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明石教諭の災難5

「君達、こっちだ。こっちに来なさい、ボクが案内しよう」

 教諭の声が薄暗い路地裏に反響する、案内されているのはガラの悪い風貌の男達。

 その様子をコナイ達は表道の壁影からじっと見守っていた。

 教諭は電話のあと、すぐに小説の元へと駆けつけた。そして、ていよく彼らをここに誘い出すことに成功したのである。

 小説は体を小さくし教諭の背中に隠れている。

「あの、先輩。教諭って強いんですか、なんだかえらい強気ですけど」

「見てればわかる」

 よほど今回のことに自信があるのか。そこに心配の色は見えない。

 教諭は彼らに小説に対して何をちょっかいかけていたかを問いた。

 彼らは互いに目を見合わせ、罰悪そうにするでもなく。

「でも、別になぁ」

「ああ、なんもしてねぇーすっよ」

 この期に及んでいいわけじみたやりとり。

 これならば遠慮なく作戦を決行できる。

 コナイも詳しいことはわからないのだが、先輩いわく証明された定理の如き完璧な作戦だそうだ。

 いけシャーシャな相手の言い分をひとしきり聞き終えた教諭は教師の威厳を持って口を開いた。

「あまりボクを怒らせない方がいい」

 かなりカッコよくいいながら、腕に巻かれた包帯をはがしていく。

「いよいよ始まるぞ」

 辺り一体に重苦しい緊張の糸が張り巡らされていた。

 傍観者であるはずのコナイでさえ。鼓動が早鐘となって血液を打ち付け、自然と生唾を呑んでしまう。

 そんな空気。

 先輩は静かに期待を持って、耳を澄ませている。それは世界の終焉の知らせる妙なるラッパを聞き入るように。ヘイルダムが神々の黄昏を告げる前触れであるかのように。終わりの始まり、審判の時にあっては墓穴に眠る亡者さえ聞き耳をたてるという。

 それが今かとばかりに。その場の誰もが教諭の一声を待った。

 教諭は静かに、それでいて穏やかな瞳を小説に流した。重大な隠し事でも打ち明けるかのような、そんな男になら誰にでもあるいたたまれない一瞬。

 ためらいがちにその言葉を紡ぎ出した。

「コゴトノヤ君、キミはボクの腕があの時折れていたと勘違いしていたようだが、それは違う、封印していたのさ、この右腕をね」


 ブバッ


 コナイはコーヒーがあったなら間違いなく吹き出していた。

 先輩はベタな理論でも考察するように、

「ちょいと定石すぎる設定だったか、いや、逆に食いつくはずだ」

「あれが正攻法ですかッ!?」

「腕に包帯をしていたなら、パワーアップ、もしく逆転白星フラグを想定するのが業界の常識だからな」

「ケガしていると気遣うのがフツーですぅ」

 コナイの感想とは裏腹に、平常から表情に乏しい小説も心なしか嬉しそうに思える。

「こんなウソやインチキみたいなことで騙すなんて」

「それはプロレスやヒーローショーで熱くなれない人間の言葉だ。例えウソであっても他人の胸を熱くさせることができるから、人はサンタクロースを語れるんだ」

 小声で、喧々囂々(ケンケンゴウゴウ)侃々諤々(カンカンガクガク)しながら成り行きを見学ケンガクするこちらを尻目に、あちらではどんどん話が展開していた。

 シュルシュルと大根のカツラむきのようにして包帯が地面へと落ちいき、白の螺旋を描く。

「いよいよ封帯ふうたいを〝解く〟時がきた、君たちもすぐに逃げたほうがいい」

 はひふへほのほが違う。封帯ふうたいとはなんぞ。

 ここにきて、さきほどの先輩の言葉を証明するかの如く、教諭を見つめる小説はヒーローショーを見る子供のように目を輝かせはじめた。

 背中を壁にぴったりとつけ、その様子を横目で覗きこんでいた先輩は、コブシをギュッと握りこみ、小さくガッツポーズをとった。

「OK、ナイスアレンジだアキラ。なかなかわかっているじゃないか、グッときたぞ」

 いかん、この人もなんだか嬉しそうだ。

「いえ、あれは普通に包帯のを噛んだんですよ」

 

 カランッ


 包帯がほどけ添え木代わりの変形金属板が自然落下し、地面に鳴った。

 男達はそれを目で追い、数秒後には驚き慌てる。

 それもそのはず、金属板はまるで生き物のようにうねうねと動き出したからだ。

 特殊形状記憶合金が温度差によって形を変える現象だそうである。

「コゴトノヤならばあれしきは、脳内で生態金属、もしくは寄生型金属生命体といった自分言葉で設定補完をしてくれるだろう」

 イヤな理解の仕方である。

 先輩と小説は一体どんな脳内解釈回路を共有しているのか、はなはだ理解しかねる次元だ。

「あとはアキラが合図をして、オレがアレを使うだけだな」

 アレ、とは教諭と先輩との間で交わされた合図。よくわからないが、それを使うことで離れた場所の物体でも破壊する手はずになっているとか。

 その時、携帯の着信振動が先輩のポッケから伝わってくる。

「メールだ」

「こんな時にですか」

「ん、どうやら近場に面倒な奴がいるらしい。ちょいと話をつけてくる」

 引きとめるまもなく、彼はその場から離れていこうとする。

 その背中に小声で呼びかける。

「ちょっとー、教諭のアレ。どうするんですかー」

 アレを使うはずの先輩をここで失うわけにはいかない。彼は微塵も振り返る気配を見せないまま、無情にも、

「アキラは甘ったれじゃあない、それくらい自分でなんとかするさ」

 ムチャ振り、ここまで盛り上げておいて無責任な。

 コナイが説き伏せる言葉も見つけられないまま、先輩の姿は人波に紛れて消えていった。

 こちらが、そーこーとしてるうちに、向こうは向こうで佳境に入っている。

 教諭の前振り兼前口上がいよいよにして終わり、危惧していた単語が飛び出した。

「遂にアレを使う時が来たようだね」

 それにこめられたるは己の勝利に対する確心。

 何を使うのッ!?

 コナイは達観した面持ちで、都会に浮かぶ虚空へと目を向けた。

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