多田さんも甘えん坊
「できたー!!」
やっと、やっとシャツが縫えた。まともなシャツ1枚作るのに1日かかっちゃったよ。ある程度のスキルが必要だからしょうがないといえばしょうがないんだけどね。
「おめでとう、お兄ちゃん」
「ありがとう。まだシャツ1枚しか作れてないけど、すっごく嬉しいよ。そのうち琳音ちゃんの服も作ってあげるからね」
「うん」
あまりの嬉しさに琳音ちゃんを抱きあげたけど、僕の力じゃ支えられず背中からベッドに倒れこんでしまった。
「お兄ちゃん、何か鳴ってるよ?」
「え? あ、多田さんからのコールだ」
横に琳音ちゃんを下ろしてから座りなおしコールに出る。
『先生、愛実でーす』
「あはは、多田さんなのはわかってるよ」
『え、何でわかったんですか? もしかして愛のちか-―」
「ウィンドウに名前が出てるからね。それで、どうしたの?」
『ぶー。注文の品が出来たのでその連絡です』
下着が出来たのか。丁度手も空いたところだしすぐに取りに行こう。
「今からとりに言っても大丈夫?」
『いえ! 先生のところまで届けに行きます!』
「そんな悪い――」
『気にしないでください! すぐに行きますから』
切れちゃった。まったく、多田さんは人の話を聞かないんだから。しょうがない、出迎えの準備をするか。
「琳音ちゃん、今から多田さんが服届けに来るって」
「多田さん?」
「一昨日会った女の人だよ。忘れちゃった」
「ああ、あのお姉さん」
「そう、今から来るって。多分部屋まで来るだろうから、準備しておいて」
「うん、わかった」
それから30分程たったけど多田さんはまだ来ていない。あの様子だとダッシュで来そうだからそろそろだと思うんだけど……。
と、噂をすれば多田さんからのコールだ。
「もしもし」
『先生、馬のひづめ亭に着きました。どの部屋ですか?』
「カウンターまで迎えに行くから待ってて」
『はい!』
コールを切って扉へ向かいドアノブを掴むと、琳音ちゃんが後ろから声をかけてきた。
「どこ行くの?」
「うん? カウンターまで多田さん迎えに行くんだよ」
「もう着いたんだ。わかった、いってらっしゃい」
「いってきます。すぐ戻るから」
「……だったんですよ。可愛い……。……たいなぁ」
「ああ、そうだね……」
部屋を出るとカウンターのほうから話し声が聞こえた。どうやら多田さんとお婆さんがお喋りしているようだ。
「多田さん、お待たせ」
「あ、先生。……! 今来たところなんで全然待ってないですよ」
「やっと出てきたのかい。遅いよ、まったく」
「何話してたの?」
「秘密ですよ~」
「あんたの惚気話だよ。延々聞かされるなんてたまったもんじゃない」
「何で話しちゃうんですかー」
「うるさい。ほら、坊主が来たんだからとっとと行きな」
「はぁい」
なんかお婆さんに迷惑を掛けてしまったみたいだ。次があったら直接部屋に来てもらったほうがいいかも。
「なんかごめんね、お婆さん。多田さん、ほら行くよ」
「またね、お婆ちゃん」
「騒がしい奴等だね。とっとと行きな」
そういってそっぽを向いてしまったけど本当に怒ってるわけじゃない。なんだかんだ言って結構優しいお婆さんだよね。
そんなお婆さんに背を向けて、多田さんと部屋の方へ。
「あ、待ちな坊主」
「え?」
「あんたの言ってた仕事先見つかったよ」
「もう!? 随分早かったね」
「といっても本決まりって訳じゃない。まずは何日か通いで来て欲しいそうだよ」
「通いで? ふーん、まずはお試しって事かな」
「そういうことだよ。ほら、これが店の地図」
「わかった。明日からでいいの? 時間は?」
「これる時に来てくれればいいってさ。あの子のことも話してあるから連れて行っても大丈夫だよ」
「ほんとに!? ありがとう、お婆さん」
「別に礼なんていいよ。ただ、勤めるんだったらそのお店のこの事、いろいろ頼むよ」
「いろいろ? よくわかんないけどわかったよ」
お婆さんから地図の書かれたメモを受け取り、いろいろ聞きたそうにしている多田さんの手を引いて今度こそ部屋へ。
「あっ! ……働くんですか、先生?」
「まあ、たとえこんな事態でも、お金稼がないと生活できないからさ」
「生産職らしく何か売ればいいんじゃ――」
「そうしたいんだけどね。施設は埋まっちゃってるし、街中じゃ露店も好きに開けないみたいだし」
「ああ、そういえば露店は専用の広場があるみたいですね。そこには行かないんですか?」
「今は売るものがないんだよ。その内下見には行くつもりだけど」
「じゃあそのときは連れてってください」
「いいけど……どこにも寄らないよ?」
「えー。いいじゃないですかー、デートしましょうよー」
「元の世界に戻って多田さんが学校卒業したらね。ほら着いたよ」
多田さんがアプローチしてきたけど、丁度いいタイミングで部屋に着いた。なので、多田さんには悪いけどこの話はこのままスルーです。
「ただいま琳音ちゃん」
「おかえり、お兄ちゃん」
「おじゃましまーす」
「いらっしゃいませ。多田さん」
ん? 琳音ちゃんも多田さんのこと多田さんって呼んでるんだ。もうちょっと気軽に呼んでもいいと思うんだけど僕の影響かな?
