初仕事
カウンターの奥の部屋は作業場になっていた。部屋の中央に大きな机がひとつ置いてあって、壁際にいろんな道具や本なんかが置かれた棚がある。床が散らかっているのが余計に作業場っぽい。
奥に続く扉と2階への階段もあった。思ったより広い建物だったみたいだ。
「ここが作業場ね。さっき慌てて出てったからちょっと散らかってるけどいつもはもう少し片付いてるわ」
「奥と2階にもまだ部屋があるんだね」
「奥の扉は外につながってるのよ。薬草用の小さな畑があるわ。2階はキッチンと寝室ね。今はあたし1人だから部屋が余ってるの」
住み込みになったら僕達も2階に住む事になるのかな。
「それじゃあ仕事についてお話をしましょうか。琳音ちゃんが読む本はそこの本棚から適当に選んで頂戴。一番下の段に物語系の本が入ってるわ」
「はーい」
琳音ちゃんが本棚へと向かっていく。どんな本があるか僕も後で見せてもらおっと。
「で、仕事の話なんだけど」
リアさんが椅子に座るのに合わせて僕も適当な椅子に座る。
「はじめは調薬の手伝いをお願いするつもりだったんだけど、いろいろ出来るみたいだから、自分で考えて商品作ってみない?」
「自分で? 僕はそのほうが嬉しいけどいいの?」
「いいわよ。今なんて雑貨屋なのに薬しか置いてないんだから」
「確かにそうだったね」
いきなりの好条件だ。これは是が非でも雇ってもらわないと。
「そうして作った商品が売れたら、その8割をあなたのお給料として渡すわ」
完全な成果給になるんだね。売った商品の8割も貰えるなんて、もっと安い給料になると思ってたのに。
「そんなに、もらっていいの? 一応住み込みでって話なんだけど」
「あはは、何言ってるの。そもそも売れなきゃ給料ナシなのよ。売れるかどうかはあなたの腕と値段次第。材料も自分で調達するんだから」
値段もこっちで決めていいのか。これだとまるで委託販売みたいな感じだね。
「こんな感じだけどどうする?」
「答える前に質問いい?」
「ええ、何でも聞いて頂戴」
結構いろいろ聞いたのでまとめると、道具はここのを使ってOK。音が響く作業(鍛冶とか)と広範囲に被害が出るような作業(一部調薬など)は駄目。商品を置く場所はその都度相談に応じる。裏の畑は今は空きがないので使用不可、その内僕用のスペースを作ってくれるって。お店のレイアウト等も提案があったら聞いてくれる。食事に関しては当番制で買っても作ってもオッケー。他の家事もそれぞれ当番制だ。
「あと、調薬の手伝いもしたいんだけど」
「それは助かるけど大変じゃないの?」
「調薬のスキルレベルも上げたいんだ」
「それなら住み込みになったら閉店後に教えてあげるわ。それまでは自分の仕事に専念してもらえる?」
「わかった、待つことにするよ。それと、しばらくはお試し期間ってことだけどどれくらい?」
「まだ払った宿代、何泊分か残ってるんでしょ? それが無くなったらうちに来て頂戴。お試しって話だったけど、そこまでいろいろ出来るなら何の問題もないから」
「ほんとに!? ……それじゃ、これからよろしくお願いします」
「そういえばまだ返事聞いてなかったわね。はい、よろしくお願いします」
これでリアさんは僕の雇用主だ。よし、全力を尽くしてお店を盛り上げるぞ!
