気まぐれな親切
その日、図書館で、岩戸瓢太は女の子を見かけた。
女の子はセーラー服を着ていた。背は低い。中学生だろうか。彼女は書棚の最上段から本を取ろうとしていた。けれど、全く届いていなかった。
棚板に置いた左手で体を支えながら、背伸びをして右手を伸ばしている。腕も指先も脚もつま先も震えていた。棚を見上げて歯を食いしばる顔は赤かった。
瓢太はそんな女の子の姿を見て、なぜだか悲しくなった。
「取りましょうか?」
だから、瓢太は彼女に声をかけたのだった。
女の子の体がふっとしぼんだ。視線だけで瓢太を一瞥する。
けれど女の子は何も言わずに視線を戻した。また背を伸ばす。
無視だった。
まさか無視されるとは思ってもみなかった瓢太は困惑した。
とりあえず、もういちど声をかけてみる。
「あ、あの。取りますよ?」
すると、何かをはじいたような音が小さく聞こえた。
瞬間、それが舌打ちであると瓢太は理解した。そして。
「頼んでねえし」
小声でつぶやく女の子の声。
それで瓢太のフラストレーションは、頂点に達した。
瓢太は頭のなかで、女の子の伸ばした手に延長線を引く。彼女が求めている本に検討をつけた。
カーペットの上に鈍い足音を立てて、女の子に歩み寄る。
瓢太の接近に気づいた女の子が棚から離れて後じさった。その顔が警戒を訴えている。
しかし瓢太に女の子を構う気はなかった。
瓢太は書棚の最上段に手を伸ばす。女の子が取ろうとしていたであろう本を取った。念のため近くの本もまとめて持っていく。そして女の子と目を合わせる。
「――はっ」
瓢太は鼻で笑うと、女の子に背を向けて立ち去った。