竜皇国
竜昇る国、竜皇国。大陸の東に位置する列島の最も大きな中央の島を支配する国。天竜様の影響下にあり、その血を引くという竜皇とその一族がこの国を治めている。
その治世はとても穏やかで天竜様の強い影響が出ていると思われる。今世では竜の干渉が多い国ほど国の支配層が大人しい。
この国を本当に治めているのは────なんてことは暴いても得をしないので考えても口にするものじゃない。
重要なのはこの国が平和であることだ。
平和であるということは余裕が生まれやすく、余裕があると文化が発展する。以前確認したが税は生かさず殺さずではなく、取り過ぎないものであったし、何なら趣味を持つことを推奨していた。またこの世界の作物は品種改良もさほどされてないだろうに味はともかく繁殖力が強く、救荒作物も数多く普及していた。盤石な治世である。
前世よりも凶悪な海に囲まれるこの国の脅威は災害と害獣くらいのものである。ただその害獣が前世よりも厄介なのであるが。
そんなこんなで他国よりもこの国はお土産探しが楽しい。前世での故郷を求めて辿り着いた国ではあったけれども、相違点、共通点全てひっくるめて竜皇国として好きになっていた。
私の目的は人が多くて栄えている方が望ましいため、目指すのは竜皇国で1番に大きな都市、西皇都。
竜皇国自体が日本に例えると本州から関東と東北を除いたような形をしている。政治・宗教的な中心地である皇都が天竜の住まう竜宮が沖にあるという三重にあたる位置にあり、国の中心近くにあり、唯一水精霊との契約で国外とのやり取りがあることから商業的に栄える最も大きな都市、西皇都は京都にあたる位置にあった。
拠点である島は位置関係で言えば淡路島に近く、西皇都は1番近い大都市でもあった。
だがその前に近場の村などで路銀を稼いでおきたい。普段仕入れで使っている残りや精霊の地から持ち帰ったものなどを売ったりする分もあるが心元ない。とんでもない珍品に出会うかもしれないから。
天竜様のお膝元ではあるが、竜が複数いることは常識であるし赤竜様の神秘性────神の位置に竜がいるこの世界でなんと表現するのかわからないが────にあやかろう。
「皆さまたくさんのお気持ちありがとうございます」
やはり現物があるのは強い。この国に根付く竜教の修行僧なんか目じゃない量の喜捨をいただくことができた。
でもそれがいけなかった────
「もし。そこのあなた」
竜教の僧が、それも複数人佇んでいた。1番前にいて喋っているのはスマートな体型をしているが、後ろに控えている嫌な顔つきの面々は立派な体格をしている。
「あなたの持つ御聖体を我々に譲ってくださりませんか」
ふざけた要求だ。いかにも武闘派という風体から、竜教のおそらく昇竜派という修行の果てに竜に至ることを目指す者たちだと思うが堂々とカツアゲ行為とは。見下げた行いだ。
「これは私が赤竜様より賜りました御聖体。私の判断でお渡しはできません」
案の定喋っていた僧を押し退けて、巌のような体格の僧がニタニタと前に出てくる。
竜教の昇竜派は武闘派でその性質上、害獣や悪人の退治に貢献していると聞いていたが、精神は高潔ではなかったようだ。
「ふん、どこぞの教えかわからぬ者よりも、民の安寧を守る我々の手にあった方が正しく使われるというもの。大人しく渡して貰おうか」
現在進行形で安寧を脅かしているものが戯言を抜かす。
魔力をゆっくりと吹きつけ、その体から魔力を奪う。ろくに感知もできなかったみたいだが、流石に理解できるだろう。
抜ける力にようやく単に私が体格だけの女ではないと理解できたのか揃って僧たちが顔を青ざめさせていく。
そのまま身体をぶち抜いてしまおうかと腕に力を込めていたところ割って入る者があった。
「お待ちくださいませ!」
私に比べてずっと背の低い黒髪の女。