どうやら多田さんも同じように思ったらしい。
「ええ。他人行儀過ぎるよー。もうちょっと気軽に呼んで」
「え? でもそんなに仲良くないですし……」
「う……。 よし! それじゃあお互いにあだ名をつけましょう」
「え、あだ名ですか?」
「うん。私琳音ちゃんと仲良くなりたいの。琳音ちゃんはイヤ?」
「そんなことは、ないです」
さすが多田さん、ぐいぐい行くなぁ。でも琳音ちゃんに友達ができるのはいいことだ。このまま静かに見守ろう。
「それじゃあ、まず私がつけるね。ええと、いつしま りんねちゃんだったよね、名前?」
「うん」
「じゃーねー……マリンちゃんなんてどう?」
「それはちょっと……」
「うーん、リンリン」
「それも……」
「えーと……」
多田さんはいろいろなあだ名を提案した、いつも眠そうな目をしてるからトロンとかアクビとか、苗字からイッチーとかツシマとか、あわせ技でネンネとか、でも琳音ちゃんはその尽くを却下した。
「うーん、あとはー、えーと」
もう思いつかないのか多田さんは頭を抱えて唸っている。
「もっとシンプルに考えたら?」
見かねてちょっとアドバイス。多田さんが思いつくあだ名ってちょっと個性的過ぎるんじゃないかなぁ。イッチーとリンリン意外一般的なのがないと思う。
「それなら先生がつけてみてくださいよ」
「僕が? うーん、普通にリンちゃん、とか?」
「えー、普通過ぎますよー」
「私、それがいい!」
そうだよねー。本人には言わないけど多田さんのセンスって独特すぎるもんねー。
「えー!? マジですか? そんなー、あんなにいろいろ考えたのに」
「まあまあ、決まったんだからいいじゃん」
落ち込む多田さんを慰めながら、僕のあだ名は絶対につけさせないようにしようとそう決意した。
「次は琳音ちゃんの番だね」
「お兄ちゃんはリンちゃんって呼んでくれないの?」
「僕はあだ名なんてなくても琳音ちゃんと仲良しだからね」
「そっか!」
「それで、琳音ちゃんは多田さんをなんて呼ぶの?」
「えーと……多田……多田……」
「多田 愛実です!」
なんと、琳音ちゃんは多田さんの名前を覚えていなかったらしい。そういえばさっきも苗字じゃ誰かわからなかったんだった。
「じゃあ……マナミン」
「え?」
「マナミンって呼ぶ」
「それはちょっと子供っぽいっていうか恥ずかしいんだけど」
「マナミン」
「あの――」
「マーナミンッ」
「……はい」
多田さんのあだ名はマナミンで決まったらしい。というか琳音ちゃんが強引に決めてしまった。こっちのほうが素なのかもしれない。
「それじゃあ本題に入ろうか」
「そうでした。下着を届けに来たんでした」
多田さんが背負い袋から2つの包みを取り出した。
「こっちが先生ので、こっちがリンちゃんのです。一応確認してみてください」
多田さんから受け取った包みを開ける。中から出てきたのはデシクオ麻製のトランクス3枚とキリエ綿という素材で作られたブリーフが1枚。
「このブリーフは? キリエ綿なんて持ってなかったと思うんだけど」
「私からのサービスです。トランクスもいいんですけど先生にはブリーフの方が似合うと思ったので」
「喜びづらいサービスをありがとう」
「どういたしまして」
この世界に来てから多田さんが暴走している気がする。日本にいたころはここまで酷くはなかったんだけどなぁ。
「お兄ちゃん」
「なに? 琳音ちゃん?」
「どお?」
声をかけられたので琳音ちゃんの方を向くとズボンを脱いでパンツしか履いてない琳音ちゃんが胸を張って立っていた。もちろん上はきちんと着ている。
「どおって琳音ちゃん、男の人の前で脱いじゃ駄目って教えたでしょ」
「いつも一緒にお風呂入ってるのに?」
あちゃあ、多田さんの前で言っちゃったか。今の多田さんには聞かれたくなかったなぁ。
「え? 一緒にお風呂入ってるんですか? やっぱり先生ってロリコンだったんですね!?」
「違うよ! 琳音ちゃんが1人で入れないって言うから仕方なくだよ! 練習して1人で入れるようになるって約束もしてあるんだから」
「だったら私も1人で入れないんで一緒に入ってください!」
案の定、めんどくさい事を言い出したよ。はぁ、こんな不健全なアプローチするような子じゃなかったはずなんだけどなぁ。いや、こうなったのはこんな事態になってからか。
……しょうがない、ちょっとだけ先生やるかぁ。
「琳音ちゃん、ズボン履いたら少しだけお婆さんとお話してきてくれない?」
「いいけど、どうして?」
琳音ちゃんだけに聞こえるように理由を耳打ちした。
