Q 《ラスボス》ってなんですか?
「才能なんてものは一つで十分。むしろ何も持たない人間のほうがいいのかもしれない」
「なんで、なにもないよりも。一つでも持っていたほうがいいじゃあないですか。そしたら、それを使って何かを成し遂げられます」
「才能に縛られることのほうが危険だ。自分のそれを無視することは誰もできないのだから」
先輩はポーカーテーブルの端に目線を移す。
そこには遊ばれた後に放置されたままのトランプの山といくつかのカードが散らばっていた。ゲームの途中だったようだ。さっきから誰も触れていない所を見ると、もう何時間も放置されているみたいだ。
「誰かが置いていったものだろう。これを使って一度だけポーカー勝負をしてみないか」
その提案は会話の腰を折るためなのか、それとも地続きなのか。
「途中の状態のを……ですか」
「そのほうがあるいは才能という言葉を計るのに適しているかもしれない」
ちょうど五枚、伏せられたままのカード達が二組あった。山をシャッフルなどして配り直さず、そのままそれを拾い上げて勝負する。交換は一度だけ認められる。
勝負となれば当然、勝つ気で行く。
コナイはカード確認の際、自分の手札に目線を集中させたそぶりを見せながら、先輩の表情を覗った。彼はこちらの表情を読もうとせず、まず手札の確認に入る。それを見た時の、彼のその表情は、なんとも形容しがたいものがあった。普段と変わらない。物事をあるがままに見つめているような、その表情。それにほんのり残念だという色が浮かんでいたのである。
彼は今、なにかに落胆している。
コナイ側の最初の手札はフルハウスという役だった。
内心でこれは喜んだ。これは少し強気でも勝負できる役だ。
ワンペアとスリーカードの組み合わせ。これはなかなか崩しにくい。ペアの二枚を出してフォーカードを狙えるが、より低いスリーカードへと落ちる危険がある。
でも、目の前の相手に勝つつもりならば、もっと上の役を狙わなければならない。
コナイは五枚全部チェンジして捨てる。
「才能とはつまり、最も捨てにくい手札に他ならない。勝利のために自らの才を投げ打つ、それはオレにはできないことだ」
先輩はノーチェンジ。
「ずいぶん強気ですね」
新しく配られた手札を確認して、互いに勝負に出る。
オープン・ザ・ゲーム
カードを広げる。
「役なしです」
コナイは結局、役を落としてしまった。
「ロイヤルストレートフラッシュだ」
我が目を疑う、それはポーカーにおける最高の役。
これを伏せて帰った人間は役を恣意的に並べてあえて置いたままにしたのかもしれない。いわゆる見知らぬ他人をドッキリさせるために。でなければ、フルハウスとか自然に揃っているはずがない。
次にほんのちょっとだけ、先輩のイカサマを疑った。
がどちらにせよ意味のないことだ。どうせ何も賭けてはいないのだから。
「最初から役が完成していたから、何も捨てなかったんですね」
「それは違う、なにも選べなかっただけだ」
「同じことですよ、私にとっては」
それよりも今、目の前で起きたことをコナイはありのままに捉えていた。
もしこれが、イカサマや技術による仕込みでなく、本当に運否天賦のものだとしたらなんなのか。これが彼の才能を代弁しているとすれば、なんなのか。
それに彼の演技は巧妙だった。あの役が揃っていたことを知ったなら常人は狂喜乱舞する所だ。
他者の選択や思考、駆け引きが一切挟む余地のない強さ。
これを最強というのは気が引ける。
最も近い言葉あるとすれば、不条理。
度を超えたそれは他者にとって圧倒的な理不尽に他ならない。
このような不条理、《普通》の人間であるコナイにとても受け入れられるものではなかった。
気がつくと外の雨はあがっていた。