材木屋
翌朝、約束どおりリアさんと一緒に材木屋にやって来た。琳音ちゃんはまだ寝ていたので一緒じゃあない。部屋に鍵もかけたし、お婆さんにもお願いしておいたから心配はない。
目的の材木屋は商業区の北東、宿から結構近いところにあった。歩いて10分少々ぐらいかな。
「らっしゃい。今日は何を買いに来た?」
出迎えてくれたのは筋骨隆々の長身の男の人だった。僕が足元から見上げたら顔が見えないんじゃないかってほど、胸筋が盛り上がっている。年はぱっと見30後半くらいだ。
「おはよう、グリーズ。今日は看板用の板を買いに来たの」
「そうか。確かにあの看板では客が離れていきそうだ」
「あはは、言ってくれるわね」
リアさんは笑って話しているけど男の人はむすっとした顔をしている。リアさんの様子を見るに怒ってるわけじゃないんだろうから、人付き合いが苦手な人なんだろうな。
男の人を見ていたら目が合った。
「この子供は?」
「うちの新しい従業員よ」
「始めまして、おじさん。センヤって――」
「自己紹介はいらん。俺は名前を憶えるのは苦手だ」
「そうなの?」
「ああ、だからお前も俺の事は材木屋のおっさんとでも憶えておけば良い。どうせこの町に材木屋は俺1人だけだ」
「うん、わかった」
そういうとおじさんはリアさんの方に向き直る。商談に入るようだ。
「必要なのは板だけか? だったら前と同じサイズでいいな」
「あっ、サイズは同じでいいんだけど、他にもこれくらいのサイズの厚めの板が8枚欲しいの」
リアさんが手で示したのは50cm×30cmくらいのサイズだ。これはここに来るまでに僕がリアさんに先に話しておいた。板の枚数もそうだ。必要なのは6枚なんだけど、失敗した場合も考えて8枚。余ったら食器の材料として再利用するつもりだ。
「厚めか。割増しになるぞ? 繁盛してないって聞いたが大丈夫なのか?」
「大丈夫よ。まだ蓄えあるから」
「そうか」
おじさんがリアさんに何か紙を渡した。請求書かな?
それを受け取ったリアさんがパンパンにふくらんだ袋を取り出す。こっちは多分お金だ。あの袋大きさだとコイン70枚くらい、全部銅貨として700B位したようだ。思ったより木材って安く買えるんだね。
「ねえ、おじさん。僕も木材が欲しいんだけど」
「どんなのだ?」
食器の材料がそろそろなくなる。安いなら今日の分くらいはここで買わせてもらおっと。出来るだけ出費は抑えたいから加工前の丸太の方がいいかな?
「僕でも何とか持てるサイズの丸太なんだけど、いくら位する?」
「木によるな。欲しいのは何の木だ?」
木の種類か。そういえば確認したことなかったや。ゲームだと木材は木に関係なく木材になることが多いからね。
折角なのでここで確認しようと背負い袋から薪を一本取り出してみる。しかし、ウィンドウには薪とだけ表示されていた。
これじゃわかんないな。丁度プロがいることだし聞いてみよう。
「これなんだけど」
「……ウォールウッドか。これだと木1本分で4000Bはするぞ」
「あなたの食器てウォールウッドで作ってあったの!? それだったら昨日言った値段の倍はするわよ!」
へー、そうなんだー。
僕にとっては木工の練習みたいなものだからどうでもいいんだよね。あー、でもお店の事を考えたら少しでも利益を出した方がいいか。なんか蓄えを切り崩してるみたいだし。
それだったらやっぱり自分で伐って来たほうがいいね。材料費が変わってもリアさんに入るお金は変わらないけど、その分新しい商品を作ればお店に貢献できるだろうし。
よーし、そうと決まれば――。
「それで、どうするんだ?」
「おじさん、ちょっと聞きたいんだけど?」
「なんだ?」
「ここら辺で一般的な木材ってどっから伐って来るの?」
「それなら町の周りの平原にいくらでも生えているぞ」
「そうなんだ。とりあえず注文はいいや」
「そうか。まあ、建築以外で買うやつはそういないからな。それが普通だ」
それなら自分で伐っても営業妨害にはならないよね。いろいろ教えてくれた人に恩を仇で返すようなまね、僕だってあまりしたくないんだから。
看板に使う小さいほうの木材も僕が用意できるけど、それに関してはもう成立した商談だ。アンフェアな気もするしそっちは材木屋に任せよう。
