一長一短
「教諭、また授賞式の呼び出しですよん」
研究室でそう出迎えたのは、ほそぎすの男。同年代の男子より一回り小柄。ビン底のメガネをかけ、足裾を踏みそうな白衣に着こなされている。
この人が土田ケイイチなのであろうか。
教諭に質問の目をむけてみる。
彼はそれを男の言葉に対してだと勘違いしたようだ。
「こまめに研究論文を出してるからね、昔だしたのがどこかの賞に引っかかることがよくあるんだ。面倒だから辞退するよ」
メガネの男は確認をとると、どこぞに向けて黒電話をジーコと回しはじめた。
「教諭はまたノーベル賞を辞退されるとのことです、えっ、何ッ、本人でないと辞退できない。今さっき本人が辞退するって言ったじゃん四行前に。オレちんが保証するから間違いないっつーの」
そのまま強引に受話器を叩きつけるように電話を切ってしまった。
コナイはノーベル賞ということばに惜しくなり。
「もったいないですよ教諭」
「なんで?」
彼はそれを想定外に捉えた。
「ノーベル賞とれるなんてスゴイことですよ」
「そんなどこの国の首都だかわからない賞をもらったってねぇ」
まるで食卓に深海魚をだされたような顔をして。
コナイは両手をグーにして前のめりな姿勢でツッコむ。
「首都じゃなくて人名です、人名!」
推定土田は、さわやかに笑いながら補足する。
それはまるで園児に地球が丸いということを説明する保育士みたく。
「教諭、ノーベルさんは紀元前にダイナマイトを発明したと言われる架空、もしくは伝説上の人物ですよん。松坂牛のように空想上の生き物です」
コナイは唖然とした。ツッコミどころが多すぎて何をどういっていいやら、頭を抱える。
教諭は恥ずかしそうに頭をかくと。
「ボクは日本とニューヨークと大阪の三カ国しか行ったことないから地理には疎くて」
思いっきり海外都市名と国内混じってますよッ!?
「まぁ、でも国内ならロンドン、シドニー、テキサス、モスクワとか他にも色々行ったよ」
なにが誇らしいのか、自慢げに言ってくる。
「土田君はこの間、研究でボストンに行ったけど」
やはりこの男が土田らしい。
二人の会話はまだまだ続く。
「方言なまりが強くて最初の一時間は何言ってるかわかりませんでしたよ。マッ、すぐに意味はわかるようになりましたけどん」
「ボストン方言までマスターするとは。やるね」
コナイのツッコミスイッチがONになる。
所々の小さなことにもツッコミを入れる。
彼らは鳩が豆鉄砲を受けた顔で。
「土田君。彼女、ボストンを海外だと思っているようだよ」
「飛行機で十六時間が海外ってぷぷww」
すっごく腹立つ。
収拾がつかなくなってきたのでコナイはケータイでメールを送る。
送り先は「先輩」である。
この一ヶ月で彼のことをちょっとづつだが知ることができた。
先輩はメールを送れば三分前後で助けにきてくれる逆ウルトラマンの様な人で。周囲から異常に頼りにされている。
だから、恐らく絶対に皆から「先輩」と呼ばれているのだろう。
普段はちょっと気怠げであるが、目力はすごく、妙な貫禄というか迫力のある人である。
「ニューヨークといってもボクがいったのはサウジアラビアだけで、首都のベルリンまでは行ってないよ」
会話が続いて、もうなにがなにやらわからなくなってくる。
コナイは白板に世界地図を広げ、教鞭でオーストラリアを指し尋ねた。
「今から地理のお勉強をします、ここはどこですか」
二人は揃って自信ありげに。
「四国」
ニュージーランド。
「淡路島」
南アメリカ。
「九州」
形は似ているかもしれない。
この二人と話をしていると国というものがなんだかわからなくなってくる。
彼らに世界地図のジグゾーパズルを渡せば、巨大な日本列島大陸をつくってくれそうで怖いような、逆に見たいような気さえ覚えてきた。