危険注意報
ズイッと、小説が抱えていた本を掲げた。
その表紙を見た黒ずくめ達はたちまちに爆笑する。
それもそのはず、それは今流行のライトノベル、しかもアニメ化したばっか。
流行に乗って買っちゃった感まるだしであった。
「クク、ラノベをかじったばかりのお嬢さんが、一生懸命朗読してくれるとはな」
魔術部の先鋒と同じく小説はラノベで精神的に勝つつもりなのだ。だが、相手は黒歴史ノートの使い手。それは風の前の小さな灯火に過ぎず、吹けば消え去る刹那の光明。
そんな渦中、小説は一息の雫を垂らすように囁いた。
「これ、書いたの私です」
そのたったの一言でこの部屋の全てが停止した。
数秒の間をおいて自然と室内全員が聞き返す。
「「えっ?」」
対戦相手は動揺し。
「ブ、ブラフだ。こんな場所にラノベの作者がじきじきに来るわけがない、それに証拠だってない」
その言葉で魔術部を立て直そうとする。
小説はその隙を与えなかった。
背中に隠していたもう一冊を皆に向ける。
同時に、感嘆の声が一同から挙がった。
「し、新刊だ、今月発売予定の……」
「ああ、もう見本品ができていたのか」
それは水戸黄門の印籠が如き効果を発揮しだした。
「朗読します」
小説はもはや話は不要と思ったのか。歌うようにして文字を詠み上げ始める。
普段あまり声をあげて喋りはしないが、その声はまるで小鳥のように高く涼やかであった。
そして、その数分後。部室内は阿鼻叫喚の渦に包まれた。
「う、嘘だ、こんな清純そうな女子が。こんなえげつない内容、嘘だ」
嘔吐!
「落ち着け、オレにはむしろご褒美……無理ッ」
吐血!
「こんな稚拙な文章でプロだとぉぉ、やめろぉぉ、オレの投稿作が力作がゴミ同然にぃぃいい」
悶絶!
その渦中にあって、場から取り残されたように顛末を眺める者が三人。
「只者ではないと思っていたが、まさかここまでとは。コナイは知っていたのか」
出会って二回目で既に呼び捨て。しかも下の名前。別にいいけど。
「いえ、私も初耳です」
「とてもすごいのですねぇ」
対戦者の黒服はそれを聞くだけで大量のダメージを受けていた(おもに精神的に)。だが、彼も負けてはいない、目を見開き、歯をくいしばり、耐えきるッ、この詠唱をッ。
「ざ、残念だがオレを倒すには足らなかったようだな」
必殺技を真っ向から受けきり耐えきった男の姿があった。
それを確認した小説はカバンからまた別の書を取り出す。
「もう一冊、別の名義で出版してます」
「えっ?」
あとから聞いたことであるが、小説が現在雑誌連載しているのは三タイトルらしい。
それぞれジャンルが違うもので、どれもそれなりの評価は受けているそうで。内、二本はアニメ化されており、売り上げも上がっているらしい。
詰まる所、小説のイチゲーとは《ラノベ》に他ならない。
その事実はラノベにおいては同年代で圧倒的トップの力を持っていることを意味している。そして、これも当分後から知ったことなのであるが、最初の対戦者が読んだライトノベル、あれは小説の未発表処女作であったそうな。
「決まり手だ、あのデブにこれを受け切れる体力はない」
彼の敗北はもはや必定であった。
その空気は魔術部全体をすでに支配している。
「副部長、負けを認めてくださいこれ以上は危険です(精神的に)」
その言葉は正鵠を得ている。
魔術側の精神的疲弊はすさまじく、戦意すら失われかけている。
それでも、男はかぶりを振り。
「まだだ、これから先手を読む。つまり相手のオチを読み、攻撃をかわした後に、こちらの最大詠唱をたたき込む。もうそれしか、オレ達に勝機はない」
未だ勝利を諦めきらぬその瞳、刃を抜くように黒歴史ノートのページを開く。
「奴め。中二の時に考えた自分魔法を唱えるつもりか」
何かを察した先輩が警告を促す。
「コナイ、耳をふさげ。精神をやられるぞ」
再び始まった小説の呪文詠唱。
それでも相手は震え、唇をかみしめながらもその場に留まろうとする。
「あらゆるラノベ魔道書に精通したオレならわかる、この娘の呪文系統が、その効果が」
心の弱いものなら、一瞬で屈してしまう程の内容。
それを見据え、聞き入いる対戦者。
突如、目を見開き、口を開く。
「呪文系統ファンタジー。ラブコメ属性、純愛より。戦闘傾向、能力バトル。ただし作者の力量のせいかインフレしないバトルを目指したが失敗、結局なんちゃってバトルものに修正した形跡有り。詠唱属性、スレイヤーズのパクリスペクト。物語構成、破綻レベル。キャラ人気、絶大」
フェルマーの最終定理を完成させたワイルズが如く、その文章形態を解き明かしていく。
「見切ったぞ。貴様の特性ッ!!」
最後の力を振り絞った攻撃態勢に入る。
それに沸き立つ魔術側。
「さすが副部長、あの一瞬で呪文を解析したッ、アンチ系統の使い手だ」
「いや、アンチを装ったファン系統と見るのがいいだろう。あの娘の呪文特性まで把握している」
副部長と呼ばれた対戦相手は、勝利の確信をもって叫ぶ。
「さぁ、さっさとその物語のラストを聞かせろッ。どうせ最後は主人公とヒロインによるハッピーエンド、こちらは既に見切っておるわ」
心なしか微妙に体力が回復している様子である。
「あれ、ただの願望になってません」
「キャラファンなんだろ」
先輩はそっけない。
小説が詠み上げた新作ラノベ、その展開はついにクライマックスを迎える。
ヒロインからの告白を受け、主人公が取った行動とは。
これを相手が耐えきったなら、小説は負ける。
もう終わりが見え始めたその刹那。
断末魔の叫びが科学棟全体に木霊した。