Q 《普通》な子はどこにいますか?
「校外は久しぶりです」
連れだって歩こうとするが。先輩はポッケに手を入れたまま、大きな歩幅で先へ先へと足を進める。
コナイは空いた手をぶらぶらさせながら、時折、小走りになってその背中を追った。
休日の繁華街は想像以上に人通りが多く、《普通》の自分はいかにも背景の一つとして埋もれてしまいそうだった。
空を徐々に暗雲が陰りだしている、予報では晴れだったがどこかに雨男でもいるのだろうか。
土地勘がないので、変な所へ連れ込まれないようには留意する。
ピタリと、背中が歩みを止める。
ここが彼の連れてきたかった目的地らしい。
「これだ。これが何かをコナイに教えて欲しいんだ」
「これって、これですか」
「ああ、これは一体なんのためにあるんだ。ゴミ箱とは違うみたいなんだが」
それは、当たり前で一般的なものだった。校内では見たことはないが、校外ではいくらでもそれこそ背景のように置いてある。
特徴を並べると。
赤い。
一本足で立っている。
紙を食べる。
まぁ、ようは郵便ポストなんだが。
「これを、先輩は本当になんなのか知らないんですか」
「どうするものか教えてもらいたいんだ。《普通》のイチゲー使いとしてな」
「もしかして、付き合って欲しいってそーいう意味ですか」
「他になにがあるんだ」
そういう彼の顔はいつもより幼く感じた。
思わず吹き出してしまう、おなかを押さえて我慢したが、限界だった。大きく口をあけて押さえ込んでいた笑いをはきだした。
「なにか可笑しいことが」
「ううん。なんでもないですよ。そのほうが先輩らしいなって、思っただけ」
笑い涙を拭きながら、勘違いしていた自分の馬鹿さを叱責した。そんなことなどあるはずないのに。
「先輩もやっぱりどこかイチゲー使いなとこ、あるんですね」
「む、わからないものを教えてもらって、何が悪い」
少しムキになった子供っぽさに、気づかれないぐらいこっそりと、コナイは微笑んだ。
「いいですよ~この《普通》がこれから先輩に教えてしんぜましょう」
胸に軽い握り拳を背を反らし得意げに言った。
「これは郵便ポストといって、手紙を入れるところです」
「そうか、小説や映画に書いてはあったが、これがそうなのか。形とかは外国でも一緒なのか」
「さぁ形状は知りませんが、たぶんあると思います」
それからは、先輩の知らない校外の普通を探索した。
「これはなんのためにあるんだ?」
ゲームセンター前に置かれたクレーンゲーム。ゲーセンくらい普通なら知っていて当然だ。なのに彼はこれを始めて見るものかのようにまじまじと眺める。
金を入れることで景品を得るチャンスを買うゲームだと伝える。
残念そうに。
「硬貨はもってない」
やってみたかったのだろう。いつもと変わらず背筋をたててはいるが、心なしかしょげているようにも思えた。
「う~ん。私も持ち合わせがないんですけど」
小銭に入れには五百円しかなかった。
なけなしのおこづかいだが、貸すことにした。初心者に渡せば金をドブに捨てるようなものだろう。失敗して申し訳なさげな顔をされても居たたまれない。コナイは少し離れて、他の筐体に目を移した。
「ふむ、コツを掴むとオモシロいな」
少しの隙に、彼は両手いっぱいに景品を抱え込んで戻ってきた。その数、十はくだらないだろう。
おかしい計算が合わない。
「しかし、残念なことに、奥に展示されているのはとれなかった」
そういうゲームじゃねえよ、これ。
それプロモーション用のだろ。
ジト目の半眼で睨め上げる。
「先輩、実は知らないなんて嘘で前から練習してたんでしょ」
「いや、これが初めてなんだが……」
たしかに演技には見えなかった。ならばビギナーズラックという奴か。
それからも探索は続いた。彼は思ってたよりも何でも知っているわけではなかった。もしかしたら今まで知る必要がなかったのかもしれない。普通の人間が知っていることなど。