北の森で
メキメキっと音をたててウォールウッドが倒れていく。倒れた木は、適当なサイズに斧で切り、剥ぎ取りナイフで刺せば加工済みになる。こうして出来た木材は全て背負い袋の中へ。
時刻は14時過ぎ。さて、これからどうしようかな。ウォールウッドは3本も伐ったしもう十分だ。朝の時点ではこの後、エニフの町に向かいがてら平原に生えてる木を伐ろうかと思ってたけど、折角森の近くまで来たんだし薬草とかも補充しておこうかな。
少しだけ悩んで僕は森の奥へ進んだ。危険かもしれないけど、ゲームの時は安全だったしなによりウォール草が魅力的過ぎる。森の中なら至る所に生えているのに、効果の高い薬が作れるんだから。
それから1時間後、僕は森に自生している様々な植物を背負い袋に入れて回っていた。ウォール草以外、何の役に立つかはわからない。でも、わざわざ名前が表示されるのだから毒か薬にはなると思うんだよね。
ウォール草を抜くためにしゃがみこんでいた僕は、何かが振動する音が近づいてくるのに気付いた。この森のある程度奥に出没するモンスター、ソルジャービーの羽音だ。気付かないうちに結構奥まで来ていた様みたい。
ソルジャービーは子犬サイズの蜂の魔物で、主な攻撃方法はお尻についた針。針は毒を持っていて、刺されると地面をのた打ち回るほどの痛みに襲われるらしい。しかも必ず群れで現れるため対処が難しいとプレイヤーから恐れられているのだ。
とは言ってもソルジャービーは地上からある程度の高さにいる相手にしか攻撃してこない。背が小さく更にしゃがみこんでいる僕にとっては脅威でも何でもないのだ。
そう思っていたのに、羽音は僕の頭上に留まった。ゲームの時は放っておけばそのまま飛び去ったのに。
……そうだった、今はゲームと違うんだった。僕は慌てて背負い袋から人形を取り出しリングを指に嵌めた。戦闘用のジョブが〈人形使い〉しかない僕の武器は自作した木製の頼りない人形だけだ。
そうこうしている間にソルジャービーがこっちに針を向けて突っ込んできた。
「うわっ!?」
僕は慌ててその攻撃を人形で受ける。恐ろしいのは毒による痛さなんだから、人形に受けさせれば怖くはないという訳だ。
僕はソルジャービーの攻撃を全て人形で受けながらゆっくりと平原の方へ後退した。走って逃げたいけど魔物のほうが速い。ここはあせらずに行かないと。
だけどこれは下策だった。5分と持たず人形が壊されてしまったのだ。いくらウォールウッド製の人形とはいえソルジャービーの攻撃を受け続けられる訳がなかったということだ。
「どうしようか……」
今考えたところで良案が出るわけが無い。僕はなす術も無くソルジャービーの攻撃を右腕に食らった。
針はソルジャービーの大きさに比べて細く短かったから、針自体はそこまで痛くない。しかし攻撃から一拍置いて僕の右腕に激痛が走った。何も考えられない痛みに、たまらず地面を転がって悲鳴を上げた。
そして気付いた時には町の噴水広場に戻ってきていた。どうやら死に戻ったようだ。
右腕の痛みももう無い。これも死に戻りで毒が解除されたからかな。
あまりの急展開に緊張の解けない脳みそを、深呼吸して落ち着かせる。このままだと冗談も言えそうに無い。
「……すぅ……はぁ。……僕の右腕がぁ、とか言っとくんだったなぁ。折角のリアル封印されし右腕ごっこのチャンスが」
……うん、頭が正常運転を始めたみたいだ。このままだと子供っぽい言動にも違和感が出ちゃうからね。
それにしても人形がほとんど役に立たなかった。戦うどころじゃない、反撃すら出来ないなんて。あんまり戦闘する気はないとは言っても多少は戦える様にしておかないと、このままじゃ素材集めも満足に出来ないよ。
でも、今日はもう森に向かう気はない。目標どおり平原の木でも切ってこよっと。
2時間少々でウォールウッドと同じ3本を伐った。ウォールウッドに比べて平原の木の方が柔らかいと言うのもあるけど、スキルがあがったっていうのも大きいと思う。
ジョブ:〈人形使い〉8 〈製作者〉13 〈採取者〉10(4)
能力値:筋力・・・9(1)
体力・・・10(1)
器用・・・17(2)
敏捷・・・4
魔力・・・5
精神・・・13
スキル:△操術12 鍛冶7 △木工10 裁縫8 調薬7 人形作成1
△伐採10(8) 植物採取6(2)
称 号:駆け出し
伐採のスキルが10を超えた。覚えたのは伐採強化、まだ覚えたばかりだからわからないけど多分伐採が楽になる技だろう。
木もある程度手に入ったので町に戻る。その途中でウィンドウが勝手に現れた。
内容を確認してみるとPK、プレイヤーキラーついて書かれているみたい。
名 前:久瀬 大地
性 別:男
年 齢:17
ジョブ:〈魔物使い〉〈酪農家〉〈料理人〉
スキル:使役 解体 酪農 調理
備 考:従魔有り
プレイヤーキラーって言うのはMMO系のゲームに昔から存在しているプレイヤーをキルするプレイヤーの事だ。ゲームによって出来る・出来ないや、やった際のメリット・デメリットに違いがある。
人によって賛否があるけど、僕はプレイスタイルとしては有りだと思う。PKがゲームの新しい面白さを生んだりすることもあるからね。
でもこの男の子は何のためにキルしたんだろう? ……そうだ!
僕は噴水広場目指して走り出した。
「ひぃっ!! ごめんなさい! ごめんなさい!!」
「いや、大丈夫か聞いてるだけだから! 謝られても困るよ!」
人が多くて何が起こってるかは見えないけど、2人の男が喋ってるみたいだ。野次馬の人にでも事情を聞いてみよっと。
「何かあったの?」
「ん? 何だ坊主……ってその格好プレイヤーか」
ひげ面のプレイヤーに話しかけた。最初は面倒くさそうな顔をしていたが、格好でプレイヤーだとわかると若干表情が緩んだ。
「そうだよ。それで、何でこんなに人がいっぱい集まってるの? もしかしてさっき出たPK関係?」
「PKがどういう意味かわかってんのか。だったら説明してやるよ。まあ俺も周りのプレイヤーか聞いたんだがな――」
彼の話と言うか彼が聞いた話によると、PKについてのウィンドウが表示されたと同時にここに男性プレイヤーが転送してきた。彼はまったく動く気配がなく更に驚くほど顔色が悪かったらしい。
その様子を心配した通りがかりのプレイヤーが話しかけると彼は悲鳴を上げて逃げ出した。声をかけたプレイヤーが余計心配になって追いかけると噴水の影にうずくまって謝りだしたそうだ。
なるほどね。もしその男性プレイヤーがキルされた人物だとすると、PKはかなりえげつないやり方をしたんだろう。
まるで生身と変わらないこの世界でそんなことが出来るなんて、何か因縁でもあったのかな? どちらにしろあの状態じゃあキルした理由なんてわからないか。
琳音ちゃんも待ってるだろうしそろそろお店に行こうかな。
同シリーズ
【異世界のお節介な道化師】
【親愛なる魔王さま】
もよろしくお願いします。




