表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/36

明石教諭の災難6

 背後に視線を感じる。背中がじっとり濡れる感触。

 目線を送ってきているのだ。

 意を決して教諭をみる。

 目が合ったが、コナイは顔の汗腺全てから水を流して、首を小刻みに横に振ることしかできなかった。

 先輩がいませんよとの必死のジェスチャーである。

 それが教諭に伝わったとき、コナイは彼が絶望の表情を向けるものだと思っていた。先輩がおらず、作戦が失敗に終わり、テンパるかパニクルかのどちらかだと決めつけていた。だが、そうでなかった。

 彼はやさしさと覚悟を秘めた目をしていた。

 その目を見たとき、教諭が何をするつもりなのか、コナイは即座に理解した。

(その腕、折れてるんですよ、教諭)

 言葉は伝わらない、だが、コナイはその心の声を確かに聞いた。

(今田さん、教師が生徒を救うのに、腕の一本を惜しむと思っているのかい)

 コナイにはその覚悟から目をそらすことはできなかった。

 自然と涙がこぼれ、嗚咽がもれないように口元をおさえた

「ハァッ」

 裂帛の気合いと共に、魂の一撃がコンクリート壁へと打ち込まれた。


 グシャッ メコメコ   ズゴォォォォ


 結果から述べると、コンクリートの壁には大きな穴があくことになった。

 ある一人の男、いや、独りの漢の右腕と引き替えに。

「ぐぉぉぉおっぉぉお、ボクの腕がぁぁ、腕が、暴走するぅぅぅうっぅぅ」

 教諭が叫ぶ、迫真の演技、とてもお芝居とは思えない、本気の苦痛が怨嗟となっているようである。

 まるで自分の意志とは乖離した化け物でも取り扱うように右腕を抱えている。

 チンピラ風の男達は当初唖然としていたが、しばし様子を眺めていると尋常ではないことに気がついたのか、心配そうにして大丈夫ですか、と近寄ろうとした。

「ぐっはぁはぁ、早く、早く、ボクから離れるんだ、押さえきれない」

 本当にアカデミー賞ものの演技力である。

 チンピラ男達はその言葉に素直に従い、後ろ髪を引かれるかのような表情で、路地裏を跡にした。

 路地裏の出口は当然のことながらこちらである。

 当たり前にして当たり前のごとく、コナイとチンピラ達は合致した。

 むしゃくしゃとした彼らにからまれるかと思ったが、彼らは意外にも殊勝な態度をとり、

「あのー、すんません」

 頭をかきながら、申し訳なさそうに訪ねてくる。

「ここで一番近い駅ってどっちの方角っすか」

 コナイはそのまま駅への方角を伝えた。彼らはアザーッスとそれぞれに礼を述べると、そちらに向かって歩いていった。

 何やら仲間うちでいいあっていた。

 いやーさっきのスゲかったな。

 ああ、まさか道を聞いただけであんなもんが見れるとはな。

 オレも空手ならおっかな。

 バッカおまえじゃ無理だっつーの。

 コナイは滝のような冷や汗をかきながら、その人等の背中を見送った。

 ナームー 合掌。

 コナイはそれらを聞かなかったことにし、教諭の尊い犠牲をねぎらうことにした。

 向こうでは小説がよりそうようにして、包帯を再び巻こうとしている。 

「どうやら、終わったようだな」

 ひょっこりと戻ってきた男に、コナイは頬を膨らませて憤る。

「先輩、どこ行ってたんですかッ、もう、肝心な時にいないんだからッ」

 そのせいで明石教諭は……教諭は……ダメだ次の言葉が出ない。

「状況はおおよそ把握した」

 彼はどこぞの長官のように腕を組み、

「右腕の封印を解き放ち辛くも勝利をおさめたアキラだったが、その代償に腕は暴走をはじめてしまう、そんな中、新たな敵が出現するというお約束のパターンだな」

「ぜんっぜん違いま…… あ、いえ、大体あってます」

 最近、真の敵はいつも一人なだけの気がしてきた。

 彼はちょっと誇らしげにしながら、

「驚くことじゃあない、映画館で子供をトイレに連れて行っている間に進んでいた物語を推察するという、誰しもが持っている能力だ」

 あんたお父さんかよ。

「あいつらはアレでいいだろう。あとは勝手にウマクやる。それよりもこれからオレと付き合ってくれないか」

 コナイは軽くいいよと返事をして、その数秒後に固まった。聞き違いか、それとも耳鼻科が必要かと考えた。

「え……いまなんていいました」

「簡潔に言うと、もしこれから時間があったらオレと一緒に町を歩いてくれないかということだ」

 その意味を胸で反芻するよりも早く、コナイの顔は反射的に赤くなった。

 頬は紅潮し、頭は湯気がでそうになるくらい蒸気している。これは自然の反応であって、別に深く意識しているからでは断じてない(と必死に自分に言い聞かせる) 

「あの、その、それってもしかしてデ、デートの誘いってやつ……ですか」

 教諭と小説のことに夢中で、そんなことはちっとも視野に入れてはいなかった。

「そういうことになるな」

 しれっと言ってのける。

 し、知らなかった。先輩がそんな目で自分を見ていたとは。

 普段は別段、意識してなかったから平気だが、自分はこういう時にどんな顔して接すればいいのかもわかってない。

 断った方がよいのか、それとも乗っかったほうがよいのか。

 これは、運命の分かれ道かもしれない(大げさ)

「べ、別にいいですよ。その……断る理由もないですし」

 あごを上げ、いかにも誘い慣れているかのように振る舞ってみる。

「助かる。どうしてもコナイが必要だったんだ」 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