フレイズと昼食
ご飯が終わったら次はお風呂。僕は自分の体を先に洗って、今は琳音ちゃんの背中を流していた。
「そういえば、琳音ちゃんのジョブってなに?」
「ジョブ?」
「そう。〈人形使い〉は知ってるけど、後二つはなにを選んだの?」
「えっと、〈料理人〉と〈光術士〉だよ。人形はぬいぐるみが好きだからで、料理はお母さんとお菓子作るのが楽しかったから。〈光術士〉はお父さんとお母さんに勧められて選んだの」
ファンタジーの醍醐味、魔法職を薦めるとはさすがオタク夫婦、わかってるね。
それにしても琳音ちゃんのお母さんはお菓子とか作れるのか、サブカルチャーしかないわけじゃなかったんだね。
「どうしてジョブなんて聞いたの?」
「お互いに何が出来るか知っておきたかったからね。僕に出来ないことも琳音ちゃんなら出来るかもしれないし」
そう考えたら、いずれついてくるかもしれない多田さんのジョブも聞いておいたら良かったな。事前に知っておけば何かの役に立つかもしれないし。
でも多田さん、ほんとについてくるのかな? ついてくるんだろうなぁ。
もし琳音ちゃんとお風呂入ってる事を多田さんが知ったら――うわぁ、考えたくもないや。
「琳音ちゃん。早めに1人では入れるようになろうね」
「え、なんで!?」
「もし多田さんとか他の人が仲間になって、僕と琳音ちゃんが一緒に入ってるの見たら笑われちゃうよ」
笑われるならいいけど、実際は僕がロリコンだと思われちゃう。流石にそれは嫌だ。
「でも私、1人で入れる自信ないよ」
「そっかぁ、それなら女の人を仲間にして、その人に一緒に入ってもらおっか」
「……どうしても?」
琳音ちゃんが振り返り、上目遣いでこちらを見てくる。この年齢でもこういう仕草をするなんて、やっぱり女の子なんだなぁ。
「どうしてもだよ。昨日も言ったけど普通は結婚してない男女が、裸を見せるのは良くない事なんだから」
「じゃあお兄ちゃんと結婚すればいいの?」
「ははは、琳音ちゃんの歳じゃまだ出来ないよ」
最後に頭からお湯をかけて、僕は部屋を一度出た。
時間つぶしにお婆さんと話してると、呼び出し音が鳴る。一言断ってから外に出て相手を確認する、コールしてきたのはフレイズだ。
「はいはーい」
『よお、無事か?』
「無事だよ。安否の確認?」
『まあそれもあるが。おまえ、俺にくれた薬ってまだ残ってるか?』
「まだあるよ。18粒。」
『おう。それさ、売ってくれないか? 回復手段が足んなくてさ』
「いいけど、一粒いくらで買う?」
『たしか、3粒で500Bだったんだろ。色をつけて1粒180Bまでなら出せるぞ』
おお、悪くない条件だ。まあ、値引くけどね。確かにお金は入用だけど、信頼を得たほうが後々役立つだろうし。そもそも銀貨一枚分の余裕もあるしね。
「それなら、1粒120Bでいいよ。友情価格」
『マジか!? すげぇ助かる。それなら明日会えるか?』
「いいよ。どこで会う?」
『中央にある広場、噴水の前に正午でどうだ。一緒に飯でも食おうぜ、おごってやるよ』
「ご飯かぁ、もう1人誘ってもいい? 来るかはわからないけど」
『1人くらいならかまわねぇよ』
「ありがとう。それなら明日、噴水の前で。この前みたいに忘れないでよ?」
『おう、じゃあな」
さて、琳音ちゃんも来るか聞いてみよう。1人での食事は味気ないからね。
「相手の人って女の人?」
琳音ちゃんを誘い了承をもらったら、ついでにこんなことを聞かれた。
「男の人だけど、嫌だった?」
「うーん、それならいい」
琳音ちゃん自身よくわかってないみたいだ、放っておこう。そもそも、これくらいの子は恋に恋するものだ、変に刺激しなければその内なんとも思わなくなるはず。
翌日。午前中に裁縫道具を買って、正午少し前に噴水の前に来た。銀貨以外の所持金もとうとう底をついてしまった。これはフレイズに売るウォール丸をもうちょっと高くしたほうがよかったかも。
がっしりとした170cmくらいの背に大剣を背負った男が、南の通りから歩いてきた。フレイズだ。
「よう、待ったか?」
「ううん、そんなに待ってないよ」
「……こんにちは」
「ん? この女の子は?」
「昨日言った、もう1人だよ」
「五島 琳音、11歳です。お兄ちゃんのお世話になってます」
「お兄ちゃん? お世話? どうゆうことだ? よかったら話してみろよ」
「いいけど、とりあえずどこか入らない? 僕、お腹すいちゃったよ」
「それもそうだな」
フレイズの勧めで中央広場にある酒場”オーサ”に入る。何でも、ギルドのマスターにオススメの店を聞いて教えてもらったんだとか。
「それで? どうしてこんな女の子と一緒なんだ?……もしかして、センヤってロリコンだったのか? 見た目はつり合ってるが、流石に犯罪だぞ?」
