う気だるけはおそらくあの青年の攻撃によるものだろう。


 ああ、私は殺されていなかったのか?

 そう思った刹那、あの地獄の風景がフランの頭にフラッシュバックする。


「……おい!起きろ!」


 意識が覚醒し、叫んでいる声も聞き取れる。


「……ッ!」


 嫌な冷や汗が背中をぐっしょりと濡らしていた。

 焦点が定まらない。

 今、フランの視線は頭の中のあの地獄絵図を見ているからだ。


 みんなが死んだという現実。フランだけが生き残ってしまったという現実。

 急速に気分が悪くなり嘔吐する。


 それにより再び意識がかすれどこかへ飛びそうになる。


「……おい!……おい!」


 叫びによって再び飛びかけていた意識をどうにか繋がれる。


 運動もしていないのにフランは息が上がり、玉のような汗を全身から流していた。

 それをふき取ろうとして、気が付く。

 両の手に鉄の腕輪のようなものが付けられており、そこから延びる重い鎖が壁と繋がっている。


「え……?なん……で?」


 自分の今いる場所にも気が付いた。


 視界に移るのは暗い部屋。

 窓もなく壁や床は岩が剥き出しである。

 そして眼前、そこは唯一外の世界(外の世界と言っても中とあまり変わらない岩が剥き出しの廊下のような所だ。)を見ることができる。


 鉄の柵を挟んでだが。


「……ろう、や?」


 そうここは牢屋であった。

 もっと詳しく言うなら地下牢だ。


「ああ、ようやくお目覚めですか」


 ふと横から声が聞こえた。

 そちらに目を向ける。


 そこには、メガネをかけた男がいた。

 状況からして叫びながらフランの体を揺すっていたのが彼だと理解する。


「あなた、は?」


 当然の疑問を口にだし状況の理解をしようとする。

 なぜ私は捕まっているのか、お前は誰なんだ、みんなはどうした。


――あの青年はどこへ行った?


「私は、あなたを守る立場の人間です。名をウィルメガと言います」

「……守る?」

「はい、目を覚ましたばかりで混乱しているでしょうが聞いてください。今あなたが置かれている状況を……」

「私の、状況?」

「ええ、あなたには現在、ある罪がかかっています」

「罪?」


 どうしても、おうむ返しとなってしまうフランにウィルメガは聞き取りやすいようにゆっくりとその罪を彼女に伝えた。


「あなたには、現在大量殺人の容疑がかかっています」

「……え?」


 理解できない、状況を説明されているのに、状況の説明を求めたのに頭が理解してくれない。

 ……どういうことだ?


 当然の反応だと、かまえていたウィルメガは続きを口にする。


「村で、多くの人が殺された……これは、わかりますね?」


 胸の奥がズキリと痛む。


「……はい」

「その村で、唯一生き残った人。それがあなたです」


 その言葉に思わず涙がこぼれてしまう。

 ウィルメガはそういう意味で言ったのではないそう理解しているが、でも、それでも。

 彼の言葉は、フラン以外の全員が死んだということを意味していた。


 一人も、居なかったのか……。私以外、一人も……。

 心がすり減り感情が消える。

 枯れるほど涙を流してもまだ足りない。


「あっ……」


 ウィルメガは遅れて自分の失態に気が付く。


 たった今、自分は守る者などとほざいておいて、すでに彼女を傷付けているではないか!ウィルメガは心の中で自分に叱咤した。


 ウィルメガの良心が痛む。

 それでも、伝えなくてはいけない。彼女が置かれている最悪の現状を。

 歯を噛みしめこぶしを握り意を決して彼女に告げる。


「……私が犯人ということになっているのですね」


 口を開いた直後フランはそう口にした。

 彼女の目に光はない。


 それはそうだとウィルメガは思う。

 自分の家族同然だった人たちが殺されてその犯人にされているのだ。

 自分だったら自暴自棄で荒れ狂い、自決しているかもしれない。


 ……だから彼女にかけてあげる言葉が見つからない


「……はい」


 自分の無能さにウィルメガは苛立つ。

 だが、今は自分に腹を立てている場合ではないこと思いだし、ここに来た理由を遂行すべきだと考えた。


「お辛いでしょうが、私の質問に答えていただけますか?」

「……はい」

「……っ!」


 心無い返事に自分がどれだけ彼女に非情なことをしいているかがひしひしと伝わる。

 でも……これは彼女のためだ。


「まず単刀直入に聞きます。あの日、あの時、あの場所で、何があったのですか?」


 あの地獄を思い出しフランの視線が大きく揺れる。が、それを必死に抑えフランは口にする。


「あの時は……」




 あの日起きた出来事を、すべて、事細かにウィルメガに伝える。

 ウィルメガは時々、苦しそうな顔をして聞いていた。


 フランの話をすべて聞き終えウィルメガはある一つの感情を持った。


――十五の少女にこの現実を与えたその青年に対し、殺意という名の感情を……。



 ウィルメガはフランの話を一通り聞き終えると「また明日来ます」と言い残しこの牢屋を去って行った。


 一人になったフランは落ち着きを取り戻し、落ち着きとともに取り戻した感情を吐露した。


「なんで……もう、わけがわからないよぉ」


 その表情は十五とは思えない、ほど幼く見えて、子供が泣きじゃくるように、フランは泣いていた。

 しばらく泣くと、冷静を取り戻し、今までの状況を整理しようと試みる。


 なぜ私が犯人になっているのか?

