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 その日、相馬成隆は、屋上に立った。

 よく晴れた夕空だった。日暮れも近く、空も紅色に色づき始めている。右手に学生鞄を、左手にコンビニ袋をさげて、四方の空間に臨む。

 腐食の目立つコンクリートの床、風に煽られる朽ちた金網、舞い上がる砂礫、鍵が壊れペンキがはげ掛けた屋上のドア・・・廃ビルに相応しい景観だが、眺めだけはすばらしい。

 林立する建物群がパノラマに連なり、眼下の街が一望の下に見渡せる。よく出来たミニチュアセットのようで、矮小な足下の世界から自分だけが隔絶しているような感覚。孤独だが、決して不快ではない。

 最初にこの廃ビルの屋上に立って、夕陽をみた時の事を思い出す。

 詩的な表現は得意ではないが、とにかくいつもビルの谷間で見るものとは別物で、広く、紅く、静かに燃えていた。計画を決行するならば、こんな場所がいいと思った。

 最初の数回は下見もかねて一人で、その後からはよく友人を誘って放課後をここで過ごした。食べたり、飲んだり、喋ったり、ありふれた学生生活の一ページだ。

 だから今、この時、ナリタカがここにいる事もなんら不自然ではない。塾に通うまでの僅かな時間をいつもの溜まり場でくすぶっているにすぎない。学生鞄は放課後、家に帰らずにここに直行したからで、コンビニ袋は無論のことコンビニに寄ったためである。中にはペットボトルの麦茶と野菜サンドが入っている。どちらもナリタカが贔屓にしている銘柄だ。

 部屋に帰れば中学男子に相応しく、開いたままの引き出し、電源のつけっぱなしのパソコン、脱ぎ捨てれれたパジャマ、散乱したCDや書籍。

 机の引き出しの奥には来週に迫った母の誕生日のプレゼントがおさまっている。既に包装済みであるからプレゼントであることは一目瞭然だ。思春期の男子にしては、珍しいともいえるが、毎年あげてきたものだ。今度に限ってあげないという事は出来ない。どんな些細な事でも今は用心するべきななのだ。

 ナリタカは学生鞄を放り出し、コンビニ袋を開いた。塾に向かう前の腹ごしらえといったところか。ラップをはがし、サンドイッチを口に運ぶ。胃が重苦しく、二口三口がやっとだった。無理をおして、咀嚼し、麦茶を流し込む。半分ほどペットボトルを空にするとナリタカは立ち上がった。

 右足と左足を交互に動かす。歩くという作業がここまで困難なものになり得るとは思わなかった。一歩、一歩、歩を進めるごと、こみ上げてくる吐き気と格闘する。友人の顔、家族の顔、浮かび上がっては消えていく顔の群れに決意は揺らぎ足は幾度も止まった。

 怖じるな、そう言い聞かせた。ここまできて、やめる事などできない。三ヶ月という時間を費やして、ここまできた。そして、今、これが最後の仕上げなのだ。

 永遠とも思える時間の果てに、ナリタカは朽ちた金網をすり抜けて屋上の端に立っていた。体中、冷えた汗に濡れて、寒い。風が強く、ともすれば体がぐらつきそうになる。

 地面を見下ろすと、遠い。そこに叩きつけられた時の情景を想像すると、さらに遠く思えた。即死は免れない高さだ。自分自身の事とはいえ、命を殺めるという行為にそれなりの感慨を禁じえない。

 誰にも知られず、誰にも悟られず、事故として死ぬ。そう考えると、涙が溢れた。

 目を何度もつむっては見開いた。ぼやける彼方の地面を見つめ、見据えた。

 足を宙に踏み出した。







プロローグだけでもお読みいただき、ありがとうございます。何分にも長い話なので、途中までしか読んでいなくても、なんらかの反応を感想などの形で残していただけたら、非常にありがたいです。

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