明石教諭の災難3
「どうでした」
「困惑してたな、そうではないかと気づいていたようだが、今回のことでやはり。と自分を責めているようでもあった」
「もう、教諭が追いかければよかったのに」
コナイは腰に手をあて、ぷんスカる。
それを擁護するようにして、
「かえって困るだろうさ。さっきだって彼女、謝ったあと走り去ったのは責任逃れなんかじゃあない。合わせる顔がないっていうんで、お見舞いの品を買いにいこうとしたみたいなんだ。そういう発想、案外いいところのお嬢さんなのかもしれないな」
「それで、先輩はなんて説明したんですか」
「とりあえず誤解だと説明しておいた。詳しい事情を話すからと、待ち合わせの場所と時間をセッティングしておいたぞ。もちろんアキラとコゴトノヤの二人っきりだ」
他人のデートをその流れでセッティングするとは、この男やりおる。
「しかし、なんだって彼女はこんなにボクを気にするんだい」
O2(オーツー)は理解できても、空気は読めない、明石教諭。
「たぶん猶予期間症候群だろうな」
教諭はオウム返しに、それが何かを聞き返す。
「思春期の男女が陥りやすい精神的病のことだよ、肉体が急速に発達するに合わせて精神もまた社会に適合しようと進化する。その過程で併発する精神的病、和名を中二病という」
教諭は深く目を閉じ、しばし考えたあと、ゆっくりと目を開いた。
「ハジメ。それ、今つくったろ」
「バレたか」
彼はいたずらっぽく笑って見せた。
「ま、とりあえず彼女のおまえに対する精神構造は単純だ。おそらく実在する英雄に対する崇拝的な思想だ」
「崇拝、英名でいうところのアイドルか」
先輩はそういうことだ、と。
「中二病にも色々あってな、例えば憧れの人物がいた場合二通りのパターンが存在する。ひとつはそいつの模倣をして、その役に自分がなりきる、もしくはとって代わろうとする。この場合は大体が姿形、服装や台詞から持ってくるが、変に自分流のアレンジや装飾過多となると途端に痛々しいものとなる」
「それと彼女とボクとになんの関係があるんだい」
ここからが重要だとして、
「もう一つの場合は憧れの人物に理想を押しつけることだ。自分が理想とする人物像を映像やメディア、雑誌やアイドル、スポーツ選手から捜しだし、自身ができない願望を押しつける。もちろんこの場合、その人物が傷つくことや犯罪に走ることはNG」
先輩はいよいよ結論づけるように、
「アキラとコゴトノヤの関係は後者だ。コゴトノヤの処女作を読んだが、彼女はどうも文系なせいか理系に対し強い憧れや夢想に近いものを持っているふしがある。それこそ物語上の存在人物のように不可能を可能にするような」
ゆっくりと静かに教諭を指さす。
「つまり簡単な言葉で言うと、ユーアーザヒーロー」
教諭は一旦手元のビーカーに目を落とした、まるでそのコーヒーに映る自分の顔を見つめるかのように。そして至極真面目な顔で、
「ミー(ボク?)」
「ユー(オマエ)」
先輩がビーカーに口をつけた。
「実績で惚れたとは考えにくいが、案外ああいうこは直感力が優れてるからな、なんにしてもあなどれんさ」
それを聞いても教諭はまだ納得がいかないようだ。
たぶんこの人、一生自由恋愛できないだろうなぁ。そう思えた。
「そのヒーローが自分のせいで腕を折っていた。腕を折ってしまったという自己を責める気持ちとヒーローの腕が折れるはずがないという気持ちが複雑に絡み合っているんだろうさ」
ここで先輩は再び教諭を指さし、
「つまり、アキラ。この問題はおまえの腕が折れていないとすれば容易にかたがつく」
教諭は右腕をこちらに確認させるようにして掲げる。
「しかし、包帯で巻かれた腕が実はケガしてませんでした。はかなり苦しいだろう」
「アキラ、おまえは中二病というものをまったく理解していないな」
先輩の目には自信が溢れていた。
「オレにいい考えがある」
そして約束の日を迎える。