 これに関してはおそらく、状況証拠というやつだろう。実際に私はしていないのだから物的証拠が残るはずがない。


 あの青年はどこへ消えたのだろう?

 ウィルメガは青年の話が出たとき、驚きの表情をしていた。

 つまり、あの青年の存在自体が認識されていなかったということだ。どこから現れたのかはわからない。

 ただ村に来るには、途中の街で身分証を見せることになっているから普通ならわかるはずなのだが……まさか街を通っていない?


 それこそありえないことだ、村の周りは森になっており多くの獣が生息している村周辺は結界で守られているので安全だが、普通なら森に入るとたちまち獣に骨の髄まで食べられると言われている。


 それと、どうして私は死んでいないのだろう?

 体中を見てもそれらしい傷痕はない。


 すべての問題にお手上げ状態だ。わからないことだらけでおかしくなってしまいそうだ。


 そして何より、これからどうするかが問題であった。


 ……今日はもう休もう。窓がないので時間がわからないが眠たくなるのは仕方がない。

 フランは横になり床に就いた。




 次の日、フランが目覚めるとそこにはウィルメガの姿があった。

 彼は重い口を開きこう告げた。


「実は三日後、君の裁判があったのだが……急遽、本日行われることとなった」


 フランからすればそれは処刑宣告と同じであった。あんなに多くの人を殺した罪を着せられているのだ、よくて死刑、悪くて死刑。八方ふさがりの状態だ。


 ウィルメガの背後から帝国騎士の制服を着た男が二人現れる。

 裁判所へ連行されるのだろう。


 どうせ、死刑なら裁判する必要なんていらないだろう。

 そんなこと思ったが自分に拒否権はない。


 有無を言わさず二人の男が鎖を壁からはずし立てと言ってくる。

 素直に立ち上がり、牢屋の外へと出る。

 その時、ウィルメガがフランの耳元でこうささやいた。


「私は、あなたを守る」


 フランは言葉を返すことなくウィルメガの横を通り過ぎ裁判所へと向かった。




 裁判は想像通り進んでいった、驚いたことと言えばウィルメガが弁護士だったということとフランが奴隷身分への格下げという結果に終わったというところだ。


 ウィルメガはあくまで状況証拠(それも、その場に居合わせた人間)というだけでは死刑まで持っていくにはやりすぎだと強く主張したのである。

 それと、謎の青年。

 こちらに関しては、ウィルメガ以外信じていそうな人はいなかった。

 それはそうだ、あれだけの事件をして証拠の一つも残さないそんな影のような存在を信じようと思う方がおかしいのだ。


 その結果、奴隷身分への格下げ(平民に戻ることはできないという条件付き)で法廷は幕を閉じたのだ。


 それから、フランは地下牢に戻ることなく、街の奴隷商のもとへ引き渡されることとなった。

 閉廷し、誰も居なくなった法廷でウィルメガはひとり呟く。


「……これは、守ったということになったのだろうか」



 奴隷商の男が私の体を舐めまわすようにねっとりとした視線で見てくる。


「ふむ、顔はかなりいいな。髪も梳かせばかなりな上物だ。……君、経験は?」


 唐突な質問に反応が少し遅れてしまった。


「え…?と、経験とは?」

「だから、性行為。したことあるかって聞いてんの?」


 フランの顔が徐々に赤くなっていく。

 それを見た男はにやりと口元をゆがませ、


「したことないんだな?」

「……はい」


 そんなの当り前である年上と言えば十以上離れたものしかいなかったのだ。かく言う年下も三つ以上離れていたので恋愛ということもフランはしたことなかった。


「これはかなりの上物だ。ものすごい値がつくぞ」


 そんなことで褒められても嬉しくなどない。

 そう思うが、それは喉の奥に引っ込めた。


 男は唐突にフランを見るのをやめて店の奥に向かって叫んだ。


「おい、メリーナ!こいつを風呂に入れて髪を梳いてやれ!」

「はいはい。わかりましたよ」


 そう言って奥から出てきたのはきれいな女性だった。

 年は三十くらいだと勝手に予想する。


「えーっと……」


 どちらさまだろうと思ったフランにメリーナといわれた女性は向き、一言。


「私はこの男の妻をしております」


 私は目を見開き驚いた。

 こんな美人が、こんな禿親父と!?




