A 運命と似て非なるものです
私ではない、私の中の誰かが言った。
先輩は少し、なんというか虚を突かれた顔をした。
青天の霹靂という感じに。
あまり他者から面と向かってそれを言われたことがないからか。それとも、別の理由か。この感覚は時折あった。そうだはじめて先輩と出会った科学室でもだ。初対面なのになぜか警戒音が頭に鳴った。あれを鳴らしたのは誰だ。本能。違う。私だ。
「それが《普通》だというのなら、それでも構わない。そう言われるのは慣れてる。しかし、急に何を……」
「いかにオマエがそれを隠したところで糸の絡まりは確実に縺れて、我にそれを知らせるぞPPP」
止まらない。堰が切れたように言葉が洪水のようにあふれ出す。それを私が理解しているのか、それとも意味のない単語の羅列を並べているかすら判然としない。
まるで自分の声が自分のものでないみたいだ。
「オマエは絶対性の歪みを生み出す。それは確率論すらも砂上の楼閣へと変え、あるべき未来を汚してしまう。全ての終わりにある数字は等しく分散せねばならない。超越数である円周率が一から九までを等しく持っているように、終末において全てのサイコロは同じ数だけ目を出さねばならない。故に超越者のまえにあってはサイはその意味を成さず、それがために神はサイコロを振らない」
「どうしたんだ? 何を言っているんだ。この感じは……もしかしてオマエは……」
違う、この選択は気にくわない。
そんな反応が欲しかったのではない。
「まだ時期ではない、やがて時が満ちたなら、また……」
いつもより朱朱とした夕焼けの空をカラスが飛んでいく。
いつも見る光景だが、彼らはどこへと帰っていくのだろう。
そんなことを考えながら。
「そう、きっと、私はまだ自分のことが好きになれてないんだと思うんです、でもいつかは」
私は自分の内面と素直に向き合った。
「それが《普通》だというのなら、それでいいんじゃあないか」
そうだ、これでいい。自分は《普通》だ。私の中の誰かがそういい、私もそれに満足している。なにも不満などありはしない。
「!?」
「どうしたんです?」
先輩は少し、なんというか不思議そうな顔をした。
狐につままれたという感じに。
額に手を当てながら、
「いや、いま何か。違和感が」
「……」
「そう、科学室で初めてあった時も感じた。思えば、オレは何をしにあそこへ行ったんだ。アキラに用はなかった。科学室にもなかった。ただ、偶然通りかかって。それで」
「? コーヒーを飲みに来たんでしょ」
そう、彼はたしかコーヒーを飲んだ後、さっさと帰ってしまったのだ。
「通り過ぎた……そうだ。オレがコーヒーを飲んだのは理由が欲しかったからで、あの時、オレ達は……出会ってなどいなかった」
出会っていないならば、どうして私たちが今ここで一緒にいるというのか。
「変なの、もっとフツーにわかりやすく言ってくださいよ。電波みたいですよ」
「どうしたんだ? オレは何を言っているんだ、この感じは……なんなんだ」