《死の商人》の影
「ここで見たことは他言しないこと。もし見たならば」
生唾を呑んで、言葉尻を繰り返す。
「あなたのパソコンをハッキングして、コピーしたHDを死後参列者に配ります」
な、なんという恐ろしいことを。
そんなことされてはたまったものではない。コナイは口をつぐんで何度も首を縦に振る。
《ハッカー》の指先が流麗にキーボード上を滑り、数分後、土田は感嘆の声をあげる。彼は少々得意げに画面を指し。
「スゴイことと思われているようですが、大した技術ではありません。ちょっとしたスクリプトを書いて、それを別の既存プログラムと組み合わせてるんです。それを使ってパスワード設定されていないマシンを探しただけです。大体それで8分ちょっとで7万台近くのPCをスキャンできるんですよ」
画面には学校側の管理者画面がそのまま映っていた。
まるで盲点を突いたかのような自信がそこにはあった。
「それで上位の管理者権限を持っていてもパスワード設定のされていないもの。デフォルト状態のものを君は探しあてたのか、案外敷居が低いんだねん」
「ガードマンのいない高級料亭みたいなもんです。土足で上がっているのに女将は全然気づかない。案の定、そういうとこは他の奴らのたまり場になってます」
「IPアドレスから?」
専門用にはついていけないが大体言いたいことはわかる。
「そうです、逆算で本来の関係者か部外者かはわかりますから」
彼は自嘲気味にふっと溜息をついた。
「どこの国でも議員や官僚、エライさんの中にマヌケはいるもんです。ドアにカギをかける。ただそれだけで僕らは侵入が難しくなるというのに」
気を取り直すようにして、彼はPCを操作を続ける。
「まず神ゲー使いの名簿みたいなのがあったら教えてクレしん、先輩君の名前があるかも」
彼は検索しますと返事し、画面上でいくつかのファイルに手を伸ばしていた。
「カミゲー? それってなんなんです」
「イチゲー使いの中でも特に優れた奴らのことだよん。何人かいるかは知らないけど、先輩君がそうじゃあないかと思ってねん」
ピアニストのような《ハッカー》の指先が一つのファイルを探り当てる。
「古いファイルですが、発見しました。あまり新しいのだとみつかる恐れもあるので」
最終更新日が一年前のものだと付け加え。
それをクリックすると十数人程度の名前が羅列された。
沖信弦
音無音々(オトナシネオン)
纐纈刀子
秋穂陽明
他数十人の男女の名があげられていたが、その中に先輩の名はなかった。
「秋穂 ヨウメイ!? 奴の名前もあるのかよ」
有名なんですかと耳打ち。
「《死の商人》個人の能力もそうだが、イチゲー使いとして絶対的に危険な男。特に奴への科学棟からの技術流出は絶対に防がなければなりません。体育棟の連中が持つ技術にも興味を持っていて、既にいくつかが奴の手に渡っているという話です」
いつもはおどけている土田の顔と口調がかなり真剣になっている。
「明石教諭がいなけりゃ、とっくに科学棟の研究者の半数以上が向こうに引き抜かれてたよ。あいつは技術者にとっては天使のように囁く悪魔だよ。関わらないことがなによりも安全だよ」
《ハッカー》はコホンと咳払いをし、
「ですが、これで先輩が神ゲー使いという線はゼロ近くまで薄まりましたね」
「なんでそういえるんですか」
こちらの当然と思える疑問に、土田と《ハッカー》は顔を見合わせた。