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《転売》

イチゲー高校はその敷地に建つ校棟をおよそ五つの分野ごとに分けている。教育棟、科学棟らがそれにあたる。

 これらは特殊棟を除いた全てが分野に関係なく出入りすることができるようになっており、午後からの授業に関して、生徒達は個人でカリキュラムを組むことができる。

 校風もまた自由で、全てが自由参加、教師達による強制は一切ない。

 むしろここの教師達もまた独特で、集団生活とは無縁な偏屈な個人主義者の集まりである。

 日々を勝手に生き、勝手に自己啓発してしまう人たちであり、科学の権威者が学生達に紛れ芸術の講義を受けていたりすることもあるらしい。

 コナイがここに入学して一ヶ月が過ぎた。

 その間に利用した施設は二つ、教育棟と科学棟である。教育棟は通常の六限までに終わり、その後の時間を科学棟の講義で過ごす日々であった。

 一ヶ月も経つと当初は普通に思えていた生徒達、それもやはり他と違うことに気づき始めた。

 感じた違和感の正体は関心と無関心の幅が異常に広いこと。

 初見ではなんとも世捨て人のような社会に関心のない人達。かと思えば皆自分のイチゲーには異常に熱心。でもやはりその他の所には一切の無関心。

 ただ寝食足りてイチゲーを磨ければそれでいい、そんな具合の人達であった。

 本日科学棟の明石教諭、講義題は「無線電力の完全確立」。

 講壇に立つ教諭、その右腕に巻かれた包帯は薄い。

 ギプスをはめることを拒否し、絶対安静を条件に教鞭を握ることを許されたそうで、周囲には打ち身と公言している。

 それでもいまだ骨折は完治してはいないはずだ。

 議題については昨日思いついて試作器をつくったら完成していたとのこと。

 やたらと分厚いプリントと豆電球のついた装置を皆にくばり、試作器を運転させた。

 すると豆電球は電池がないのに確かに点灯した。

 周囲は異常に驚き湧いたが、科学に疎いコナイには普通にすごいとしか感想がでてこなかった。

「教諭、この理論を完成させる上で重大な証明が最終項で抜け落ちてます」

 熱心な学生が質問を入れる。

「ああ、黒板に余白がなかったからね、また来週にでも補填するよ。それと次の講義は熱した水と常温の水を同時に冷やすとどちらが先に凍るのかの実験。そしてその理由は何かについて説明するよ。課題として実験してきてね」

 やる気のない口調で締めて、その日の特別講義は終わった。

 実験してこいも何も、常温の水のがはやく凍るのはわかりきっていることではないか。

 教諭はなぜか妙に学生達に人気があり、講義が終わるとたいてい人山ができる。

 質問攻めにあっている教諭、その周囲に一人だけ、熱心に余ったプリントを貰い受けている女子の姿があった。

 なんとはなしに声をかけてみる。

「偉いですね、教諭のお手伝いですか」

 その女の子はいかにも元気よく快活に笑った。

「違う、違う、明石教諭の研究プリントは売ればお金になるからね」

「う、売るのッ!?」

 こちらの意外があちらに意外だったようで、彼女は一本指を立て。

「そりゃあ企業や研究機関が高値で買い取ってくれるよ、特に今回のはどこでもね。あっ教諭、そこの試作器ももらっちゃっていいですか~」

 教諭はまるでゴミの捨て方でも問われたかのように、いいよと軽く流した。

「で、でも善意でもらったものを売るのは」

 こちらを意に介さず、彼女は手のひらをパタパタさせ。

「善意は売らなきゃ意味ないよ。安く貰って高く売るがモットー、それにアチシのイチゲーは《転売》だもの。安く仕入れたものをより高く相手に売りつけることだけが特技さね。運動も勉強もできないし、さっきの講義もさっぱりだけど。これだけでここに入れたんだから」

 それが誇りと言わんばかりに胸を張る。

 人だかりに解放された教諭はもうすでに退室しだしていた。

 その後ろ姿に《転売》は。

「あっ、教諭! この試作器。爆発とかしませんよね」

 彼はどうでもよさげに。

「するよ。落としたり変な角度で炉心に衝撃を与えると学校が閉鎖されるから気をつけるように」

 彼女はとたんに顔を強張らせた。

「やっぱりいりません、教諭、これ返しますッ」

 触れもしないまま返却した。

「ど、どうしたの急にッ」

 《転売》の装置を見る目はまるで危険物を見るかのようだ。それもニトログリセリンか何か見たく。

「なんかこれヤバイ匂いがする。仮に法に触れたものだとしたら、企業は買い取りたがらないし、リスクも大きいからね。不良在庫抱えて、監督責任を取らされる位なら返した方がいいよ。プリントだけ売ることにするから」

 それだけ言うと迷いのない動きでさっと去っていった。次の仕入れ先にでも向かったのだろうか。

「あ、そうだ今田さん。それ研究室に運ぶの手伝ってくれないか」

 さっきの話の後ですっごく触りたくなかったが、教諭は骨折しているし、ここに放置するのもあれだったので、仕方なく了承した。

 研究室へと向かう道中の廊下にて。

「実は今日、君に会わせたい生徒がいてね」

 ピンとくるものがなく、黙って次の言葉を待った。

「この間の魔術部、そこの部長だよ。といってもこの間のディスカッションに彼はでていなかったけどね」

 青天の霹靂。魔術部のことはあれ以降話にもでず、話にもださなかったというのに。しかも、てっきり部長はあの三人の中の誰かだと思いこんでいた。

「話をしたら、ぜひ会ってみたいってさ。彼のほうから人に会いたいというのは、珍しいことなんだよ」

 私はこの間、基本なにもしておりませんが。

 強いてやったことを挙げれば、驚き役くらいなものだ。

 前回のどこにドラフト指名される要因が合ったのか。問い詰めてみたい。

「この間の魔術部はただの魔術に憧れる一般人の集まりだったけど、彼は違うよ《物理学》のイチゲーを持ち、更にもう一つのイチゲーを持つ者。それが土田ツカサ、彼こそ魔術部部長であり、科学部副部長なんだ」

 何となく偉いということは伝わったのだが、それだけでは実感もわかないというのが正直なところである。

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