Q どうして逃げられないんですか?
「あ~よくゲームとかでさ、魔王とかいるじゃんあいつらなんで、いっつもお姫様とかさらうわけ。そういう趣向とかフェチなの。意味わかんないんですけど」
「よくよく説明書を読んでみるとお姫様が持つ魔法とか魔力とかに《ラスボス》を倒す力とからあるらしい。だから、それを恐れてさらったり幽閉したりするんだと」
「でもさ、それを助けるために勇者ががんばるんでしょ。それって目的と手段が逆転してんじゃん。たけやりと小銭を握らされて鉄砲玉にされた勇者めちゃかわいそうじゃん」
「あ~あるある。でもさ、お姫様にも問題あると思うんだよね、せっかくスゴイ力持ってんのにさ、助けられるまで何もしないってどういうことよって。スキを見つけて〝えいや〟とかしようよ。そりゃあ勇者の立場とかなくなるけどさ」
すいた車両で男二人が大きな声でだべっていた。乗客は他にいないので、イヤが応にも耳に入る。
「あるいは自分がそういった力を持っていることに気づいてないのかもな。千載一遇のチャンスに。自分がお姫様であることにも気づいてないのかも」
お姫様に気づかない……か。
幼少のある時期を思い出す。その頃の自分は今の両親を育ての親ではあるが産みの親ではないと夢想していた。自分は赤子の頃に橋の下で拾われた孤児で、本当の両親はある事情で会えないが、金持ちで異国に住んでいるのだと。
やがて両親がいつか迎えに来てくれる。そんな陳腐なシンデレラストーリー。
そのような荒唐無稽な考えを、人は成長とともに捨て去り、いつしか現実と折り合いをつけていくようになる。
そんなものだ。
男の一人、目深に帽子をかぶった男、それが嗚咽を詰まらせるように、クク、と鳴らす。
「やっこさん。今頃気づいて慌ててるだろうぜ。自分が狙われていると信じ切ってただろうからな」
「案外、奴自身も気づいていなかったのかもしれないな。自分が何と接しているのかも」
なにかの計画が首尾良くいっているようだ。それにしても声がムダにデカい。
携帯のような端末をいじくり、何かを確認する帽子の男。
「あ~、ヤッベ。追ってきてるわ。気づかれてる。オレちょいと時間稼ぎしてくる。まぁ持って一分ちょいっとところかな。瞬殺されてくっから。うまいことやっとけよ」
「おいおい、せめて三分はねばれよ」
「やばくなりゃあ八回逃げるけどよ。そっちも上手にやれよ」
「ああ、まかせとけって」
そういって片方を残したまま一人は他の車両へと消えいった。
それから一分も経たないうちに電車がその役目である終点駅、高校前へとコナイを運んでくれた。後は降りるだけだ。
そこで、ドアの目の前を通せんぼされる。
先ほどまで喋っていた男、その片方。
「誰です、邪魔ですからどいて下さいませんか」
「誰かと聞かれたらイチゲー使いとして名乗らないといけないな《死の商人》。イチゲー使い達の頂点に位置する〝長針短針〟の一時でもあります」
《死の商人》かつて《ハッカー》に見せてもらったファイルに記されていた危険といわれる男。
その男は聞いたときに受けた印象よりも、ずっと穏やかな表情を浮かべていた。そして、数分前の野卑な話し声からは想像もできないような、涼やかな声で、
「あなたを救いに来たのですよ。お姫様」
コナイの前でかしずいて見せた。
それは臣下の礼をとるかのように。
初対面の人間にこのようなことをされたら他の人ならどうするか。
私はにこりと笑みを返すとその脇を抜けダッシュで逃げ出した。