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黒歴史ノート

《味覚》はビッシッと先輩を指さし。

「今からオレは先輩にグルメ料理を紹介する、言葉だけだ。それに対し先輩が食べたいと言ったならどんなものでも、すぐに最上級のもので用意しよう。だが、 勝負はオレの勝ちだ。そして料理が気にくわなければスルーし続けてもらって結構。だが、その場合、先輩に馳走するものはなにもない」

 飴と鞭ならぬ、飴嵐作戦である。

 元来、この勝負。勝って得るものなど何も無い。しかし、ここにきて急に美味しいものがご馳走されるとなればまさに美味しい話。

「いいだろう。ではオレは逆にオマエが食べたくない料理を言おう。そして。オレがオマエがいう料理に最後まで反応しなければ、オレが言った数だけそれらを食べて貰うぞ。もちろんオマエが負けを認めたなら食べなくていい」

 これは逆に鞭作戦である。だが、相手はおそらくゲテモノ料理にも耐性があるはず。そうそうのことで遅れはとらないだろう。

 《味覚》は自分の土俵にあげたことで勝利を確信したようだ。高らかに。

「ならば交互にッ」

 勝負は始まった。各自が想像力を働かせられるようアイマスクがかぶせられる。

 先方は《味覚》から。

「魯山人風すき焼き!」

「オタマジャクシのオドリ食い」

 うっ

「懐石料理のフルコース!!」

「なめくじ寿司」

                     ゲェッ

「満!願!全!席ィィ!!!」

「かまきりのはらわた、生ハリガネムシ合え」

                                     オエエエエエエエッ

 絶叫が響き渡る。

「やめろぁぁぁぁぁ、想像するだけで吐くわぉおぉぉええぇ」

 敗北はもはや必定と見て、審判が白旗を掲げる。

 《味覚》は机から崩れ落ちた。

 先輩はアイマスクを外しすと腰を上げ。

「自分のイチゲーに足をすくわれたな。この場合、精神力は二の次、味覚と想像力が発達してるほうが負けるんだよ。オマエさん優秀すぎだ」

 そういって決めた。

 これで一勝一敗である。

 それでもこちらが得た勝利に浮かれる暇もなく、次の対戦相手が躍り出る。

 次こそまごうことなき大将戦である。

「くくリーダーを倒したくらいで調子に載られちゃ困るよ」

 黒服越しにでもわかる膨れたお腹、脂ぎった手、暑苦しそうな息づかい。床をきしませる足取り。深々とイスに腰を降ろしてこちらに向かい会う。

 その男は、なにやらこちらと《飼育》部長さんをなめ回すような視線で交互に見つめた。

「この勝負、条件をつけさせてもらう」

 机の上に白い紙切れを叩きつけ、こちらに向けてくる。

 書式の上には婚姻届けの文字があった。

「君らが負けたらこの婚姻届けにハンを押して貰う」

 とても図々しく、おぞましいことを言う。

「オレが負けたら、これにハンを押そう」

「一緒じゃない!」

 思わず抗議の声をあげる。それを遮るように前にでた女性が一人。

「いいです、私、受けます」

 胸にウサギとニワトリを抱えた部長さん。

 コナイは慌てて止めに入り、

「もう飼育動物は無事なんですから、部長さんは参加しなくてもいいんですッ」

 彼女の決意は固かった。

「でも、私のせいでもし万が一、コナイさんが負けてしまったら」

「いいんです、どのみちあんなズルい人は許せませんから」

 コナイが前に押し出ようとした時、そしてその袖が小さな指に引っ張られた。

「部長さん……もう」

 振り返ったコナイの目に映ったのは、予想とは違う顔。黒髪に人形のような造詣の小説である。

 小説はその花弁のような手に文庫本を抱え、毅然とした表情を携えていた。

 こちらと立ち位置を入れ替えるようにして、前へと進み出る。

 そこには何かしらの決意めいたものが伺えた。

 何が気に入ったのか対戦者は下品に笑い声をあげると、懐からあるものを取り出す。

 それは黒い装丁の大学ノート。

 ただそれだけのはずだ。

 そのはずなのに、なぜかそこからは人の怨念ともいうべきドスグロイものを感じる。

 その感覚は周囲の人間にとっても変わりないよう《普通》のものらしく。

 先輩が警戒の声をあげた。

「まずいぞ。あいつまさか。あんなものを持ち出していたのか」

 それが何かを問いだす前に、男の口からその本の正体が語られた。

「中二の時に記した黒歴史ノート」

 マウンテンサイクルどころか、ロストマウンテンにでも埋めたい程の超核地雷。

 中学校時代。人は色々なものに憧れ、自分が格好いいと思うものを模倣しだす。だが、本質を理解せず、感覚だけによって行われるそれは、時に異形の精神の産物を産み落としてしまう。

 処理の方法はまさしく古事記のイザナギ、イザナミが蛭子を島流しにした如く。間引きの子に湿った布をかぶせるが如く。人それぞれによって隠密に処理される。

 口々に感嘆の声が漏れる。

「オレもかつては有所得者だったが、あまりの痛々しさに焚書に処ざるを得なかった」

「まさに黄金の爪、呪われた武器よ」

「書き記すよりも持ち続ける精神力こそ魔術師の証。しかし、これなら勝つる」

 沸き立つ勝利への希求、レコード記録更新への期待、今、まさに魔術部は空前の熱気に包まれていた。

「真性の黒歴史ノート、これはもう過去最大級の中二レヴェルを記録するかもしれんぞ」

「引き続き測定をおこなえ、演算器、測定と同時に記録を続けろ」

「ダメです、演算器発熱により故障、手計算による記録と測定に切り替えます」

 魔術側はすでに自分達の大勝を確定とし、あとはいかに大差で勝つかだけを考えはじめたようだ。

 小説のことはすでにおざなりである。

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