第九話 無能 (4)
「好きな得物をとれ」
皇女は顎をしゃくって、壁にずらりと並ぶ武器を示して見せた。
剣、大剣、フレイル、槍、手斧、クロスボウ……かろうじて、名前を類推できるものだけでも枚挙にいとまがなく、しかもサイズや仕様の違うものを含めると、一体どれだけの武器がこの武器庫におさめられているのかという疑問が沸いてくる。戦争でも始めるつもりか?
「素手で戦う自信があるならいいが、そうでないなら武器を選べ」
「武器を選んで何をするんですか?」
「適正検査だ。自分で言い出しておいてもう忘れたか?」
「招獣としての能力が、武器を使う事と何か関係があるんですか?」
「さぁな。何事もやってみない事にはわからない」
この時まではただ漠然と、リトマス試験紙のように、『招獣』でないか否かを判定できるテストがあるのではないかと考えていた。しかし、どうやらその考えは甘すぎたらしい。
「現状ではあらゆる可能性をしらみ潰しに確かめて見る必要がある。お前は人間の姿をしているのだから、その能力の特性が人間の形状に則したものでないとは言い切れまい」
『人間の姿』、『人間の形状』……そんな言葉を口にするイリューシャ皇女の顔はいたって真面目であり、ナリタカは笑えなかった。
あらゆる可能性と彼女はいったが、なるほど。つまりは、自分が本当に招獣でないと『彼女』が納得しあきらめるまで、この茶番は続くと、そういうことか。やはり笑えない。
「いいましたよね。僕は武道なんてかじった事も―――」
「なら、剣にしておくといい。両手剣と片手剣、どちらがいい? ああ、でもお前じゃ、片手剣でも両手でないと扱えなさそうだな。しかし招獣だけに万が一の可能性も考慮して、片手半剣にしておくか?」
イリューシャは壁にかかった一振りの剣を取って、ナリタカに放ってよこした。ずしりとした手ごたえに、反射的に受け取ったナリタカは危うく取りこぼしそうになった。
皇女の叱責が飛んだ。
「とり扱いには注意しろ。その一振りは、お前を奴隷商人に十回売り飛ばしても買えない品だ」
その貴重な一振りを投げてよこした当人は、もう用は済んだとばかりに武器庫から出て行く。ナリタカが後ろからついてくるのを、疑いもしない様子だ。
門番にねぎらいの声をかけて武器庫を後にする主人の背中を見ながら、よほどそのまま一人で行かせてやろうかとも思ったが、結局ナリタカは後を追った。両手には、渡されたばかりの『片手半剣』とやらがある。
「ちょっと待ってくださいよ。まさか適正検査って、この剣を使って僕に戦えっていうことじゃ」
「剣を使って、ままごとでもするつもりだったのか? お前は」
要するに『馬鹿か、お前は』と言われたわけだが、ナリタカに腹を立てている余裕はなかった。歩調の早い主人においすがって、訴える。
「剣なんて使えません」
「それはさっき聞いた。その前にも聞いたな。お前と違って私は一度きけば分かるくらいの頭は持っている」
すでに釘を刺されたように、拒否権はないらしい。しかし尚もナリタカは食い下がった。今度は妥協案で。
「なにも真剣でなくとも……せめて木刀でも」
「真剣ではいけない理由を言ってみろ」
「……危険、だから?」
我ながら、なんとも間の抜けた答えだった。案の定、皇女はやれやれとばかりに首を振った。
「話にならんな」
だいたい、と彼女は振り返り、ナリタカの怯懦をあざ笑うかのように言った。
「死ぬのは怖くないのに、真剣は怖いのか?」
皇女のからかいの視線をナリタカは睨み返した。
「……それとこれとは話が別です。それに召還術だかなんだかも満足に成功させられない三流術士のおもちゃにされるのは正直、怖いですね」
「なるほど。命が惜しくないというのは本当らしいな。己の命を握っているものにたいして挑発とは大した度胸だ。それが口先だけでない事を願っているよ。お互いのために」
「僕もさっきからずっと願ってますよ。あなたに自分の失敗をいさぎよく認められる度量がそなわっていてくれたらと」
嫌味の応酬は、しかし中庭に出たところで終った。
皇女は中庭に開けた場所を適当にみつくろうと、腰に佩いていた己の長剣を抜き払って、ナリタカにも命じた。
「剣を抜け、ナリタカ」
「え?」
ちょっと待て。まさか自分の相手は……
「言わなかったか? 付き合ってやるのも一興だと。私みずからお前の相手をしてやると言っているんだ」
皇女は五歩ほど距離をとり、ナリタカに正対する。
身を低くし、剣を構え、とまどうナリタカに切っ先を向ける。
「安心しろ。私の剣の腕は二流だ」
怯懦−臆病なこと。