第三章:夢へ向かって
こ焼きパーティの翌朝、窓の外にはまだ春の冷たい
風が吹いている。
美樹は少し早く目を覚ました。
昨日の松岡のサッカーへの挑戦の話が彼女の
夢への思いをかき立て、目覚まさせた。
彼女には2つ夢があった。
一つはすでに実現に向けて走り出している
”バスケットボールの選手として一流になること”
大阪では、府代表に選ばれたこともある。
それでも、彼女がすぐにバスケ部に入らなかったのには、
理由があった。
彼女のもう一つの秘めた夢
宝塚音楽学校に入り、歌劇の男役になること。
小林の家系にも少し縁があるかもしれない。
美樹が宝塚に憧れたのは、幼い頃に初めて舞台を
観た日からだった。
誰にも言っていない。両親にも。
中学2年では、もう遅いかもしれない。
けれど、舞台の上に立つ男役の姿
凛とした眼差し、低く響く声、背筋の伸びた所作。
あの日の感動は、美樹の中でずっと灯り続けていた。
それは、美樹にとって“自分を表現できる”を場所のように思えた。
彼女は二つの夢に向かって新たな一歩を踏み出すことを決意した。
学校の昼休み。
美樹は体育館の隅に立っていた。バスケ部の練習が始まっている。
ボールの音、シューズの軋み、汗の匂い
ーーーすべてが懐かしかった。
昨日の佐伯の言葉が、頭の中で繰り返されていた。
「相棒がいるか、いないか。それだけだった」
その言葉は、美樹の胸の奥に、静かな波紋のように広がっていた。
誰かと一緒に何かを目指すこと。そんな関係が、
少しだけ羨ましかった。
放課後、西村に声をかけた。
「ねえ、のりっぺ。バスケ部、一緒に入らない?」
西村は笑って首を振った。
「私、勉強もスポーツもイマイチだからさ」
「応援はするけど、プレイヤーは無理」
少し間を置いて、西村がぽつりと続けた。
「うち、シングルマザーだから、あんまり時間ないの」
「家のこともあるし」
美樹は一瞬言葉に詰まった。でも、すぐに笑って言った。
「じゃあ、のりっぺは応援団長。私、全力で頑張るから」
彼女は心の中で思った。
(相棒がいなくても、私は夢へは走る。私の夢だもん)
翌朝、美樹は体育館に向かった。
顧問に「入部希望です」と告げると、
顧問は驚いた顔をした。
「君、大阪府代表だったんだって?」
美樹は笑って答えた。
「でも、今はただの一人の“選手”です」
彼女は宝梅中学のバスケ部に入部した。
その夜、一人で部屋に戻り、鏡の前に立った。
舞台の上で男役として立つ自分を、そっと思い描く。
でも、今は体育館の床の上で、ボールを追いかける自分も
見えていた。
「両立できるかな……」 小さくこぼれたその声は、
夜の静けさに吸い込まれていった。
そして美樹は、誰にも告げず、もうひとつの夢へと
静かに走り出した。




