欺瞞
ジークら魔王一行がゲオルグ城内部を掻き回し、妖狐タマキを連れ帰った後の城内は静寂に包み込まれていた。
計画の要であった邪神としてのタマキを失い、教徒らは一人残らず倒されていた。
ただその静寂の中、一体の魔物のみが息を荒げて必死の形相で走っていた。
ゲオルグの配下、単眼の小型魔物ムービングアイは、魔王一行が帰った後から連絡の無い主君の身を案じ玉座の間へと駆け込んだ。
『こっ、これは!?』
そこで目にした光景は凄惨なものであった。
壁や床は砕かれ抉られ埃が舞い、己が付き従うはずである異形の主君は地に倒れ伏していた。
『ご無事ですかっ!』
慌てて駆け寄りその小さな体でゲオルグの巨体を揺するムービングアイ。
しかし主君はあまりにもあっさりと目を開き、ギロリとムービングアイを睨み付けた。
「グゴゴゴ……我が眠りを妨げる者は誰だ……」
『良かった……』
ムービングアイは主君の鋭い眼光に臆することなく安堵のため息を漏らすとその場にへたりこんだ。
無事を確認して安心したムービングアイは改めて外傷が無いか調べたが、その身には傷一つ無かった。
『……また、死んだふりで切り抜けたのですか?』
「失敬だな貴様。今回は死んだふりではない。想像以上に強力な睡眠魔法にしてやられた。して、あの妖狐はどこにいる?」
『そ、それが……魔王に何を吹き込まれたか、教徒の前で邪神を辞めると宣言して魔王と共に消えまして……』
「チィッ…面倒なことをしおって……」
魔王一行と対面していた時とは全く異なる口調で床を拳で叩き悔しさを露にするゲオルグ。
面倒そうにゆっくりと立ち上がり、その翼で浮遊することなく歩み最奥の玉座に腰かけると、異形の姿は黒い影の塊へと変化して雲散霧消した。
弾けた影の中から現れたのは、身長2メートルほどの、先程の姿と比べるとあまりにも小さい人型の姿。
顔の上半分を仮面で覆っているため、口元にしか表情が見えず何を考えているのか分かりにくい。
背に生える悪魔の翼と青黒い肌が人間では無いことを強烈に表している。
「ふぅ…いやぁ、変化って疲れるなムービングアイよ」
『お疲れ様です、ファエルゼ様』
関節をゴキゴキと鳴らして伸びをするファエルゼと呼ばれる魔族の青年に深々と頭を下げるムービングアイ。
と、視線を足下に下ろしたムービングアイは、地面に置かれている二つの物に気がついた。
『これは…手紙でしょうか?それとゴルドが入った袋ですね』
「僕に手紙?あぁ、あの新任魔王が置いていったかな。代わりに読んでよ」
ファエルゼがそう命じると、ムービングアイは折り畳まれた紙片を開いて読み始めた。
『はっ、では……
今回はすまなかった。
城を壊した分の修繕費用五十万ゴルドを置いていくから確認してくれ。
…とだけ書いてあります』
「待て。それ、こっちに持ってこい」
読み終えて紙片を畳もうとするムービングアイを止めて、ファエルゼは手招きをして紙片を受け取った。
ムービングアイが心配そうに様子を見守る中、突然、ファエルゼは紙片をグシャッと握り潰した。
内容が気に障ったかとムービングアイがおどおどしていて、ファエルゼは開いた掌の上で炎魔法を起こしその丸まった紙片を焼いた。
『ファエルゼ様、どうか落ち着いて……』
「しっ……黙って聞いてな」
見ていろ、の間違いではないかと訝しんでいると、ファエルゼの掌の赤い炎が紫色へと変わり、どこからともなく声が響いてきた。
『この魔法を見破り起動できているのならば、俺の考えは杞憂ではなかったようだな』
『これは?』
「この紙に魔法陣が刻まれていてね。奴の念じたことが記録される、中々特殊な紙だ。もっとも、こいつの言う通り並みの魔力の持ち主じゃ気付けないだろうけどね」
遠くに声を伝える魔法《通話魔法》は存在する。
しかし、転移魔法と同じようにかなり鍛練が必要で、不十分な通話魔法では相手側の方で声が掠れてしまったり、声が届いた時には声を発してから三日かかっている、なんてこともよくある。
そのため、通話魔法を使う者はそれに特化した者でないといけないのだが、転移魔法よりも複雑で難解な魔法なのでより多くの鍛練が必要となる。
そうなると戦闘向きの魔法が使えなくなってしまう。
そのデメリットを少し埋められた物がこの紙なのだろう。
予め刻まれた魔法陣に魔力を込めて思ったことを念じて記録すると、もう一度魔力の刺激を与えてやることで魔法陣が起動して、記録された言葉が再生される仕組みになっている。
『そこで一つ忠告させてもらおう。ゲオルグ…いや、これも偽りか?お前が偽りを演じているのは丸分かりなんだよ。もう少し演技と、殺気を隠す努力をしたらどうだ?
っと、これ以上もちそうにないから簡潔に言う。人間界に手を出すな。余計な動きをしたらすぐに止めに行くからな』
再生が終わり、掌の紫色の炎が赤く戻り静かに鎮火した。
「ふっ…くっ…あはははは!面白いやつだ!」
『ファエルゼ様…?』
仮面を押さえ急に笑いだしたファエルゼに驚き、ムービングアイはたじろぎ困惑した。
ファエルゼはひとしきり可笑しそうに笑った後、仮面の位置を直してから腕を組み背もたれに身を預けた。
「止める、か……僕を殺すと言い切れない甘さか、はたまた自分なら傷つけずに止められると思う慢心か……それとも本当にそれだけの実力があるのか……何にせよ楽しめそうだ」
『で、では、計画の再開を?』
「馬鹿か君は?邪神の偶像となる妖狐を失いました。ハイ、次の代わりの偶像を立てましょう、なんてできないだろ?教徒はタマキに心酔していたんだから、そう簡単には乗り換えられないさ」
『は、はぁ……そういうものですか……』
ムービングアイは納得いかない、という様子だったが、ファエルゼはそのまま話を続けた。
「ま、この僕、《六大負》が一人、欺瞞のファエルゼに睡眠魔法を通した褒美だ。しばらくはこの忠告に怯えて手をこまねく魔族を演じてあげるよ」
THE☆年末
だからといって年末年始に関連したネタが出る、なんてことはありませんが。
今更気付いたのですが、この作品、略称付けにくっ!
友人に問い詰められて作品名を教えなければならなかったのですが、フルで答えるのに気が引けてしまい「めんどくせぇ!肉付き骨で検索してくれよぉ!(泣)」と、逃げ出してしまいました(汗
暇潰しの感覚で考えてみてください。
ちなみに肉付き骨の案は《姫まち》。
どっかで聞いたことある上に内容が伝わらなそうな……
作者の戯れ言は無視して、皆さんよいお年をm(__)m




