真夜中の戦争
とても濃密で、人生が大きく変化した日の夜、ジークは故郷の、昔の夢を見ていた。
自慢ではないが、ジークの姓である《フライエルト》家はそれなりに裕福な一族で、使用人を五人雇っていた。
過保護な執事、泣き虫なメイド、おっとりした庭師、堅物と快活な二人の門番。
両親も皆、主人と使用人といった堅苦しいやり取りはせず、家族のように楽しく暮らしていたのだ。
しかし、勇者に選ばれたことにより、ジークはその輪から外れてしまった。
三年経った今でも、別れ際の両親と彼らの表情は記憶に焼き付いている。
父と堅物門番は名誉なことだと言い涙を堪え、執事は自分もついて行くと何度もせがみ、母とメイドはただただ泣きじゃくるばかりで、庭師と快活門番はジークを不安にさせまいと周りをなだめ笑顔を保ち、ジークを送り出した。
少しずつ、夢が掠れ、意識が現実へと帰ってくる。
必ずシェリア姫をお連れする、と意気込んだジークであったが、それを達することはできず、今はあろうことか魔王の座に着いている。
シェリア姫を連れ帰ることはできなかった、と言って家に帰っても、彼らは諫めず迎えてくれるのだろう。
だが、フライエルト家の存続に関わる事態になることは間違いない。
たとえジークが何を言っても、事情を知らぬ者は言い訳だと一蹴し、フライエルト家を貶めるだろう。
それならば、名誉のために命を尽くした、と思われたまま消息を絶った方がフライエルト家のためになる。
そういった意味では、邪竜王の跡を任されたのは渡りに船だった。
人間界から身を隠すことができて、上手くいけば人間界と魔界の対立に終止符を打つことができる、魔王の座はジークにとって最良の位置である。
ミラとタマキとの婚姻についてはまだいまいち実感が持てていないというか、思考が追いついていない。
これからどうすべきかと半覚醒の状態であれこれ考えていると、ジークは何かの気配を感じ、目を開かずに耳を澄ました。
すぐに目を開かなかったのは、気配の主が姿を見られたことに気を動転させて、口止めのために襲いかかってくるようなことがないようにするためだ。
野宿慣れで目を閉じていても周りのものの動きは把握できるのでいつでも対応できるが、盗人ならばそのままにしておけばいいだろうとジークは考えていた。
今ジークが眠っているこの部屋は邪竜王が人間形態の際使っていた寝室なのだが、貴重品、金目の物はここには無い。
金品の類は厳重な守りの宝物庫の中に置かれているため、ここを探っても小さなメダルすら見つからないだろう。現にジークは発見できなかった。
そうして狸寝入りで様子を窺っていると、侵入者が忍び足でジークの方へ近寄ってきて、ベッドが軋む音を鳴らし、一人には大きすぎるベッドの上に登ってきたのを察した。
盗人ではなかったか、とジークは頭を切り替え、気取られぬように魔法を小声で詠唱していつでも発動できるように備えた。
ベッドの軋む音が近付き、侵入者の息遣いが聞こえるようになったその時、ジークは目を閉じたまま自らの顔の前に手を翳して掌から光の魔法を発動した。
目を使う生き物ならば、これで怯まないものはいないだろう。
ジークは暗闇に閃いた眩い光に驚き身を引いた侵入者の背後へと滑り込み、両腕を後ろに回させてベッドに捩じ伏せた。
「んにゃっ!?」
「っ!その声は…」
聞き覚えのある声にジークは首を傾げ、今度は掌に淡い光を灯して侵入者の顔を照らした。
暗闇に浮かび上がったのは、かつての宿敵邪竜王の娘であり、ジークと婚姻の儀を交わした妻でもある、ミラの横顔だった。
「えへへ…押し倒されちゃった…」
「夜這うなっ!」
「あうぁっ!?」
侵入者がミラだと気付いたジークは即座に拘束を解き起き上がらせ、額に軽くチョップした。
「だってぇ…」
「だってじゃない。まだ黒陽は昇っていないんだぞ。戻って寝るんだ」