「じゃあ早速だけど相談してもいい?」
「ほんとに早速ね。なにかしら」
「あの看板どうにかしない? 文字がかすれてほとんど読めなかったんだけど」
「あはは、あの看板ね。あれあたしが作ったんだけど上手くできなかったのよね。本職の人に頼むと結構かかるし」
「本職?」
「看板職人。ジョブで言うなら〈木工職人〉ね」
〈木工職人〉って事は木工で代用できるはずだ。
「だったら僕が作ってもいい?」
「あなたが? そっか、木工持ってるんだものね。それならお願いしようかしら。お店の備品だから材料費もあたしが出すわ」
「そう? それならすぐに買いに行こうよ。あのサイズの板材は流石に持ってないから」
「それはいいけど、あなた塗料の扱いできるの? 確かにスキルはいらないけど使ってみるとたれやすいし乾きにくいしで難しいわよ?」
「そうなんだ」
うーん、使ってみないとなんともいえないけど……そうだ、だったら文字を別に作ろう。
「うん、多分問題なく出来るよ。材料費は少し多くかかるけど」
「それなら何が必要か書いてくれる。注文するにも時間かかるだろうからこっちでやっとくわ」
「それは助かるけど、出来れば注文の仕方も教えて欲しいな」
「知っててもらったほうが後々便利ね。わかったわ、それなら明日の朝5時に馬のひづめ亭に迎えに行くから起きてて頂戴」
こっちの世界にも時間ってあったんだね。時間の感覚は同じなのかな? わざわざ違う時間を表示するなんてこともないとは思うんだけど。
「そんな早くに?」
「店を開ける前に注文に行くのよ。材木屋さんのお客さんはお店やってる人が多いから朝早くから営業してるの」
「そうなんだ」
早い時間って感覚で問題ないなら、おおよそ同じ時間であってるはず。これからもメニューの時計は重宝しそうだ。
そういえばこの世界にも時計ってあるのかな? 今のところ見てないけど。
「この世界の人って、どうやって時間を確認してるの?」
「メニューを開いて確認するのよ」
「この世界の人もメニューが使えるんだ」
「もちろんよ。でなきゃスキルやジョブの確認が出来なくなっちゃうわ」
僕達が出来ることはこの世界の人たちも大体出来るって考えとこ。
「他に話すことは?」
「今はもうないかな」
「それなら仕事をしましょ。今日使う分の材料はある?」
「木材がまだ残ってるからとりあえず食器でも作るよ」
「そう、それならいいわ。それじゃあとりあえずお昼までの2時間、お互いに頑張りましょう」
時間を確認すると10時少し前、もうこんな時間だったのか。
とりあえず木材でも出すか。
棚にはのこぎりもノミも金槌もやすりも彫刻刀まで置いてあった。今日使うのはのこぎりとノミ、金槌、やすり辺りかな。
道具を持って机に戻ると既にリアさんが作業を始めていた。二種類の液体を混ぜてはノートに何かを書いている。その顔はとても真剣でさっきまで楽しく話していた人とは思えない。
僕も見てないで始めよう。
以前すり鉢を作った時と同じ要領で切った木を削っていく。お皿の形になったら今回は手触りが滑らかになるまでやすりがけをする。一枚目が出来上がるのに1時間近くかかってしまった。この調子だとお店に並べられる数ができるまでに何日もかかってしまう。
と思っていたら二枚目を削っている途中からどう削ればいいかがわかってきた。もしかしてとステータスを確認してみる。
ジョブ:〈人形使い〉8 〈製作者〉13(1) 〈採取者〉6
能力値:筋力・・・8
体力・・・9
器用・・・15(1)
敏捷・・・4
魔力・・・5
精神・・・13
スキル:△操術12 鍛冶7 △木工10(3) 裁縫8 調薬7 人形作成1
伐採2 植物採取4
称 号:駆け出し
やっぱり、木工のスキルが10を超えてる。技を確認すると覚えているのは効率複製。うーん、一度作ったものなら効率的に作れるようになったのかな?
ステータスを閉じて作業再開、2枚目のお皿は作り始めから30分ほどで出来上がった。時間短縮が凄まじいね。
その後も作業を続けて、休憩時間である12時になる頃には4枚目のお皿がほぼ完成していた。
「12時ね。それじゃ、お昼にしようか。2階で食べるからついて来て。あ、センヤ君は先に手を洗ってね」
「わかった。どこで洗えばいい?」
「裏庭で……そういえば水魔術のスキル持ってないのよね。それじゃあ先に手を洗いに行きましょうか。こっちよ」
琳音ちゃんを2階に向かわせた後、リアさんが裏庭に続く扉から出て行くのに僕はついていった。裏庭に出て見るとそこには畳み二畳分くらいの大きさの畑があった。
その傍らでリアさんが待っていた。
「はい、それじゃあ手を出して」
「こう?」
近づくと手を出すように言われたので両手を揃えてリアさんのほうへ。
「水よ、彼の汚れを洗い落とせ。ウォッシュ」
リアさんの手から水が湧き出たと思ったら僕の手を包んだ。そして2秒ほど留まると下に流れていった。
木の粉まみれだった僕の手が綺麗になってる! しかも濡れてない!
