第26章:オーディション
山本洋子音楽学校は小さいながらも有名であり、
宝塚テレビロマン『はいからさんが通る』の
オーディション案内が先生の手にあった。
山本先生はミッチに声をかけた。
「あなた、初めてだと思うけどオーディションを
受けてみたら。経験になると思うよ」
申し込みの用紙をミッチに渡した。
オーデイション申込書。
ミッチは迷わず 「青江冬星(男役)」 に
応募するつもりだった。
(冬星の静かな強さなら……私にもできる)
そう信じていた。
レッスン後、先生に呼び止められた。
「小林さん、冬星で応募したい気持ちはわかるけれど……
あなたの声質は、娘役の方が伸びるの」
ミッチは息をのんだ。
「でも、私は男役が……」
先生は優しく、しかしはっきりと言った。
「あなたは“紅緒”のような明るさと強さを
持っている。容姿もいいし。
冬星より、紅緒の方があなたを活かせるわ」
胸の奥がざわついた。
(紅緒……? 私が……?)
坂道を歩きながら、ミッチは何度も自分に問いかけた。
(私は男役がやりたい。
でも……紅緒なんて考えたこともなかった)
そのとき――
ふと、胸の奥に浮かんだ言葉があった。
「ミッチは……マリンカみたいだな」
あの日、シュートがぽつりと言った言葉。
ミッチが『はいからさんが通る』を返したとき、
シュートは照れくさそうに言った。
「ミッチはマリンカみたいだ。
小さくて、まっすぐで、強くて……」
そのときは冗談だと思って笑った。
でも今、その言葉が胸の奥で静かに響いた。
(マリンカは……紅緒の象徴みたいな花だった)
紅緒の強さは、大声でも、派手さでもない。
“折れない心”だ。
(私……そんなふうに見えていたの? シュートには……)
胸が熱くなった。
男役の冬星は憧れ。
でも……紅緒は“今の私”で戦える役だ
鏡の前に立ち、オーディションでの紅緒の
セリフを言ってみる。
「これからの女子は自分の道は自分で決める」
声が自然に出た。無理に低くしなくても、
胸の奥からまっすぐに響いた。
(あ……これ、私の声だ)
ミッチは応募用紙を見つめた。
しばらく迷ったあと、ゆっくりとペンを取った。
そして――
応募役:花村紅緒(娘役)
書き終えた瞬間、
ミッチは小さくつぶやいた。
「……シュート、ありがとう」
彼に言うつもりはない。
でも、あの“マリンカ”の一言が、
ミッチの背中をそっと押してくれた。
マリンカの花のように、小さくても、まっすぐに、強く。
ミッチは新しい夢の形を選んだ。
宝塚テレビロマン『はいからさんが通る』の
オーディション当日。
ミッチは深呼吸をして、控室の鏡を見つめた。
(紅緒として……ちゃんと立てるかな)
冬星で応募するつもりだった。
でも、先生の言葉と、
シュートの「ミッチはマリンカみたいだ」という一言が
背中を押した。
“今の自分で戦える役”を選んだ。
それだけで十分だった。
オーディションは、あっけないほど短かった
ダンス・声楽の審査の後、演技審査は、
紅緒の短いセリフと簡単な動きだけ。
「これからの女子は自分の道は自分で決める」
声は自然に出た。胸の奥からまっすぐに。
審査員の一人が小さく頷いたのが見えた。
翌週、封筒が届いた。
「花村紅緒・控えキャスト合格」主演ではない。
でも、落ちてもいない。
(……控え、か)
胸の奥が少しだけチクリとした。
でもすぐに、じんわりと温かさが広がった。
(私……選ばれたんだ)
男役ではない。主演でもない。
でも、“舞台に立つ道”が開いた。




