第五話 回想 (4)
目を開けた。
涙はいつの間にか止まり、嗚咽も収まっていた。干上がった喉が、卓の上の水差しを掴ませた。脇に用意されていた金属製のコップも使わずに、赤銅の水差しから直接、水をあおって、飲んだ。
それから這うように窓辺により、月を確認した。
月は、いつの間にか山の端に傾いて、山脈にその巨体を横たえていた。赤く大きく、錆びた鉄のような鈍い輝きが、周囲を照らし出す。
白熱灯のない世界は、ひっそりと寝静まり、建物群のそこここに、ちらちらと揺れる炎の他には、明かりらしき明かりはほとんどない。市街地と思われる場所の向こうには、闇そのものが広がっていた。その手前にある、炎を蓄えた細い円柱上の建造物を灯台と見るならば、恐らくは海なのだろう。さざめく水音が寄せては返し、闇の彼方から潮の匂いを運んでくる。
ふと、笑みが漏れた。
ここが、どこであろうと、なかろうと大した問題ではない。
自分は死んだのだ。成功したかどうかは、疑わしいが、自殺は自殺。自分の存在を消すという行為を実行した事には代わりはない。今ここにいるのは、幽霊のようなものだ。
いわば、相馬成隆の抜け殻。であれば、脱臼がどうの、監禁がひどいの、ここはどこだの、どうしてこうなっただのと、わめき散らすのは、ちゃんちゃらおかしい。
もう、いい。どうでもいい。
あの少女が何を言い、何を望み、自分がどうなるのか、そんな事は考えるだけ意味がない。
招獣であるというのなら、それでいい。あの少女が自分の主人というのなら、自分はペットで構わない。とりあえず相馬成隆でないのなら、誰でもいい。何でもいい。
明日、目覚めて元の世界に戻っているよりは、ここの方がましだ。
「……疲れた」
ナリタカは天蓋付きのベッドに、体を投げ出した。