「低レベルでも各魔術は覚えておいた方が便利よ。お金がたまったら買いに行ってきなさい」
「確かにこれは便利だね。早めに買ってくるよ」
そういえば魔法ってどこで売ってるんだろ。興味なかったから調べてないや。
「お兄ちゃーん、お腹すいたー」
おっと、琳音ちゃんを待たせてしまった。急いで2階へ行こう。
2階に上がるとそこは大きな部屋だった。調理場と6人掛け位のテーブルがあるからここはダイニングキッチンって感じだね。
「ここが一応共有スペースよ。他に4部屋あるけどそこはそれぞれの寝室よ。住み込みになったら部屋をあげるわね」
「お風呂はないの?」
「お風呂? そんなお金のかかるもの普通の家には置いてないわよ」
「お金がかかるって、魔法でお湯出せばそんなことも無いんじゃない?」
「お湯を出す魔術って結構大変なのよ? 1人じゃ無理だし、お店に頼んでいたらお金なんていくらあっても足りないわ」
「そうなんだ」
これは魔法に頼らないお風呂を作らないとだね。今は出来るかわからないから、目標のひとつとして忘れないでおこう。
「それじゃ、お昼持ってくるから座って待ってて」
適当な席に座ると、待っていたのか琳音ちゃんがわざわざ隣の席に座った。作業に集中してたから、寂しい思いをさせちゃったかな。
「琳音ちゃん、どんな本読んでたの?」
「勇者と魔王が戦いの末に仲良くなるっていう話だよ。今は2人で人と魔族が共存できる国を作ろうと四苦八苦してるとこなの」
なかなか気になる内容だ。時間があったら僕も読ませてもらおうかな。
「面白い?」
「うん、面白いよ! 言われるまでお腹が空いたのも気付かなかったの!」
「それならよかった。これからこうゆう時間が増えるから、琳音ちゃんが退屈するかもって思ってたんだ」
「大丈夫だよ。お兄ちゃんが大変なのわかってるから」
相変わらず良い子だ。まあ僕は、大変なんてこれっぽちも思ってないんだけどね。だってこれからいろいろ作れるんだよ。むしろ楽しみでしょうがないくらいだ。
「はーい、おまたせ」
リアさんが半球状の紙の包みをもって戻ってきた。なんだろう、すごく見覚えがある形だ。
「これは?」
「あなた達が来るって聞いて朝のうちに市場で買ってきたハンバーガーよ」
包みを開けてみると慣れ親しんだ形のハンバーガー。どうりで見覚えがあるわけだよ。
「料理は作らないの?」
「あはは、あたし料理できないの。普段からこうゆうのばっかり食べてるわ」
「あのキッチンは?」
「あれはお母さんが使ってたのよ。あたしが小さい頃に亡くなってからは一切使ってないわ。まあ、掃除は欠かしてないんだけどね」
「そういえば1人って言ってたもんね。お父さんのことも聞いてもいい?」
「お父さんも去年なくなっちゃったのよ」
「お父さんとお母さんに会えなくて寂しくないの?」
琳音ちゃんだ。琳音ちゃんも両親に会えないから気になるんだろうね。
「最初は寂しかったけど1人でお店を切り盛りしなくちゃいけなかったからね。大変で寂しさを感じるどころじゃなかったわ」
「今は? 今もそれどころじゃないの?」
「今はそんなに大変じゃないわね。でも、いつの間にか寂しいって気持ちはちっちゃくなってたみたい。だから今は全然平気なの」
「そうなんだ……」
琳音ちゃんが落ち込んでしまい、それを見てリアさんがちょっと戸惑っている。後で琳音ちゃんのこととかちゃんと説明しておかなくちゃ。
「さ、さあ、食べましょ。これ以上置いておくと堅くなっちゃうわ」
「うん。いただきまーす」
「……いただきます」