 それから、私の奴隷商での生活が始まった。


 奴隷商というところは、奴隷身分になった人を買い、売る。そう言う場所だ。

 奴隷商がある場所は大きな建物になっており、中には奴隷商の男と妻のメリーナさん。他にはフランと同じく奴隷身分になった人たちが住んでいる。

 最初は奴隷商の男を怖い禿親父というイメージでしか見てなかったのだが、しばらくするとただの優しい禿親父であることが判明した。

 メリーナさんもとても優しい人でほかの奴隷たちもみんながこの二人を慕っていた。


 奴隷商というところに悪いイメージしか抱いていなかったフランからすれば驚きの事実である。


 そんなある日、一人の男がフランを買いたいと言ってきた。

 年は四十近い、優しげな人というイメージだ。

 体は引き締まっていて。

 メリーナさんが自らの夫と見比べ溜息をこぼしていた。


 お金は私に付けられていた値段の倍近く持ち合わせており、身分を聞くと貴族であることが判明。


 フランはもちろんのこと奴隷商の男も断る理由がなく、フランはその日のうちにその貴族の家に招かれた。



 貴族の屋敷は広く土地も広大だ。

 屋敷内に入ると、まず広がる多いな空間、床には赤い絨毯が敷き詰められており正面には階段、そこから左右にさらに階段が続いている。

 中央の踊り場にはこの貴族と思われる絵画がきれいに飾られていた。


 あまりの豪華さに見惚れていたフランに貴族の男・ルノワール・オルティナは少し苦笑してから「こっちだよ」とフランを彼女の部屋へと案内してくれた。


 案内されたのは一つの部屋。

 そのことにフランは驚きを隠せなかった。


「あの、これはどういうことでしょうか?奴隷などに部屋を与えるなど……」


 顔色をうかがいながら質問する。


「ああ、それはね、実は僕はあまり人が多いのが苦手でね、この屋敷にいるのは使用人が五人、奴隷が君を含めて五人。それに妻は昨年ロードで死んでしまったから。部屋が空きすぎていて困っているんだよ。だから雇う人間や買った奴隷などにも一つ一つの個室を与えることができるってわけだ」


 そう言って、にこやかにほほ笑むルノワール。


「な、なるほど」


 お金持ちはすごいなあ、とそんな感想を抱くフランであった。




 月の光がルノワールの部屋に差し込む。

 少し浮かなげな表情をしたルノワールは今夜ここに来る来訪者を待っていた。

 風呂に入り、服を着て、照明の役割をする蝋燭も吹き消した。

 窓を開けているので風が吹いていて気持ちがいい。

 月が綺麗なので外に街のシルエットがよく見える。

 街並みにぽつぽつと少しだけ明かりがあるのがまた街の夜景を綺麗にしている。


 コンコン

 ドアがノックされ続いて声が聞こえてくる。


「ル、ルノワール様、フランです」

「入りたまえ」


 ドアノブが回転し扉が開かれる。

 そこからか姿を現したのは、今日買ったばかりの奴隷、フランだ。


 まだぎこちない動きで扉を閉め、ルノワールのもとへと近づく。


「やあ、初日はどうだったかな?」

「え、えっと。みなさん優しくって、使用人の方たちも奴隷の方たちと分け隔てなく接してくださるおかげでとても、楽しい場所だなぁ、って思いました」


 そう言うと、ルノワールはクスクスと笑いそして「それはよかった」と笑顔を向ける。


「それでだな、フラン。今日君を呼んだのは……」


 ルノワールが言葉を濁すが、代わりにフランが答える。


「わかっています。従属契約ですよね?」

「ああ」


 従属契約、それは奴隷が主に対して忠誠を誓い、主は奴隷を決して殺害しないということを口約束のあやふやな物から、神罰を与える強制力を持つものにするために行われる儀式のことだ。


 奴隷商の男から奴隷に関するルールなどもいろいろ教わっていたので知っていた。


「まあ、これを行うのは法律で決められているようですしね。ルノワール様は嫌でしょうが……」


 そう、この契約は簡単に言えば、あれをするのだ。

 そうでないと効果が得られない。


 まったくこんなものを契約の儀式内容に組み込むなんて考えた者はどこまで変態なのだ。


 ……儀式の考案者に不幸あれ!


「いや!そうじゃない!君はその……初めてなのだろう?すまないなこんなおじさんが相手で……」

「め、めっそうもございません!謝らないでください!」


 頭を垂れるルノワールにあわてながらフランは言う。


「私は、もうあなたの所有物なのです。本来個室を頂いているだけでも幸せなことなのに……これ以上私に気は使わなくても結構ですのに……」


 この人は本当に優しい人だな、とフランは思う。

 ま、確かに歳は離れていて、この人に好意があるわけでもないが、いい加減な奴に無理やり犯されるよりは数百倍、いや数千倍ましだ。


「……わかった。では、始めようか」

「……はい」


 ルノワールは自室の窓を閉めカーテンを引く。


 ――――部屋の中を見ることは月にも叶わない。


ユイノの母フランのお話です。

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