黒陽、それは魔界を仄かに照らす黒い太陽。人間界の月以上、太陽未満の光量であり、魔界は常に曇りの日のように薄暗い。
ちなみに、夜に昇る紅月は光が赤黒く、人間界の月より暗い。
そのため、魔界は人間界に比べて全体的に暗い。
ではそこに住む者は皆暗い性格なのか、というと、ミラやタマキを見れば分かるようにそんなことはない。
ジークがミラを部屋に戻るように促すと、ミラはしばらく頬を膨らませて抗議した後、何かいたずらを思いついたような笑みを浮かべ、器用に尻尾をジークの腕に巻きつけた。
「あれぇ?昼間に何度も眠らせたのは誰だっけ?」
「うぐ…悪かったって……代わりに何でも聞くから許してくれ。あ、夜這いは無し」
「何でも……」
ジークは溜め息を吐き肩をすくめる。
昨日の出来事が濃密過ぎて疲労が溜まり、少しでも長く休養をとりたくて早く解放されたかった。
しかし、その適当なお詫びの提示が間違っていた。
『何でも』と言った瞬間にミラの目は輝き、尻尾が風切り音を鳴らしてベッドの上で振り回される。
手遅れになる前に訂正しようとしたが、ミラの方が一歩早く要求を告げた。
「じゃあ一緒に寝よ?」
「だからそういうのは……」
「あー、ジーくんが腕枕してくれたら眠れそうなんだけどなー。夜明けまでどうやって時間潰せばいいのかなー」
ミラはジークの顔をチラチラと見ながら、紙に書かれた文字を読むように感情のこもっていない口調でさらに少しオプションを追加した。
「はぁ……何もしないと誓えるか?」
「うん!」
許可を得られた喜びのあまりベッドへと降り下ろされそうになったミラの尻尾をジークは片手で受け止め、光の魔法を弱めた。
「仕方ない……ミラ、こっちに来い」
ベッドの上を軽く整えてから右腕を差し出して寝転がると、ミラは素早くジークの懐に滑り込んできた。
今までこのように女性に密着されることが無かったジークにとってかなり緊張するものではあったが、そんな過程をすっ飛ばして接吻、さらには結婚まで到達してしまったため、今更このようなことで緊張するなど馬鹿らしくなってきた。
腕にかかる重さと体温が家族の温もりを思い出させ、今度は落ち着いてきた。
本来夫婦はこうあるべきなのかもしれないが、やはりジークは慣れるのにしばらく時間がかかりそうだ。
「夫婦、ね…」
そこでふと、ジークはもう一人のことが頭に浮かんだ。
「ミラ、タマキはどうした?あいつはおとなしく寝てるのか?」
「ん?タマキちゃんはあたしの隣の部屋で寝てるはず……」
「呼んだかえ?主殿?」
もう一人の妻、魔族や一部の人間から邪神として崇拝されていた妖狐タマキは、物音を立てることなくジークの左腕に寄り添っていた。
「いつからいたんだ!?」
「妾、狭い所が好きでの。昨日主殿が寝てすぐ主殿の寝床の下に潜り込んだのじゃ」
タマキは寝間着の広い袖で口元を隠しておかしそうに笑い、ジークの腕と体の間に身を滑らせた。
「あ!そんなにくっついてずるい!」
「抜け駆けしておいて何を言うか。ふむ、それにしても…妾が慕う主殿に密着している上に狭くて…あぁ…至高じゃ……」
「むー!じゃああたしもくっつく!ぎゅぅー!」
「うぅ…頼むから俺を眠らせてくれ」
二人からなんだかいい香りがして、柔らかくて、もふもふで。
二人が疲れて眠るまで、ジークの中で睡魔と興奮がつばぜり合い、眠りへと逃げることさえ許されなかった。
ようやく静かになったものの、二人の柔らかさや温かさで眠ることができず、気がつくとすでに朝になっていた。
大変お久しぶりでございます、肉付き骨です。
受験やらなんやらで更新できずにいましたが、ようやく更新することができました。
まぁ、浪人になってしまいましたが、次頑張りましょう!って感じです。
あと、第10部のゲオルグ(ファエルゼ)の台詞にミスがあったので訂正しました。(2015/3/26)三ヶ月もそのまんまだったとは…
ポジティブでないとやってらんないZE