ご飯を食べながら琳音ちゃんに本の話を聞いた。ほんとに面白かったらしく、話しているうちに元気になったみたい。リアさんがシリーズになってるのよって話したら凄く嬉しそうだった。
「そうだ、食事の用意を当番制にするって話だったけど、明日のお昼はこっちで用意したほうがいい?」
「え? ああ、あなた達は住み込みになってからでいいわ。他の家事もね」
「いいの? 1人でやると大変なんじゃない?」
「基本的に開店前か閉店後にやってるからそこまでじゃないわ。あなた達は移動に時間がかかるんだからその間はあたしに任せておいて」
「今日から住み込みでもいいよ?」
「そしたらあたしがスクロさんに怒られるじゃない。今までだって1人でやってきたんだから心配しないでちょうだい」
そこまで言うなら任せちゃうか。住み込みになったら精一杯やろう。
「ご馳走様でした。それじゃあ、あたしは作業に戻るから。あなた達はゆっくり食べて頂戴ね」
リアさん食べるの早いな。僕も別に食べるの遅いって訳じゃないのに。琳音ちゃんなんてまだ半分も残ってるよ。
そんなことを考えているうちに僕も食べ終わってしまった。でも、まだ席は立たない。
「お兄ちゃん、食べ終わったなら先に行ってていいよ?」
「午前中頑張ったらちょっとだけ休憩。琳音ちゃんが食べ終わったらまた頑張るよ」
「……お兄ちゃん。ありがとう」
これは琳音ちゃんを待ってるって気付かれたな。まあ、喜んでくれてるみたいだからいいんだけど。
琳音ちゃんが食べ終わるのを待って2人で1階へ。後は休憩を挟みながら帰る時間まで作業だ。
木のお皿は作れば作るほど時間がかからなくなっていった。今は1枚5分ぐらいで作れる。
リアさんが作業を止めるまでに作ったお皿は午前の分も合わせて26枚。これだけ出来ればお店においてもいいかもしれない。
「結構作ったのね。これだけあるなら明日からお店に置いてもいいわよ」
「確かに置くだけなら問題ないけど、ちょっと寂しいと思うんだ。だから、何種類か木製の食器が出来るまでお店に置くのは待ってくれない?」
「そこら辺は作ったあなたに任せるわ。それで、いくらで売るつもりなの?」
「うーん、相場だとどれくらいになるかな?」
「そうね。大体30Bから50Bって所かしら」
「それなら40Bで売ろうかな。僕この世界の物価ってどのくらいかまだわかってないから」
「わかったわ。他の細かいことは実際に売るときに決めましょう。とりあえず今日はもう遅いからここまででいいわ」
遅いって言われたけどまだ17時、日も落ちていない。まあ、琳音ちゃんもいるし、早く帰るに越した事はないんだけどね。
「そうだ、これから一緒に働くんだから登録しておきましょうか」
「登録?」
僕の目の前にフレンド登録の確認ウィンドウが。こっちの人もフレンド登録出来るなんて知っておかないと困る情報なんじゃない? ……僕が広めなくても、その内誰かが広めるか。
とりあえず承認っと。
「よし、登録されたわね。それじゃあ、また明日。5時に迎えに行くから起きてて頂戴ね」
「わかってるよ。ほら琳音ちゃん帰るよ?」
「え? もうそんな時間なの? いいところなのに」
「明日また読めるから、ね」
「……うん。リアさん、さよなら」
「はい、さよなら」
「リアさん、ばいばーい」
琳音ちゃんと手をつないで宿に帰った。琳音ちゃんは読んだ本がとても面白かったのか、鼻歌を歌っていた。この様子なら明日からも上手くやっていけそうだね。
この日はご飯を食べた後、いつもより早くベッドに入った。
同シリーズ
【異世界のお節介な道化師】
【親愛なる魔王さま】
もよろしくお願いします。