「わかった。それじゃあ行ってくるね」
「ありがとう、琳音ちゃん。終わったら迎えに行くから」
琳音ちゃんが部屋を出て行く。さて、あまり時間を掛けるのも琳音ちゃんに悪い。全力でストレートに行こう。
「何話してたんですか?」
「ちょっとね。それより多田さん、最近アプローチの仕方、おかしくない?」
「えぇ!? そんなことないと思いますけど……」
「そんなことあるよ。前だったら一緒にお風呂、なんて言い出さなかったし。どうかしたの? 悩みとか不安があるんだったら聞くよ」
多田さんの顔を下から覗き込む。対女性用テクニック、健気な上目遣いだ。これを使って悩みを聞き出せなかった女性は未だかつていないのだ。
「な、なに変なこと言ってるんですかー。私は大丈夫ですよー」
「そんなことないでしょ。それとも僕には話したくない?」
「いや、そんなことは……私は……」
目が潤み始めた。こういう事態になって平気でいられる年齢じゃないもんね。
「遠慮しなくていいよ。だって君はまだ高校生で」
そう、高校生だってまだ子供だ。僕は立ち上がって多田さんの頭を優しく抱きしめた。
「僕は先生なんだから」
「うぅ……ぐすっ。……だけやさし……んてずる……」
多田さんは不満を口にしながら泣いた。その不満をまとめてしまうと家族や友達と会いたい、また会えるのか不安、ギルドにいる自分より小さい子も泣いていないのに泣く事なんて出来ないと言った感じだ。
まあゲームの世界に閉じ込められたとか異世界に転移させられたとかだとよくある話だ。けど自分がそうなると当然平静を保ってなんていられないからね。多田さんが泣いてしまうのもおかしいことじゃあない。
泣き止んだ多田さんをそう言って慰めた。
「先生に泣き顔見られるなんてー。こんな恥ずかしい思いさせたんですから責任とってくださいよ!」
「はいはい、まずは卒業してからね」
「帰れるかもわからないのにまたそれですか?」
「それじゃあもし帰れなかったらそのときは、責任を取ってあげるよ」
「ホントですか!? でも、帰れなかったらかー。嬉しいような嬉しくないような」
悩みだした彼女に僕は苦笑いを浮かべた。
「それじゃ、もしもの時はお願いします。……それにしても先生、女性の扱い上手すぎないですか?」
「多田さんが単純だからじゃない?」
「確かに私は単純ですけど! あの上目遣いとかわかってやってましたよね?」
そういうのわかっちゃうんだ。これだから女性は侮れない。手玉に取られないように今一度気をつけなきゃ。
「先生? 黙ってないで質問に答えてください」
「えー、そんな事いわれても。大学時代にちょっとやんちゃだったってだけだよ?」
「やんちゃって、具体的にどんなことしてたんですか!?」
「それは内緒。琳音ちゃんも待ってるし今日はここまで。ほらもう遅いし、ギルドに帰った帰った」
「うぅ、わかりました。今日はもう帰ります。……また甘えに来てもいいですか?」
「どうしても我慢できなくなったらね。頻繁に泣きにこられると他のお客さんに変な目で見られちゃうから」
「……早く住む場所見つけてください」
「わかったわかった。それじゃまたね」
宿の出口まで見送り、カウンターでお婆さんと話していた琳音ちゃんの元へ。
「お待たせ琳音ちゃん。ごめんね部屋から追い出しちゃって」
「ううん。お婆ちゃんと話してたから大丈夫」
「そっか」
「お兄ちゃん、マナミン泣いてたみたいだけどどうしたの?」
「……よく泣いてたってわかったね?」
「目の下が赤くなってたから」
この子も結構鋭いよね。もうちょっと鈍くてもいいと思うのに……。琳音ちゃんがどう成長するか、今の時点で既に怖い。
「マナミン大丈夫?」
「大丈夫だよ。琳音ちゃんと同じで多田さんも不安とかあっただけだから」
「そっか、それなら大丈夫だね。お兄ちゃんに聞いてもらうとすっきりするもん」
そう思ってくれてたのか。教師冥利に尽きるね。
「部屋に戻ろっか。お婆さん、ありがとね」
「さっきの娘みたいに一方的じゃなきゃかまわないよ。そんなことより明日からの事、忘れんじゃないよ」
そう言われて僕はお婆さんからもらったメモを開いた。場所は住宅区の北西か、ここからもそんなに遠くないね。
「お兄ちゃん、明日からの事ってなに?」
「明日からお仕事するんだよ。琳音ちゃんも連れてくから今日も早く寝ようね」
明日からやっと本格的な生産が出来そうだ。
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