「濡れ衣だよ!!」
メニューを選んでた僕は、いつの間にかフレイズにロリコン呼ばわりされていた。琳音ちゃんといるだけであらぬ疑いをかけられるんだから、やはりお風呂のことは誰にも知られるわけには行かない。
これ以上変な目で見られたくないから、急いで事情を説明した。この世界に来たことから、昨日【シロウサギ】のマスターに相談した事まで全てだ。
すべてを説明し終わると、フレイズが僕の耳に口を寄せてきた。琳音ちゃんに聞かれたくない話のようだ。
「なるほどな。だったらうちのマスターにも相談してみるか? 【大地の腕】にもそうゆうメンバーがいたみたいだからな」
あれ? 出合った時はあんなに空気が読めなかったのに、なんで今は空気が読めてるんだ? あれのおかげでフレイズとフレンドになれたからいいけど、いまいち納得がいかない。
「いやいいよ。他のギルドのマスターにも話を聞いたけど、結局何もわかんなかったし。もう無駄に琳音ちゃんに失望させたくないから」
「そうか。それなら、俺がマスターに聞いてみるよ。何か知ってるようだったら連絡する」
「ご飯までおごってもらってるのに悪いね。助かるよ」
くそう。なに頼りがい出してるんだよ。もっと残念な人だと思ったのに。なんて気持ちはおくびにも出さないけど。
「気にすんなよ。おごりはお礼みたいなもんだし」
「お礼? なにかしたっけ、僕?」
ウェイターさんに注文を伝えながら片手間に聞いたフレイズの話だと、僕が売ったウォール丸をギルドメンバーに1粒300Bで転売するらしい。なんだかひどい話だよね。まあ、こうしてきちんと話してくれたし、向こうもわかってて頼んでるようだからいいけどさ。
「それ知ってたら友情価格なんて言わなかったのに」
「はっはっは。悪い悪い、1粒150出すから許せよ」
「いいの? それならこっちは助かるけど」
「もともと、180出すつもりだったしな。お互いの間を取って150でいいだろ」
ぬ~、こういうことを自然にやっちゃうあたり憎めない男だよねぇ。
薬とお金の交換も済んで、食事が始まった。僕はフレイズと今の状況について話しながら、料理を食べ進めた。そしてあらかた片付いたあたりでフレイズが琳音ちゃんの方を向いた。
「そういやぁ琳音ちゃんだっけ? 俺達ばっか喋っちゃってごめんな?」
「ううん、大丈夫……」
琳音ちゃんは、僕以外とはあまり喋ろうとしない。何を話していいか分からないのも、緊張してるってのも分かるから無理に話せとは言わないけど、放置していいことじゃないんだよね。だからフレイズの方から話しかけてくれるのは、いろいろと助かる。
「……そ、そうか。なあセンヤ、この子お前1人で面倒見れんのか? なんだったら、保護してくれてるギルド紹介するけど」
「いや、それは――」
琳音ちゃんが椅子から立ち上がり僕の腕をきつく抱きしめた。
「やだっ! 私、お兄ちゃんと一緒にいる」
「……こうゆう訳だから」
「だけど、お前1人じゃ大変なんじゃないか?」
「お父さんとお母さん、一緒に探してくれるって言ったもんっ!」
「琳音ちゃん落ち着いて。心配しなくても一緒にいるから」
「……なつかれてんだな、お前。それなら俺も無理には勧めねぇけど、助けが必要だったら遠慮せずに連絡しろよ」
「そうだね、何かあったら頼りにさせてもらうよ」
「おう! そんじゃあ俺はこれで。金は置いてくからゆっくり食ってくれ」
「うん、本当にありがとうね」
フレイズがお金をテーブルにおいて店を出て行った。実際は僕より年下なのに、まるで僕の兄みたいだね。
その後残っている料理を食べていると、琳音ちゃんが急にうつむいてしまった。
「お兄ちゃん。私と一緒にいるの大変?」
どうやらフレイズの話を聞いて、僕に迷惑をかけてないか不安になったようだ。
「そんなこと無いよ。 昨日も言ったけど僕に出来ないことでいつか琳音ちゃんに頼ると思うし、琳音ちゃんがいてくれるおかげで変に落ち込まずに行動できるしね」
半分本心で、半分は嘘だ。たぶん、琳音ちゃんがいなくても僕は落ち込んだりはしなかっただろう。僕には大切な人も、物も、心配するような肉親だってない。どうしても現実に帰りたいわけじゃないんだ。
だからって、不安に思うぐらいはしたかもしれないから、琳音ちゃんのおかげというのもやっぱり半分は本心だ。
「そっか。お兄ちゃん、ありがとう」
それでも、琳音ちゃんだけはあっちに帰してあげたい。きっと、琳音ちゃんの両親も寂しがっているはずだから。
同シリーズ
【異世界のお節介な道化師】
【親愛なる魔王さま】
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