第八章:しばしの気分転換
ある日、早く帰って来た父親に話をした。
「ねぇ、パパ、ちょっと頼みがあるんだけど」
「美樹の頼みだったら、パパは命でも差し出すぞ。さぁ、もっていけ」
「もう、大げさなんだから。今度の日曜日に宝塚駅まで車で
送って欲しいの」
「なんだ、そんな事か。全然OK牧場」
「それでさぁ、パパを紹介するから、この前うちに来た子の
パパなりの評価をして欲しいの」
「この前ママに宝塚に越して来た理由を聞いちゃったんで」
父親は真顔で
「美樹の耳に入ってしまったか」
「美樹がパパやママを心配してくれるのはすごく嬉しい」
「よし、見極めてやる」と答えた。
小林は言った「いつものベタベタ関西人でお願いね」
父親はにっこり頷いた。
小林の父親は阪急グループの観光部門の社長を務めている。
テストが終わった日曜の朝。宝塚駅で待ち合わせ。
小林は父親に車で送ってもらってきた。
3人は先に駅で待っていた。
小林は先に車を降り、
「これからパパを紹介するね」と言った。
父親が車から降りてきた。
小林「パパ、パパどこにいるの?」
父親「ここじゃ、ここ」
「えっ、声は聞こえるけど、どこ」
それを見ていた西村が乗ってきた
「ミッチ、声は聞こえるけど、姿が見えないんだけど」
松岡の袖を引っ張って
「しっちゃんも一緒に探して」
3人で「どこにいるの」と声をかけた。
満を持して
「見さーげてごらん」と泣き真似をしながら父親が言った。
3人が「こんなところにいた」と笑ながら。
父親が言った
「『めだか』師匠直伝のギャグだ。皆んなおはよう」
「今日は美樹をよろしく」と言い、
続けて「美樹はどーだ」と佐伯の方をみて言った。
「可愛いくっていい子だと思います」
松岡の方を見て「美樹はどーだ」と
「性格も明るいし皆んな仲良しです」と答えた。
西村の方を見て、「美樹はどーだ」
西村はクスッとわらいながら
「おじさん、美樹が娘さんだって皆んな知ってるよ!」
「美樹はdaughterって事でしょ」
西村が続けて
「西村紀子と言います」右手を招き猫のポーズであげながら
「のりっぺって呼んでね。よろしくニャン」
「おぉ、なめ猫より可愛いぞ!」
松岡が続いた
「しっちゃんって呼ばれています。松岡滋昭です」
「ハウスバーモンドカレーだよ。りんごと蜂蜜とろーり溶けてる!」
とフリをつけながら歌った。
「それは秀樹、君は滋昭」と父親が笑った。
佐伯の方を見た
「佐伯秀太と言います。シュートと呼ばれてます」
咄嗟のギャグが出てこなかった。
父親が美樹の方を向いて「東京の事か」
美樹が「ぞれは首都」
松岡の方見て「大外刈りとか、巴投げの技のあるポーツか」
「それは柔道」
西村の方を向いて「巨人の西本の決め球か」
「それもシュート」
佐伯の方をにっこり見ながら
「サッカーで得点する事か?」
佐伯が喜んで
「そのシュートです」と答えた。
父親は満足そうに、
「美樹は転校して来たばかりで、いい友達が出来たみたいで嬉しい」
右手を敬礼しながら永ちゃんの真似をしながら
「美樹は俺の一人娘だ、目に入れても痛くない」
「入れたことないけど。そこんとこ『よろしく』」
と言い車に向かって行った。
美樹の方に目配せして指でGoodマークを示した。
美樹は心の中で「パパありがとう」って言っていた。
武田尾に着くと、4人は廃線跡を歩き、川沿いでマス釣りを楽しんだ。
トンネルの中はひんやりしていて、声が少し響いた。
「こういうの、久しぶりだな」と佐伯が言う。
「部活ばっかりだと、景色のこと忘れるわ」
西村は、川の音を聞きながら思った。
——こういう時間、もっとあってもいいのに。
帰り際、美樹が言った。
「この近くに、うちの親戚がやっているケーキ屋さんあるんよ。寄っていく?」
「え、ケーキ屋? こんな山の中に?」と西村。
「うん。ちっちゃい店やけど、チーズケーキがめっちゃ美味しい」
ケーキ屋の店先で、美樹の親戚が笑顔で迎えてくれた。
西村はふと、さっきの小林の父親の顔を思い出した。
——なんか、似ている。どこかで見たような……
帰りの電車。
西村は、阪急の車内でふと目に留まったポスターを見た。
「小林一三展」——その顔が、美樹のお父さんにそっくりだった。
西村は、美樹の隣に座って、そっと聞いた。
「ねえ、美樹。あのポスターの人……美樹のお父さんに似てない?」
美樹は一瞬だけ驚いた顔をして、それから小さく笑った。
「……うちの父、小林一三の遠い親戚なんよ。遠いけど」
「えっ、そうなん?」
「のりっぺだけの内緒ね」
西村は頷いた。
「うん、わかった。黙っとく」
美樹は、窓の外を見ながらぽつりと言った。
「……黙っとてね」 その言葉は、ケーキの甘さよりも、ほんの少しだけ
心に残った
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