少女の名前
おお!! 木造の部屋にベッドが1つ。その横に小さな丸テーブル。奥の壁にガラスの小窓。これぞ正にファンタジーの宿屋!! って、ガラスあるんだ。思ったよりは技術的な水準は高そうだ。
女の子の手を引いてベッドに座らせて、僕は対面の壁に背をつけて座る。
「さて、まずは自己紹介をしようか。僕の名前は織麻 千夜。高校の先生をやってます。君のお名前は?」
「五島 琳音。11歳、です。……先生、なんですか?」
「やっぱり見えないよね。これでも25歳なんだけど」
僕って見た目だけだと小学生でも通じるからなぁ。
「ご、ごめんなさい」
女の子――琳音ちゃんがうつむいてしまった。きちんと顔を見て話したいんだけど、これじゃあ長い前髪が邪魔になって見えないな。
と、琳音ちゃんが顔をばっと上げた。
「あのっ!! 本当にお母さんとお父さん、捜してくれるんですか?」
「もちろん」
確か両親は仕事だったんだっけ。それだとイベント時はログインしてないよね。う~ん、手がかりが何もないなぁ。
「迷惑なんじゃ……」
「そんなことないよ。僕はこれでも教師だからね。子供を独りで放っておくなんて出来ないよ」
僕が考え込んだから不安にさせちゃったかな。子供の相手ってあんまりしたことないから勝手がわからない。いろいろ気をつけないと。
「私お金とか持ってないし、何の役にも立たないし――」
「お金なら持ってるから心配要らないよ。それに僕は琳音ちゃんが何の役にも立たないとは思わない」
僕は壁際から琳音ちゃんの正面に移動した。そして、安心できるような笑顔を心掛けうつむいた顔を見つめる。琳音ちゃんが顔を上げた時に目を逸らしてたら、また不安にさせてしまうかもしれないからね。
そうして次の言葉を待っていると琳音ちゃんが顔を上げた。
「でもっ、見つからないかも知れないっ!そしたら――」
「大丈夫。それでも一緒に居るから」
琳音ちゃんの目から涙がこぼれそうだったからつい抱きしめちゃった。
……当たり前だけどちっちゃい。今まで自分より小さい相手を抱きしめたことってなかったから、この感覚は新鮮だ。僕が守らないとっていけないって、そう感じさせる。
「……うぅ。……ひっく」
「大丈夫。大丈夫だよ」
「わぁぁぁぁん!!」
泣き出した琳音ちゃんの背中を優しくたたきながら、トーンを落として声をかける。
――ご飯の時間までまだあるし、今度は周りに人もいない。気の済むまで泣かせてあげよう。
「落ち着いた?」
「……うん」
琳音ちゃんが顔を上げて笑いかけてくれる。小一時間ほど泣いてたので目元が赤く腫れちゃってるよ。
「それじゃあ、ご飯食べに行こっか」
「もうそんな時間?」
現在17時42分。窓から見える空が、茜色に染まり始めて来た。メニューの時計が使えたので、こっちの世界でも細かい時間がわかるのは助かったね。
「少し早いけど待ってたら混んじゃいそうだからね」
「うん、わかっ――――わかりました、先生」
「いいよ。敬語じゃなくて」
「……いいの?」
「うん。それに先生って呼び方もやめて欲しいな」
僕と琳音ちゃんは傍からは兄妹か友達に見えるはずだ。琳音ちゃんに先生なんて呼ばれて、わざわざ誤解されるのは勘弁なのだ。
「それじゃあ――お兄ちゃん?」
「お兄ちゃんかぁ。……うん、それでいこう」
これでもう兄妹にしか見えなくなったな。
先に部屋を出た琳音ちゃんを追って僕も部屋を後にした。
「どう、琳音ちゃん? 美味しい?」
「……んくっ。うん、美味しいよ。お兄ちゃん」
琳音ちゃんがホットケーキを飲み込んで答えてくれる。
早めの夕食、琳音ちゃんが蜂蜜パンケーキを頼み、僕は琳音ちゃんも食べられるようにと大兎のハンバーグを注文した。
琳音ちゃんをみると、蜂蜜が口の横を垂れて服に落ちそうになっていた。
「ほら、口閉じて」
背負い袋の中から、生地の切れ端を取り出して琳音ちゃんの口の横の蜂蜜を拭ってあげる。今度ハンカチを作っておこう。
「ありがと、お兄ちゃん」
妹がいたらこんな感じなのかなぁ。う~ん、僕の年齢だと娘のほうが近いかも。
「お兄ちゃんのも頂戴」
「いいよ。……はい、あーん」
僕は一口大に切り分けたハンバーグをフォークで刺して琳音ちゃんの口の前まで持っていってあげる。
「あ~ん。ん。こっちもおいしい!」
「あはは、よかったね」
僕もハンバーグを口に放り込む。ちょっとあっさり目な肉に絡む濃厚なソースが美味しいね。
さて、これからどうやって琳音ちゃんの両親を探そう。
まず思いつくのは張り紙だ。僕等の世界だったら交番なんかにある掲示板にそんな内容の張り紙があった。この世界ではそういうものを張る場所ってあるのかな? 町に張るのなら警備隊の許可とかも必要そうだよね。
張り紙といえば、酒場の依頼っていう手段もある。お金は掛かるがこっちのほうが手軽かもしれない。まあ、その分いろんなトラブルが起こりそうだけど。
う~ん、もっといい方法ないかなぁ。
「お兄ちゃん、食べないの?」
「え?」
いつの間にかご飯を食べていることを忘れて考え事に没頭していたみたいだ。琳音ちゃんは既にパンケーキを食べ終わっていた。
「ああ、ごめんごめん。すぐ食べちゃうからちょっと待っててね」
僕は残っていたハンバーグをひと口で頬張った。ハンバーグは少し冷めて硬くなっている。もったいないことしたなぁ。
「それじゃあ部屋に帰ろっか」
「うん」
食事の代金210Bはテーブルの上に置いておけばいいらしい。
食堂を後にして僕達は隣にある宿屋へ戻った。
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もよろしくお願いします。