The First Chapter ――一話――
そんな私の唯一と言っていいほど少ない趣味のうち一つが野良猫へエサをあげること。
今日は最近良く来ている路地へ向かった。
路地へ入ると早速四匹の猫が寄ってきた。
私はさっき買ってきたキャットフードを取り出す。それを持参した皿に入れ地面に置く。
「お食べ」
にゃー
猫達は感謝を述べるかのようにひと鳴きしてから食べ始めた。
「あらら、最近あんまし食べないと思ったら、あんたもこいつらにやってたんだ」
私は反射的に飛び退いて構える。構えてから気づいたが、こいつは一般人らしい。
「…………………」
「そんなに構えないでよ。オレは別に怪しい者じゃない。こいつらに食わせてやろうと思ってキャットフードを持ってきただけだよ」
「………」
それでも私は構えるのをやめなかった。
「……どれだけ警戒心強いの、あんた。まあいいや、オレは悠希。あんたは? っと、答えてくれないか」
私は内心少し驚いていた。さらりと真名ではないかもしれないが、自分の名前を吐露してしまった。やめてほしい。私は名乗られると、なんとなく名乗り返してしまうのに。
「……私は、リア」
「へえ、リア。かわいい名前だね」
かわいい……。そんな言葉は初めて言われた。どう答えればいいのかわからない。第一、嬉しいのか?
私が返答に困っていると、悠希は猫達の前にしゃがみこんで、一部白い毛が混じっている黒猫の頭をなでた。
「よかったな~、エサ貰えて」
にゃー
悠希は立ち上がり私の方を向いた。
「コロッケ食わね? おごるよ」
何でこうなったんだろう……?
そんなことを私は歩きながらぼんやりと考える。
そもそもコロッケがなんなのかも知らない。食うと言っていたので食べ物だろうが。
「リアってさ、どっから来たの? というか、この辺りであんまり見たことないんだけど」
「私は……別に、何処に住んでるって、わけじゃない。ここも、近かったから、来ただけ」
「さっきも思ったけど、リアって片言だよね」
「ああ」
「名前から見た目から、外国人っぽいもんね~」
別にそれだけが理由なのではないのだが、説明するのが面倒だったので言わないでおいた。
悠希が腕を上げ正面を指さす。
「あそこの道曲がったところに商店街があるんだけど、そこにメチャクチャうまいコロッケ屋があるんだよ」
またコロッケの話か。ちょうどいい。ついでだから聞いてしまおう。
「さっきから言っている、コロッケって、なんだ?」
「あれ、知らなかった? コロッケは一言じゃ説明しづらいなあ。えっと、肉とじゃがいもを混ぜて衣つけて揚げたやつ?」
「……は?」
「えっと、まあ、食べてみれば分かるよ」
「ほら、あそこだよ」
悠希は“コロッケ”と書かれたのぼりを指さす。
「買ってくるね」
悠希は小走りでコロッケ屋に向かった。
「はい、どーぞ」
「………」
私は差し出されたコロッケとやらを受け取る。
「……っ、あつ………!」
「熱いから気をつけてって言っても、もう遅いか。大丈夫?」
こんなにあつかったなんて聞いていない。私は悠希を睨みつけた。
「ああ、ごめんって。そんなに睨まないで。リアの睨みは怖いんだから」
「……ふん………」
私はコロッケに向き直る。さあ、熱いこいつをどうやって食べてやろうか……。
「ふー、ふー……」
「? なんで、息を吹きかけて、いるんだ? ユウキ」
「ああ、こうするとすぐに冷ませるんだよ。リアもやってみたら?」
「そ、そうなのか……?」
私はコロッケにふー、ふー、と息を吹きかけた。どのくらいこうしていればいいのか、よく分からない。
そう考えていると、悠希がコロッケに噛み付いたので、私もそれに習って食べ始めることにした。
「…………あ…………」
「うまいだろ?」
私はその問いにコロッケを見つめたままコクッと頷いた。
「ここのコロッケ屋は、この辺りで一番長くやってる店なんだ。いわゆる昔懐かし、みたいな感じ?」
「……ふーん………」
そんな説明を聞くよりこのコロッケを早く食べてしまいたかった。
ふー、ふー、と息を吹きかけてから一口。また、吹きかけては一口………。
気付いたらもうコロッケは最後の一口にまで減っていた。
「よっぽどこのコロッケが美味しかったんだね。夢中になって食べてたし」
その言葉を聞きながら残りのコロッケを口の中に放り込む。もう、いちいち息を吹きかける必要があるほど、熱くはなかった。
悠希もすでに小さくなっていたコロッケを急ぎ目に口へ運ぶ。
「紙、ちょーだい?」
悠希が私が持っていたコロッケの包み紙を指さした。
促されるまま、私は悠希に渡す。
「リアさぁ、この後用事があったりする?」
用事……。別に新しい仕事は入っていない。
「特にない」
「じゃあ、ちょっと付き合ってくれない?」
最後の付き合うというのは告白じゃないですよ?
言いたいのはそれだけです。