巫女と巫女見習いと
「わっちは諦めませんですよ」
巫女見習いの女は案の定このようなことをのたまう。
明確に成敗しても良かったカツアゲよりも厄介な、付いてこられれたら振り切るのも苦労する実力者。
根比べをするか否か思案すれば見越したかのように彼女が喋る。
「巫女様はこれから西皇都でござんしょ? でしたらわっちに珍品を扱う店に心当たりがありやす。ぜひ案内させてくださいや」
彼女がどこまで私について調べたのか考えると恐ろしいが、この場はひとまず負けておくことにした。
珍品への道は多いに越したことはない。
「勝手にするといい。でも弟子を取るつもりはないから」
私はそれだけ言って歩き始めた。
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天草には他の草と違い大きな裁量権がありやす。
わっちは任務を終えると共に上に詳細な報告をあげ、異国から来た竜と巫女について監視調査に加わることを通達。
これまで集められてきた情報資料を頭に詰め込めるだけ詰め込んで現地調査に出やした。
白竜様の目撃情報はかなり少ない。神出鬼没で目撃の際は人の身では到底敵わない巨大な妖魔と争っていやす。そして後に巫女がその妖魔の解体を付近の人里に依頼し、その際に白竜様の狩りの獲物なのだと話しているのが確認されていやした。
あの美しい竜にもう一度会うためには、まずは巫女に接触するのが良さそうです。
白竜様と違い巫女の情報は山ほど有りやした。皇国を訪れてから赤竜の巫女を名乗り布教活動に、盗賊退治、妖魔の討伐では軍が手を焼くものもすんなり討ってみせたとか。討伐のラインナップは牛鬼、大百舌鳥など名と死体などの情報が列挙されていやす。
目撃情報や戦闘痕から武力は人の枠を超えているとみてよく、要人であること以上に危険人物として監視が必要となっていやした。
彼女の性格や嗜好、服の変遷など事細かに情報が収集されていましたがどうにも足跡に関しては皇国内に限っての話で、天竜様直々に客人との通達があったこともあり、彼女らが拠点としている島には人を送り込めていないし、国外での活動は人手不足で情報があまりありやせんでした。
しかしその少ない情報内に気になる情報が有りやした。
場所は皇国西方にある同じく島国、と言っても統一されておらず小国家が生まれては消える争いの絶えぬ地、人呼んで戦国島。
そこで巫女と見られる人物が僅かな期間で13の国を滅ぼしたというものでありやす。
わっちは海を渡ってでも一度現地で情報を集める必要があると踏み、戦国島に渡りやした。
しかし、現地に赴いたわっちはすぐには調査に乗り出せやせんでした。
現地の草の組織の内情がボロボロだったためでありやす。
元々殺し殺されが常の土地だったこともあり、草の損耗が激しく海を渡った先ということもあって応援は送り辛く、常に人手不足練度不足だったところに大規模な政変が一気に起きたことで崩壊気味になったとのこと。
協力を得るつもりだった泣きつかれてはわっちも断れず、書類仕事から連絡、現地人員の教育まで長い拘束を受ける羽目になりやした。
しかしそれも祖国のためでありやす。
ちなみに政変の首謀者は案の定、巫女でありやした。
なんでも、渡ってすぐに皇国による調略の済んでいる国に入ったその日に現地支配階級の虐殺に及んだとのこと。
混乱を察知して攻め込んで来た勢力も一方的に殺戮し、そこから順に国を巡って国主の首を獲って周ったとか。巫女が来る前に掠奪を終えて撤収した勢力も本拠地に乗り込まれて国主の首を取られたため幸い残った国も大人しいのだとか。
誠に信じがたい内容ではあったものの、ふざけて虚偽の情報を書くなどはあり得ず、それを記した人員もそう考えたのか裏付けの情報も念入りに入ったものでありやした。
