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詠唱! ライトノベル!

 先に仕掛けたのは教諭から。

「科学の力は単純明快にして世界のルール」

 先ほどまでとは全然違うハイテンションぶり。

 軽い気持ちでといっていたのはどの口であろうか。

 教諭は懐から用紙をとりだし、勢いよく机に叩きつけた。

「喰らえッ、来期の期末テスト! 今、この場で科学のテストを受けてもらう、しかもそのままそれを君の成績としてつけさせてもらうッ!」

 周囲は当然ヤジに溢れた。

 抜き打ちで期末テストだと、しかも今回の点数で成績がつくだととか。

 鬼か。横暴だーとか。口々にオーディエンスが漏れる。

 教諭は既に勝ち誇り。

「ふふ、これも立派な科学の力だ。こと高校生活において成績というウェイトを占め、現実に作用する効果がある。国立大の入試にも使われる」

 黒ずくめの男がだされた用紙に解答を記入している間、明石教諭は口々に持論を飛ばす。

 なるほどこれはやり方は汚いが一方的に精神的優位に立てる方法ではある。

 例え自分が教師であっても絶対まねしたくないが。

「見たかっ、これが科学の力だッ」

 見たかと言われても。いや確かに科学の力だけど、そういうベクトルの問題なのか?

 魔術部を含め、全員白っとした空気が流れる。

 そんな中。

「全問、解けたけど」

 あっさりと、黒ずくめの男はマークシート式答案用紙を提出した。

 まだ数分も経っていない状態である。慌ただしく、魔術部が計測に入る。

「解析班すぐにスキャナにかけろ数値はッ」

「オールグリーン、全問正解ですっ」

 言葉の使い方が間違っている気がしたが、突っ込まないことにした。

 明石教諭は陸に上がった魚のようにその口をぱくぱくさせる。

「さてと、次はオレのターンだな」

 男は懐からおもむろに何かを取り出した。

 よくわからないが何かの本のようである。

「それではまず、こいつを朗読させてもらおうか」

 あ、あれは。まさかっ、といった声が周囲から挙がる。

 そう、男が持った本。

 それはまさしく一般的な書物。

「ライトノベル!」

 ライトノベル。それは夢と希望が詰まった書物である。

「あれを朗読する気か! 相手は教師だぞッ、休み時間に読むのだってきついのに、教師相手に朗読だと、正気かッ!」

「今田さん、ライトノベルって?」

 教諭は焦るようにこちらを振り返る。だが、コナイはなんとも答えられない。

 《飼育》も祈るように見つめている。

 黒服達は驚嘆と疑問で色めき立つ。

「なぜ先輩はラヴクラフトを選択しなかったのだ。中二病発症者には効果絶大のはず」

「いや、クトゥルフは中二病免疫ができているとアナフィラキシーを起こしてしまうが、発症前には無害。というか感染していても発症しないトロイ系高等魔術。ここはあえて一般にもアレルギーを起こしやすい魔術で勝負をかけるつもりだ」

 朗読が始まり内容が読まれる。

 その内容は一般に売られている物よりもだいぶ安っぽく、 まるで素人が書いたかのようなものであった。

 だが、どういうわけか明石教諭は見る間に青ざめていった。

「先輩ッ、あまりにそれはチープ過ぎます」

「朗読する方が精神的にダメージ」

 小刻みに震える教諭の肩、それはなにか当人にしかわからぬ精神的なものに思えた。

 朗読していた黒すぎんの男は途中で終えるとしおりを挟み、向かいの教諭に投げつけるようにそれを放った。

「さてとでは、これの続きをおまえに読んで貰う。もし大きな声で詠み上げることができたなら、おまえの勝ちでイイ」

 なぜだか呼吸を荒くし、震えながら手を伸ばす明石教諭。

 見ていられず異議を唱える。

「ちょっと待って、おかしいですよ、さっきから魔術と全然関係ないじゃないですか」

後ろの黒ずくめ達はさもありなんと、

「科学を自然物理とするなら、魔術は精神面、あらゆる精神方面の苦痛をのりこえ魔術を唱える。発声練習は魔術の基本」

「先ほどの教諭のテストも正しく現実世界に影響を与えるもの。だが、我らが考える魔術とは精神から現実に与える術、それにこちらはちゃんとテストも受け朗読もした。何もおかしなことはない」

 教諭は本を開くと見る間に硬直していった。

「こ、これは。こ、こんなもの読めるはずがないだろ」

 内容はわからないが、そうとう恥ずかしいもののようである。

 先ほど相手が読んだ内容はありきたりな学園恋愛ものなのだが、この小説の主人公、外見説明だけは驚くべき程教諭に激似であった。昼行灯で冴えない科学教 師が夜は眼鏡を外し(ここ重要)悪の科学結社と自分が開発した機械で戦い、教え子の女子と恋愛しながらアドベンチャーする物語である。

