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第十章 夢への試練

今日は初めての「山本洋子宝塚音楽教室」

小林は、少し緊張した面持ちで扉をくぐった。


出迎えた洋子先生は、全身を見渡すように美樹を見つめた。

「あなたが小林美樹さんね」

「宝塚音楽学校の受験を希望してるって聞いたけど」

「今までこういう教室には通っていたの?」


「いえ、今日が初めてです」


「そう。うちに来る子はだいたい小学校3年生くらいから始めてるのよ」

「ちょっと遅いけど、中学生から始めて合格した子もいるわ」

「諦めずに頑張りましょう」


 志願書に目を通しながら、ふと顔を上げた。

 「男役希望なのね」

 美樹を改めて見つめて、少し首を傾げた。

「その容姿なら女役でもトップスターになれると思うけど」

「…でも姿勢もいいし、背も高いし」

「男役として新しいタイプになれるかもしれないわね」

「まあ、合格後に学校が決めることだから、今は決めずにいきましょう」


「ピアノは習っていたのね。スポーツは…バスケ?今も続けてるの?」


「はい、部活でやっています」


「じゃあ今日は、どんな練習が必要か、

 各項目を軽くチェックしてみましょう」


 ピアノ、声楽、ダンスと一通りのレッスンが行われた。

 

「小林さん、ピアノは問題なさそうね。」


「ありがとうございます。小さい頃からずっと弾いていたので…」


 声楽では、

 「音程とリズムはもう少し練習が必要ね」

 「でも、肺活量がすごいわ。バスケのおかげかしら。声量は十分よ」


 そしてバレエになると、先生の表情が少し厳しくなった。

 「脚が…伸びきらないわね。力が入りすぎている」

 「バスケの筋肉ね。しなやかさを覚えましょう。柔軟性が大事よ」


 レッスンの最後に、洋子先生は言った。

「来週から本格的なレッスンを始めましょう」

 「メニューは考えておくから」


 その日のレッスンは終了した。


 音楽教室を出ると、美樹は軽い足取りで

 喫茶「シュプール」へ向かった。


 今日はシュートとの約束。デート…じゃなくて、口止め料ね」

 と小さく呟いた。


 店内にはすでに佐伯が座っていて、ケーキメニューを真剣に

 見つめていた。

 美樹が目の前に座るまで、彼は気づかなかった。


 「俺、ケーキには目がないんだ」

 「家じゃあんまり食べられないから、今日は楽しみにしていた」


 「素敵な女の子を前にして、それでもケーキが一番?」


 「ミッチよりケーキの方が目に入るよ」と冗談めかして笑った。


 「まあいいわ。今日は市内大会の優勝祝いも兼ねて」

 「特別に2個頼んでいいよ」

 

 佐伯は一瞬複雑そうな顔をしたが、すぐに店員に注文を告げた。


 美樹は少し気になって尋ねた。

 「黄金の左足さん、優勝…嬉しくないの?」


 「嬉しいよ。でも、あの決勝点はしっちゃんのお膳立てがすべてで、

  俺は前に来たボールを蹴っただけ」

 「しっちゃんの評価はあんまり変わってないんだ」

 「あの左足のパスの精度、コントロール、タイミング…完璧だった」


 美樹は心の中で思った。

(あの公園での練習が実を結んだんだ。

 それを誰にも言わないなんて…すごい。

 シュートには黙っておこう)


 「サッカーって、バスケと同じでチームスポーツでしょ」

 「各自が与えられた役割をこなすのが大事なんじゃない?」


 「しっちゃんも、同じこと言っていた」


 「じゃあ、みんなのレベルが上がるように、シュートも頑張らないとね」


 「…そっか。ちょっと、しっちゃんの成長が早くて焦っていたかも」

 そう言いながら、目の前に運ばれてきたケーキに嬉しそうに手を伸ばした。


 美樹はカフェラテを一口すすると、ふと尋ねた。

 「ねえ、シュートも転入組なんだよね?」

 「宝塚に来た理由、聞いてもいい?」


 佐伯は少し驚いたように眉を上げたが、すぐに視線を落とした。

 「うん。父が去年、急に病気で亡くなってさ」

 「母さんがこっちに親戚いて…それで引っ越してきたんだ」


 「……そうだったんだ」


 「生活は保険とかでなんとかなるけど」

 「俺がプロ目指すのは…それもある」

 「母さんに、もう苦労かけたくないから」


 「悲しいこと思い出させて、ごめんね」

  美樹は静かに言った。

  彼の言葉の奥にある孤独と決意が、胸に響いた。


 佐伯が話題を変えるように尋ねた。

 「今日の歌劇スクール、どうだった?」


 「ピアノと声楽はなんとかなりそう」

 「でも、バレエはちょっとしんどい。柔軟性がないって言われた」


 「サッカーと同じで、バスケも筋肉強化が中心だもんな」

 「何か、柔らかくする方法ないかな」

 「俺も考えてみるよ」

  勘定を済ませ、二人は店を出た。


  そのとき、小さな子供が三輪車のコントロールを失い、

  坂道を勢いよく二人に向かって突っ込んできた。


 「危ない!」

  シュートがとっさに美樹の前に立ち、子供を受け止めた。

  右足が地面に擦れて、血が滲んだ。


 「シュート、大丈夫?」


 「ちょっと擦りむいただけ。それより、ミッチは怪我なかった?」


 「シュートが守ってくれたから」


 三輪車のそばで泣き叫ぶ子供に、母親が駆け寄ってきた。

 

 叱ろうとしたその瞬間、シュートが優しく言った。

 「僕、お兄ちゃんはなんともないから。泣き止んで」


 母親は何度も頭を下げ、子供を連れて去っていった。


 美樹は近くの水道でハンカチを濡らし、そっと傷口を拭いて

 軽く縛った。


 その仕草を、シュートはじっと見つめていた。

 「優しいとこもあるんだな」とぽつりと呟いた。


 美樹は彼の足をポンと叩いて言った。

「だって、私の代わりに身代わりになってくれたんでしょ」

「ありがとう」


 夕暮れの道に、二人の影が寄り添うように伸びていた。

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