邪竜王≠悪?
姫の言葉を待たず、立ち上がって邪竜王を問い詰める。
「邪竜王!お前何を吹き込んだんだ!」
「落ち着け勇者よ。貴様が話を聞かないでどうする」
また邪竜王に正論を言われてしまった。
たしかに姫の言葉に耳を傾けねばならないのは分かっている。
しかしあのようなことを言われて黙って引き下がるわけにもいくまい。
深呼吸をして心を落ち着かせ、再度突撃。
「シェイラ姫、何故お帰りにならないのですか?王も国民も皆心配しております。何か事情があるのならば、俺にお聞かせください。幻破、ザメル」
さりげなく幻術系の魔法を打ち消す魔法をかけつつ、再び姫に問うた。
俺は、二つの可能性を疑っていた。
一つ目、邪竜王が姫を洗脳か幻の魔法で操っているという可能性。
二つ目、フィルスタンの国民を人質に取るなど、姫が何らかの弱みを握られているという可能性。
まさか、喜んでここに残ろうだなんて思うわけがない。あり得ない。
目の前にいるのは金色に輝く髪を持つ平和の象徴たるシェイラ姫。
横に控えるは邪悪で巨大な、翼を持つ黒い竜の姿の、魔族の王邪竜王。
対極にいる二人が並び立つことなど、あってはならないのだ。
「勇者様、ここまでよく助けに来てくれましたね。しかし、私は助けなど求めたつもりはありません。何故なら、私はこの方と愛し合い、フィルスタンから脱け出したのですから」
「……はいぃ!?本気ですかシェイラ姫!?」
衝撃の告白に思わず頓狂な声を出してしまった俺の隣で、邪竜王の娘が鎖を引きちぎり(え、ちぎれるのかよ)立ち上がって俺をペシペシとチョップしてきた。
「そうだよ!姫とパパはラブラブなの!」
「こ、こらミラ、やめなさい人前で」
「もう、ミラちゃんったら」
「…………」
幸せオーラが二人から吹き出している。
どうしよう、疎外感が半端じゃない。
ちゃんとザメルは発動したはずなのだが、姫の言葉は変わることは無かった。
え、これじゃあ邪竜王を倒しに来た俺が悪者になってませんか?
「そんなわけで我もそろそろ隠居しようかと思ったのだ。ここにミラの婿も見つかったことだ。今宵はめでたい!」
何を言っているのだこの魔族の王は。ここにいる男など俺しかいな…
「はぁ!?なんでそうなるんだよ!」
「もう、パパったら」
「姫の真似をするな!」
くねくねと動き頬を染める邪竜王の娘、ミラ。
たしかに可愛いけども!
相手は魔族。何故俺が魔族の軍門に下らなければならないのだ!
「では勇者様、あなたはこれからフィルスタンに帰ったとして、国民の皆からどう思われるか分かりますか?」
「……それは、シェイラ姫を救うこともできずに帰ってきた者に居場所はないでしょう」
「じゃあいいじゃん?」
「邪竜王は黙っていろ!」
おっと、ここで急に口調が崩れたぞ邪竜王。どうした邪竜王。
「我にいい考えがある」
「嫌な予感しかしないが…言ってみろ」
「我の跡継ぎとして魔王になって魔界統治しちゃえよyou」
「腹立つな!誰が悪の側へと下るものか!」
意味が分からない。何故正義の象徴の勇者が魔王にならなければいけない!
「誤解されては困るぞ勇者よ。我はシェイラ姫と駆け落ちしただけで他には何もしていないだろう」
「地上の魔物!」
「あれは違う。我の配下ではない。恐らく混乱に乗じた輩であろう」
「じゃあさっきの『よくぞここまで来たな勇者よ!(以下略』は何なんだよ」
「いや、あれは勇者と名乗る者がこの城に迫っていると聞いていたのでな。シェイラを渡すわけにはいかないと思い、つい張り切ってしまったのだ」
あれ、混乱してきたぞ?
一旦整理しよう。
邪竜王は魔族の王。
邪竜王が解き放ったと思われた魔物は、邪竜王とは直接関わりのないもの。
邪竜王とシェイラ姫は愛し合ってる。
結論。
邪竜王、悪行してないんですが。
「魔族だからと言って悪と決めつけるのは良くないぞ勇者。というわけで、さあ魔王に」
「待て、では魔王とは何なのだ?」
「だから言っているであろう?魔界を統治する存在だ。時には人間界へとちょっかいを出す魔族をこらしめ、時には困っている魔族を助ける」
「意外に、魔界版勇者ってところだったんだな…」
人間界での任を終えた(失敗した)俺には、ちょうどいいのかもしれない。
姫の言う通り、このままフィルスタンへと帰っても、本当に居場所は無いだろう。最悪、俺の両親を巻き込み兼ねない。
「……本当に、人間界に仇なす存在ではないんだな?」
「勇者よ、それは貴様の行動次第だ」
勇者としての目的を失った以上、これはチャンスなのかもしれない。
親に迷惑をかけず、世界を平和に導いていける。
うまくいけば人間と魔族が平和に暮らす世にできるかもしれない。
そう考えると、なかなかいい仕事ではないか。
「勇者よ、もう一度問う。我の跡を継いで魔界統治をしてはくれまいか」
「……ああ、いいだろう。俺が魔族を統治してやる」
「感謝する…これを受け取れ」
頭を垂れた邪竜王の額から、竜の頭を象った紋章が浮き上がり、俺の額にそれが刻まれた。
ここから始まるのか。俺の、第二の勇者生活、いや、魔王生活が。
「じゃ、我とシェイラは新婚旅行行ってくる」
「いってらっしゃーい」
シェイラ姫を手に乗せ、翼を羽ばたかせふわりと浮き上がる邪竜王。
「え!?ちょっと待てよ!これからどうすればいいんだ!」
「貴様の隣にいる嫁に聞けばよかろう。さらばだ。ミラを頼んだぞ」
「おい!?そんなの聞いてないぞ!?」
邪竜王はそう言い残すと、シェイラ姫を伴って外へと飛んで行ってしまった。
死にかけのゴーレムのようなぎこちない動きで隣を振り返ると、顔を赤らめたミラの姿があった。
「これからよろしく…えっと…あなた…」
「………」
邪竜王は、とんでもない置き土産を置いていきました。
どうも、肉付き骨です。
次回、勇者が魔王の仕事を学ぶ。