 そして、話は序盤の主人公とヒロインが出会うところから。

 対戦者はまるで生殺すような口調で、

「ほう、こんな台詞を吐く位なら死んだ方がマシとな。なら、代理で別のものに朗読してもらうしかないな」

 そういうと彼はマイクロレコーダを懐から取り出し、無感情にスイッチを押した。

「これは取引先から懇意で入手したものだが」

 テープから流れた音声、少女と男の声。紛れもないアカシ教諭と見知った女子の音声であった。

 下校を呼びかける夕暮れのチャイムがテープに混ざっている。

「先生、どうしてメガネをされていないですか」

「(実験で)曇らせないようにするためだよ」

「心を………ですか」

「(話それた! けどここで否定するのもかわいそうだな)そうだよ、この心、結晶のごとくね」

 部室全体が爆笑の渦に包まれた。

 この人は一体どんな会話を教え子としたのだろう。

 教諭はもう虫の息となり。

「認める負けだっ。だから、それ以上のそれを止めてくれ。ていうかむしろ殺してくれっ」

 部室内ではすでにそれらのやりとりがプチ流行っており、皆まじめな調子で、キリッと、さきほどの会話の真似をしている。

 明石教諭はそのことが逆に深刻なダメージを心に与えたようである。

 真っ白に燃え尽きた。

 恐らくしばらくは喋ることさえままならないであろう。

 それによりこちらは一敗、人数が一人しかいないこちらではもはや事実上の敗北である。リーダー格の男が対戦席に座り、その他大勢がこちらに着席を促してくる。

「くく、どうした。さっさと始めようじゃないか最終試合を。おっと、だがその前に人数を確認しないとな、後一人じゃ勝敗に関係なくこちらの不戦勝だ」

 ここで負けるのは相当悔しい上に後味が悪い。

「そうだ、《飼育》さん、わたし次に出ます。だから、勝てたら最後の試合をお願いしてもいいですか」

 彼女はこちらとゲージに吊された仔達を交互に見つめ、小さな勇気を震わせるように。

「えっ、それは、もちろん、いいですけれども」

 不意に風がコナイの髪を凪いだ、締め切られていたはずの窓がかすかに開いていることに気がつく。

「その必要はないッ」

 急に背後から声がした。振り返ると一週間前に初めてあった時と同じく、彼は部屋の入り口に立っていた。

「先輩ッ!」

「メールを貰って来たんだが、どうやら遅かったようだな」

 彼は部室の中央にまで歩み寄ると、真っ白になった教諭を確認する。

「先輩ッ、大変なんですッ、なんでも魔王を復活させるのに必要だって言って、この人達。あの子達をッ」

 釜上のゲージをさして説明する。

 それを聞いていた黒服リーダーは、

「フハハハハハハ、ノルウェ様復活のためだ」

 やはり無駄にハイテンションである。

 先輩はうむ。とうなずき。

「魔王ノルウェ。孤児記に語られる三魔王の一人か」

 急に解説し出した。いえ、そーいう反応は求めてません。

 男は尚も続ける。

「今更、先輩がそちらに加わったところで、貴様らにはもう後がないわッ。奴らはもうあそこで生け贄になる運命なのだ」

 それをあっけらかんといった感じで、先輩は胸元に抱えていたものを見せた。

「奴ら? それはこいつらの事か?」

 そこには、いつの間にやらニワトリとウサギがそこにおさまっていた。

 どよめきが部室を襲う、これだけの人数がいながら誰一人として見えていなかった。

 先輩は抱えた動物を飼育部長にやさしく返すと、彼女からひたすらに感謝を受けていた。

 男はその様子を面白く思わず。

「貴様ッ、それは勝った者が得るルール」

「やかましいッ」

 一喝。思わぬ迫力に場が静まりかえる。

「盗人猛々しいとはまさにおまえ達のことだ。女小動物を虐げ、あまつさえその所有権を主張するとはな恥を知れ」

 急に時代劇が始まった。

「そして、何より自らの敗北を察する洞察なきこと、もはや侮蔑を越え、憐憫の情を覚えずにはいられないな」

「何ッ! オレ達がいつ負けたというのだ」

「オレを敵に回したとき、オマエ達は既に敗北している」

 ちょっと聞いていて恥ずかしい。

 臆面もなく言えるのは逆にすごい。

「戯れ事をッ」

「ならば計ってみるんだな、オレの中二レベルとやらを」

 魔術部側になにやらどよめきが起こる。

 部長らしき人物は静かに手を振り、部員に指図した。

 慌てた様子で測定らしきものを始める。というか測定できるものなのだろうか。

「測定、瞬間レヴェル、五万八千、繰り返します五万八千です」

 先ほどよりも大きなどよめき。

 基準がわからないが、どうやら相当大きな数値のようである。

「バカな、故障だ」

 リーダーが戦慄と恐怖に震える。

「おいっオレの数値を今すぐ測れ、最新型の方式でだ」

 計測員はすぐに測定を行った。だが、その表記された数値を唱えるのにはかなりの抵抗を覚えたようだ。唇を震わせ。

「せ、千二百です」

 計測員は生唾を呑み込み、ゆっくりと解説した。

「リーダーのレベルを食品で例えると、千二百円の飲茶。かたや相手は一流パティシエが使う超高級クリーム菓子、」

 意気に乗っていた魔術側に初めて動揺が伝播する。

「か、勝てない。ヤムチャがクリームに勝つなんて現実がアニメでないとありえない」

 リーダーはバンッと腕を机に叩きつける。

 それは弱気になった部員を叱咤するようにみせて、実際は自身を奮起させるかのように思えた。

「オレのイチゲーは《味覚》古今東西の料理を食べ、薬菜にまで手をつけたが、魔女が煮ているあれを食べたくて入部した。オレにはまだまだ知らない味がある。それを邪魔するものは即殺させてもらうッ」

 それなら練って美味しいものでも食べておけばいいのではないだろうか。

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