皇国内での報告よりも巫女がみせた能力が大幅に高いことが察せられ、これだけでもこの地に渡って来て良かったでありやす。
わっちはようやく落ち着いた支部の状況を確かめてから本来の目的の調査に乗り出しやした。
戦国島の諸国はいずれの国も武装勢力が支配しており、被支配層が武装しているかは国によってまちまち、奪い奪われが常で治世はどこも不安定でありやした。
今は巫女が起こした混乱により止まっているものの、一つにまとめるものが不在のため、また群雄割拠になることが予想されており、それを軽減するために我が国に通じた者を押し上げる工作に草が熱心に勤しんでいる次第でありやす。
そんなわけで既にこの地を去った巫女の調査は打ち切られており、わっちは巫女が最初の虐殺を起こした地の調査から始めやした。わっちがやるのは当時手が回っていない部分でありやす。
聞き込みは難航しやした。まず巫女が留まっていた時間が短期間かつ一部の場所にしかいなかったためでありやした。
しかしながらまだ当時から季節が一巡したくらいで、まだちゃんと目撃者は残っていやした。
それは1人の農夫でした。
要約すると、ある日支配層である荒くれ者に気まぐれに試し斬りされかけたそうです。すると風が吹いて荒くれ者が体に大穴を開けて死にました。あとからとてつもなく大きな女が現れて農夫にあれこれ聞くと死体をこれまた巨大な薙刀に引っ掛けて荒くれ者たちのまとめ役の屋敷に向かって歩いていったと思ったらあっという間に消えたとのこと。当時は夢かと思ったそうな。
これが虐殺の引き金であるとみてよいでしょう。他に証言はないものの、虐殺の生き残りの突然仲間の死体を吊り下げた巫女に乗り込まれたという情報が前もってありやしたのでその補強の情報として報告に上げやす。
本国でも巫女は治世を気にしており、皇国の治世は気に入ったがこの地の治世は気に入らなかった、それがこの虐殺なのでありやしょう。
問題は起こしたことに何一つ責任を取らずに放っていったことでありやすがそれもわかると信じてわっちは調査を続けやす。
そうすれば被支配層は統治者がいなくなった不安を、支配層は慕っていた統率者を失った悲しみに恨み、恐怖そして────
「巫女様について嗅ぎ回る、怪しいものは貴様だな」
信仰。
わっちは自身が芸人であると言い、歌を一つ歌って見せることで彼らを納得させると話を聞きやす。
「巫女様が歩けば力自慢が膝をつき」
「射かけられた矢は全て外れ」
「一薙ぎすればすべてが吹き飛ぶ」
「あれこそ風の化身、人の形をとった精霊に他ならぬ」
圧倒的な力に魅せられた者たち。
我らが竜を仰ぎ見るように彼らは巫女を見ておりやした。
どこまでが事実でどこからが彼らの妄想なのかわかりやしやせんでしたが、彼らは巫女の発言だというものを元にした独自の規律を敷いているようでどこか危うい匂いがしやした。
これは早々に対処した方が良いと報告しやした。
しかし調査を進めればこのような集団が各地に点在しており、今の草では手が回らない故、本国に連絡が必要でありやした。
元々の調査と今回の調査の末にわかったのは結局、巫女は皇国で見せた超人的力をひと回り上回る力を持ってして気に入らない者を殺して周りながら各地で独自の価値観を説いて周っていたことでしありやした。
「奪い奪われは獣の理だ」
「人に仇なす獣は討て」
「大地を斬り、自然と戦って生きろ」
かなり荒い論理ではあるものの、武力で支配されていた地をそれを上回る武力でもって無理矢理布教して周っており、解釈を巡って今も混乱が起きていやした。
そして本当に巫女は後のことに何の責任も持たずにこの地を去っていったことでありやす。
巫女が去った後もその圧倒的な力による恐怖や信仰が残り、言葉だけが影響し続けていることがこの地のどこまで変化をもたらすのか考えると全くもってとんでもない人ではありやすが。