あえてなのか距離を取った私に背を向けて立ちはだかる彼女はそれなりの使い手と思われた。
「この方をどなたと心得ておりますか!」
平均よりもやや背丈は低く感じるが、その内の魔力はとても強く感じる。通常、魔力の精製組織量と関係する都合上、体格と比例する傾向があることを考えると大変珍しい。
「この方こそは天竜様の客人、赤竜様と共に我が国に参られた巫女様にございます! それを害そうとは天竜様のお顔に泥を塗るおつもりかっ!」
僧たちはこれ幸いと何事か呟きほうほうのていで逃げ出していった。
それを見送った彼女は満面の笑みで振り返る。
「巫女様のお手を汚さずようござんした。わっちは巫女見習いのシロと申しやす。白竜様の巫女の座は空いていやすでしょうか?」
厄介事のようだ。
この国に渡ってきた際、天竜様の御計らいで公的機関には赤竜、白竜の2柱の竜と赤竜の巫女である私が客人としてこの国に滞在することが周知されていた。
けれどそれは赤竜様の意向で民間までは徹底されていなかった
し、私の巫女活動の際はそこから説明することが多かった。それに白竜様に関しては諸事情で更に知られていない。
それだけだが、巫女見習いなどというふざけた肩書きや力量と合わされば警戒するには十分だ。
「失礼、つい早ってしまいやした。巫女様はわっちのことを怪しんでおられることでしょう。自己紹介させてくださいまし────」
シロと名乗る女は素性を語る。元々は軍勤めで害獣の対処業務を行なっていたらしい。そしてその業務の最中に出会った魔力による変異個体────以後精霊に存在が近づいた獣、霊獣と呼称────に遭遇。死の運命にあった中、突如現れた白竜により救われたとか何とか。
そして通達された客人の情報には赤竜様には巫女がいるが白竜様にはいないと。
それで私を探し出して白竜様に謁見ないし白竜の巫女になる。それが叶わなくとも私に弟子入りをしようと。中々発想がブッ飛んでいる。
話が本当でこれだけの強さがあればきっとそれなりの立場だったろうに。
しかし相手の頭が可哀想でも回答は変わらない。
「白竜様は謁見を受けておりません。巫女も受け付けていません。私も弟子は取っていません。お引き取りください」
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その日わっちはしくじっていた。情報を掴んだことを相手方に悟られてしまった。
我ら天草は天竜様の手を煩わせぬように、人の世を回せると証明するために存在している。
天竜様はすべてを見ておられる。
なのにわっちは……
幾つのもルートで情報を送りつつ、最も速く情報を届ける方法としてわっちが精霊でなくば生きていけない高魔力地帯、精霊域を突っ切って最短で届ける方法を取っていた。
わっちは焦っていた。だからでしょう。
「っ!? 大百足か!」
この地の大妖魔、大百足を起こしてしまった。
わっちが木々を跳び回る中、それらの木々を破砕しながら追いかけてくる大百足。火炎の術にも微塵も怯まない。
人里まで下ろす訳にはいかぬし、さりとてうまく撒くこともできやせんでした。討伐などなおさらです。
「わっちの命運今日ここまでか」
そのとき風音と共に月が一瞬陰った。そして続く衝撃と地響き。
音の方向は大百足がいた方向。
振り返れば、そこには月の光を受けて煌めく白く美しい竜がいやした。大陸の竜など見たこともなかったのに竜だと当然のようにわかりやした。
竜は足元の大百足を足蹴に再度翔ぶとその顎を大百足へ向け開く。直後に光の柱が大百足を灼いた。伝説に名高い竜の息吹。
わっちには邪悪な妖魔を灼く裁きの光に見えやした。
悲鳴をあげる大百足はへしゃげた体を少しくねらせたくらいですぐに動かなくなりやした。
白竜様はそれを見届けると悠然と何処かへ飛び去っていかれました。
それがわっちと白竜様との出会いでありやした。