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第十話 擾乱 (3)

 

 「僕は殿下の侍従でもなければ、もちろん侍女でもない。僕はこの国の人間でも皇女殿下の国の人間でもない。戸籍も身分も階級もない。それどころか……」

 人間である事ですら認められてない。

 「どうせ役に立たない同士なら、僕の方が適任です」

 別に皇女が心配なわけではない。この世界のいざこざに首を突っ込みたいとも思わない。

 ただ何か危険な場所にいくというのなら、誰かを心配して守りたい人間よりも、死にたくとも死ねない人間が行くほうが合理的ではないかと思ったのだ。

 そこにいるだけなら、足手まといになって切り捨てられるだけなら自分にも出来る。

 「でもナリタカ様……」

 「そういうことだ、アリシア。ナリタカはこう見えて実はなかなか人間離れした奴でな」

 おそらくアリシアを遠ざけたい一心で皇女はナリタカの主張を支持した。“人間離れ”という箇所にちょっと笑えた。

 ナリタカは、まだ心配そうなアリシアに向かって微笑を作り、皇女の脚本にあわせた。

 「というわけですから、安心してください。僕がアリシアさんの代わりに皇女殿下の側にいます。頼りないかも知れませんが、もしも時には盾になれるよう頑張りますから」

 「でもそんな、それではナリタカ様が……」

 「僕なら大丈夫です」

 ナリタカは笑った。

 「大丈夫なんです」



   ■   ■   ■




 「嘘つきのホラ吹きだな、お前は」

  物見台から外の様子を眺めながら、皇女は、ぽつりとそう言った。

 「何が大丈夫です、だ。剣も握れなかったくせに」

 「……」

 ホラはともかく嘘をつくのは得意なほうだ。

 「あなたこそ。そんなに大事なんですか?」

 「何が?」

 「アリシアさん。足手まといとか言って本当は彼女を心配して遠ざけたかっただけなんでしょう?」

 

 皇女はしばし沈黙した。

 「私がそんなにお人よしに見えるか?」

 「誰にだって弱点はあるんじゃないですか? 彼女はあなたにとってただの侍女じゃないんでしょう?」

 「……ずいぶんと態度がでかいな。さっきまでうずくまって泣き喚いていたのはどこの誰だ」

 皇女の言う通りだ。そういえば何故だろう? 

 開き直りか。単に死に損ねた自分だから、死に場所を求めているのか。それとも、このイリューシャという人間に少しばかりの興味を抱き始めているのだろうか? 分からなかった。

 「論点をそらさないでくださいよ」

 

 「……“足手まとい”というのは本音も本音だ。ただ何だ、いちおう乳姉妹だからな。出来れば、あいつが血を流すのは見たくない。ベルグくんだりまで連れてきた責任もあることだしな」


 少し意外だった。乳姉妹だろうと何だろうと、この皇女に情にほだされる部分があったとは。

 ナリタカは今まで漠然と、皇女のことを冷徹でワガママで傍若無人な人非人だとばかり思ってきた。だがどうやら、皇女の人非人ぶりは相手がナリタカの時に限られているらしい。


 「それに少しばかり自信がない……いざという時、アリシアをーー」

 皇女は沈黙をはさんだ。

 「あいつを迷わずに切り捨てられる自信が」

 まるで切り捨てることが大前提ででもあるかのような物言いだった。


 「切り捨てるって……」

 知らず口調が刺々しくなった。

 「切り捨てなきゃいけないんですか?」

 「状況がそれを要求すれば」

 「状況って何のーー」

 ナリタカはその先を追及しようとして口をつぐんだ。自分が何を熱くなっているのか、なぜアリシアの心配をしているのか、なぜ皇女の言葉に苛立つのか、分からなくなったからだった。

 関係ない。自分には関係のないことだ。そうではないのか?

 

 結局ナリタカは代わりにこう言った。

 「それは僕だったら、迷わずに切り捨てられるという事ですかね」

 「まぁそうだな」

 「いっそ清々しいほど、はっきりした返答ですね」

 「そうだな」



 生返事を返す皇女の視線を追って、ナリタカも視線を移した。邸を取り巻く、人、人、人の群れ。手に手に武器をもって胴間声を上げる彼等は、ナリタカに教科書の挿絵を思わせた。


 「まるで革命ですね」

 「カクメイ?」

 言われてみれば、『皇女殿下』が闊歩する世界に革命は存在しないのかもしれない。

 「ええと、民衆が……平民っていうんですか? そういう人たちが、あなた達みたいな王侯貴族の支配階級に反乱を起こして、代わりに国をおさめる権力を手に入れる、みたいな話です。確か」

 教科書に乗っているような立派な定義は出来なかったものの、大筋では間違っていないだろう。

 案の定、理解不能の沈黙がナリタカを待っていた。


 「……お前のすんでいた世界での話か」

 多少誤解があるようだが、ナリタカは構わずに「はい、そうです」と答えておいた。


 「別名、民主化っていうそうですよ。僕の世界では……大体そういう風に政権が民衆の手にあるのがスタンダードです」

 

 「民主? 民が主導して国をおさめる、か……共和制のバリエーションという事か?」

 

 いや、共和制の対義語は確か君主制であって民主制ではない。イギリスのように立憲君主制でも政治形態が民主制であれば民主主義国家なのだが……まぁいいや。


 「……まぁそんな感じだと。とにかくそういう訳で、ぶっちゃけ僕には民衆の怒りを買った貴女の方が悪者にしか見えません。マリーアントワネット様」


 −ーまぁ、食べるパンがないの? だったら剣の鍛錬でもして空きっ腹を紛らわせばいいではないの。

 

 「誰だそれは?……盾になってくれるんじゃなかったのか?」

 「盾? そんな事いいましたっけ。でもアリシアさんが貴女の盾にされるのは何か間違ってるでしょう」

 

 イリューシャは眼下の様子から視線を外さずに聞いた。

 「惚れたのか? アリシアに」

 「いえ、むしろ嫌いなタイプです。それよりこうして待ってるだけなんですか? えと、ベルグ宮廷からの救援を?」

 「他に何が出来る? 市民を名乗っている相手にこちらから事を構えろとでもいうのか? そもそもこれはベルグ政府が処理すべき問題だ。この国の人間ではない私が何かしても薮蛇でしかない。下手を打てば国際問題だ」


 「まずは彼等の言い分を聞いてみて、呼びかけてみるとか」


 「何をだ? 平和をか? 解散をか? それとも外国人の私がベルグ王家ならびに議会の全権大使に成りすまして何か取引でもしろと?」


 「……」


 「だがまぁそうだな。下手に刺激するのも上手くないと思っていたが、こうして睨めっこしていても、かえって緊張が高まるだけかもしれーー」


 その時、一際たかい、ときの声があがった。




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