& 大多数は自分がそうだと信じてます
「そういえば、さっきの金を返してなかったな。よしそのついでに今度はオレがエスコートしよう」
「ええ~、そういうの先輩が知ってるんですか」
「バカにするな、女の子っていうのはフツーこういう時は洋服を買いたがるのだろう」
洋服といっても買いそろえるには金がかかる。硬貨一つ持っていない先輩にそれを期待しないし、もらうつもりもなかった。
それでも彼は表通りの高級ブランド店を見つけると、そこへ躊躇なく入っていった。
尻込みしながら、後に続いた。息苦しいほど煌びやかな店内で、先輩の袖を引っ張る。見るからに学生な自分たちは店員さんに冷やかしと思われても仕方がない。
さっさとお暇したいのだ。
目端に映る値札はどれも桁がみっつほど違う。
「先輩、さっきお金ないって言ってたじゃないですか」
小声で催促する。それでも彼は堂々として。
「硬貨はな。だが、支払い分には問題ない」
彼は懐から取り出したものを、ちょっと後ろに控えていた店員さんに渡した。
プラチナカード。一説には銀行融資すら自在に行えるという優良債権者の証である。そのため引き落としに制限は存在しない。
噂には聞いていたが実在していたとは。そして、なぜ学生でそれを持っているのか。
先輩は好きなものを持ってくればいいと言うが、とても選べない。支払ってもらうこと自体が申し訳なさ過ぎる。
「む、無理です。私にはそもそも、豚に真珠、馬子にも衣装、どうしてもというなら恵まれない子にでも寄付してあげてください」
私服や下着、頭からつま先に至るまでシマムラで構成されたフルアーマーシマムラの自分では、ブランド品の装飾は似合うに合わない以前に拒絶反応が強すぎていけない。
こちらが何も選ばずにいると、先輩はこちらをじっと見つめた。
それは体格から身長、足の長さまで測るかのように。
目線を外すと今度は、店員のお姉さんに何か指示をだした。彼女は笑顔で腰を折り、そそくさと品物を用意する。
「はい、こちらで全てでございます」
「オレが見繕った。よければ着てみるといい」
先輩の見立てで用意された服、とても試着して見る気にはなれない。彼のセンス云々よりも、それを貰うこちら側に考え方の整理がつかないからだ。
「あの、私はその、今日はそんなつもりじゃあなくて、その貰えませんよ。そんなの」
「さっき金を貸してくれたじゃあないか。それを返したいんだよ、等価交換ってやつだ」
「私のはほんのちょっとじゃあないですか、こんな高いの、考えてなかった」
「同じことなんだよ。数字は問題じゃあない、気持ちの問題だ」
「そりゃあ、あれは私の今月残りのお金でしたけど」
つまるところ、彼にとってこれほどの額は大したことないのだ。だから、分け与える気持ちが先ほどのコナイの五百円と平衡する。
あまり悩んでもみっともないと思い、コナイは渋々承諾した。
「着たくなけりゃ、着なくていい。気にくわなければ恵まれない子にでも寄付すればいい」
とは言っても、どうすりゃいいのだ、これは。
着るにしてはもったいないし、かといって寮に持って帰るのもアレなので、とりあえず店側から実家に郵送してもらう手続きをとって退店した。
校内へと戻る途中でとうとう雨が降りだした、小粒ながら夕立へと変わる気配を見せている。
「どこか、逃げ込むか」
「あそことか、いいんじゃないですか」
コナイは目ざとく古ぼけたゲーム喫茶を見つける。彼に任せてまた高級店にでも入られたら、それこそ罰が悪い。
ドリンクテーブルの他に、ビリヤードやダーツ等、時間つぶし程度の遊具がおかれてあった。そこで空いていたポーカーテーブルに座る。
雨が上がるまでの間の雑談に、コナイは気になっていたことをたずねた。
「そーいえば、明石教諭との途中で言ってた厄介な奴って、誰なんです」
先輩は表情を変えず、淡々として、
「知らなくてもいい奴だ。しばらくぶりに帰国していたので少し話があった」
帰国子女みたいだが、先輩はあまりその人を好ましく思ってないようだ。
「その人もイチゲー使いなんですか」
「ああ、それもかなりのな」
「話はついたんですか」
「どうだかな。今日一日、ずっとオレ達を付けていたからな。オレ達もコゴトノヤを尾行していたから二重尾行って奴になるのか。まぁ今も向かいの店にいて、オレ達を見張っている。目的が一向にわからんがな」
「そういう冗談は、スパイ小説好きの小説にでも言うと、喜ばれますよ」
先輩の中二病にもこまったものだ。