明石教諭の災難
次の日
コナイは何食わぬ調子で科学部に顔を出した。
そこには明石教諭と先輩が座っていて、その二人の前には本がでかでかと積まれてある。彼らはなんとも難しげな顔をし、それらの本を読みふけっているのである。
科学の専門書なのかと思ったが違った。コナイにも見覚えのあるタイトル、あの魔術部において小説が詠み上げたもの。あれのシリーズだ。
それを興味深げにして、熟読し小さなうなりをあげている。
「全巻読んでみたんだが。かなり面白いぞ、これ。アニメも見た方がいいかもな」
「う~ん、ボクにはどこがいいのか、さっぱりわからない」
明石教諭は科学の難問にでもぶち当たったかのように首をひねっている。
先輩は本をパサりと机に置き、
「たぶん、向こうもアキラの授業をあまり理解してないだろうさ。だから逆に惹かれるんだよ、磁石みたいなもんだ」
教諭も左手で読んでいた本をパタンッと閉じて、
「いや、コゴトノヤ君はそりゃあ毎日熱心な表情で授業を受けてるよ、ただしレポートに不備は多いけどね」
「にぶいな。授業を受けてるんでなくて、おまえを見てるんだよ」
「なぜそう言い切れるんだ」
「科学室で初めて会ったときからオマエを見る表情が違ってた、あれが初対面っていうんなら一目惚れって奴だろうよ、それってオマエにとっては非科学的か? 」
教諭はビーカーに口をつけながら、
「しかし、この間は科学室に一人でいたら妙なことを話しかけられて大変だった」
「彼女なりのアプローチってもんだ、それに付き合ってアキラが妙なことを口走るものだから、おかしくってな」
喉奥でつっかえたような笑いをこぼす先輩に、教諭はただ小さな吐息を漏らした。
「オマエらのそーいうところ新鮮だったんだ。もっと人間に興味のない部類の奴らだと思ってたんでな、ちょっとだけ安心もする」
二人はなにやら親しげに盛り上がっている。
コナイはちょっと気後れしながらもタイミングを見計らい。
「あの~、入っていいですか」
二人がこちらに目をやる、いつもの先輩の瞳はもっと気怠げなのだが、本日はちょっとだけ機嫌よさげだ。
「なんだ来てたのか、ちょうどよかった。このニブチンに君の友人コゴトノヤがいかにして文学的で優れた才女なのかを理学的に説明してあげてくれ」
「先輩も今日はずいぶんとおしゃべりさんですな」
「今日はメールが来る予定もないしな、ゆっくりできる」
合間に彼は自分のビーカーにきっちりと百㏄目盛り分のコーヒーをつぎ足す。コナイは彼のイチゲーがなんなのかを聞くのに都合がいいなと考えた。
「小説はいい子ですよ、かわいくって美人で、読書好きで、私が男だったら嫁にしたい子ぶっちぎりです」
正直な感想をありのままに伝える。
「彼女がボクにはとうてい及びもつかない文学的才女であることはわかるよ、ただやっぱり分野が違う。ボクには彼女の文才が理解できないし、ましてや生徒を恋愛対象にしたりするなど、できはしないよ」
「ホントにカタい奴だ」
先輩はこれでこの話題は終いとばかりに肩をすくめる。話題を切り替える必要が出たと見て、コナイは要領よく尋ねた。
「ところで先輩のイチゲーってなんですか?」
彼はキョトンとして、
「!? 前に言わなかったか」
「聞いてません」
「うん、確かハジメは言う途中で退室したんだ、覚えてる」
「そうだったかな」
どーでもよさそうである。
コナイはそれを調べるために《ハッカー》の所で無駄な情報の空回りをしてしまったというのに。最後にみた文章は一日経った今でもあまり思い出したくはない。