材木屋での用事はこれで済んだので宿へと戻る。その道すがら、リアさんが話しかけてきた。
「よかったの? 材料もうないんでしょ?」
「それなんだけど、今日自分で伐ってきてもいい?」
「いいけど……1人で? 持ち運べるの?」
「大丈夫だよ、背負い袋あるから」
「背負い袋ってあなたの背負ってるやつよね? それで何が大丈夫なの?」
「見た目以上に物が入ってしかもあまり重くならないって袋なんだけど……この世界にはないの?」
背負い袋は、すべてのプレイヤーがゲーム開始と同時に持っている初期アイテムのひとつだ。当然この世界にもあると思ってたんだけど。
「少なくともあたしは聞いたことないわ。どこで手に入れたの?」
「プレイヤーならみんな持ってると思うよ」
「そうなの? それはうらやましい話ね。まあ、そうゆうことならかまわないわよ」
「ほんとに? よかった。それじゃあさ、琳音ちゃんの事もお願いしたいんだけど」
「琳音ちゃんの事を? 連れて行くんじゃないの?」
「本読みたいだろうし、連れてっても何もすること無いからさ。ね?」
それに、早めにリアさんと仲良くなって欲しい。今の琳音ちゃんには親しい人間がある程度必要なはずなんだから。
「そうゆうことならわかったわ。今日一日私が面倒見てあげる」
「ありがと。それなら先に知っておいてほしいことがあるんだ」
琳音ちゃんの両親についてリアさんに説明する。これから一緒に生活するんだから、知っておいてもらわないとね。
「そうだったの。だから昨日あんなことを聞いてきたのね。わかったわ、心に留めておくわね」
「そうしてくれると僕も嬉しいよ」
宿に戻ると琳音ちゃんがカウンターで待っていた。
「お兄ちゃん、どこに行ってたの?」
いつもに比べての少し早口になっている。なんか不安にさせちゃったようだ。
「材木屋だよ。ほら、昨日看板の材料買うってリアさんと話してたでしょ、忘れちゃった?」
「……憶えてる」
「琳音ちゃんを置いて遠くに行ったりしないから安心して」
首を縦に振る琳音ちゃん。よかった、納得してくれた。
でも、まだ思ったよりも精神的に不安定なんだね。この後1人で木を伐りに行って大丈夫かな? うーん、一応話してみるか。
「それで琳音ちゃん。今日なんだけどリアさんのお店に1人で行ってくれないかな?」
「え? 何で?」
琳音ちゃんが不満そうな声を上げる。仕方ない、退屈すると思うけど連れてこうと考えたところでリアさんが動いた。リアさんは琳音ちゃんの前に来るとしゃがんで視線を合わせる。
「琳音ちゃん。お兄ちゃんは今日木を伐りに行くんだって。だから琳音ちゃんがついていっても退屈しちゃうだろうって、わざわざ私にあなたの事を頼んだのよ? 琳音ちゃんが好きな本もあるからって。それでも琳音ちゃんは着いて行くの?」
琳音ちゃんがなぜか僕の方を向いたのでどっちでもいいよと笑い返しておく。すると琳音ちゃんは何か決意したような目をしてリアさんに向き直った。
「わかった。私お兄ちゃんの事待ってる」
「うん、いい子ね。だって、これで心置きなく木を伐りに行けるわね」
「あはは、そうだね。ありがとう、リアさん」
「あら、いいのよ。お礼なら琳音ちゃんに言いなさい」
「そうだね。ありがとう、琳音ちゃん」
「ううん、頑張ってきてね。お兄ちゃん」
たまらず僕は琳音ちゃんの頭を撫でた。
「終わったかい?」
「うわぁ!?」
急に声をかけらて驚いてしまった。声の主はお婆さん、カウンターの真ん前で話してたんだからここにいるのは当たり前だ。
「まったく、仲良いのはいいがね。目の前でやられるこっちの身にもなっとくれよ」
「あはははは。ごめんなさい、スクロさん」
「まあいいがね。とりあえず顔合わせは上手く行ったようだね」
「ええ、おかげで置ける商品も増やせそうだわ」
「そりゃよかったね」
「こんな良い人紹介してくれるなんて、本当に感謝してるわ。スクロさん」
「あ、僕も。仕事紹介してくれてありがとね。お婆さん」
照れ隠しだったのか、その後すぐに宿を追い出されてしまった。時間も6時と丁度よかったし、僕達は隣の食堂でリアさんと三人で朝食を食べることにした。
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