赤竜
入り江にある洞窟に築かれた集落。
大きな海の獣が入り込まない浅瀬での漁や養殖を中心に生活をしている。
私は一晩体を休めさせてもらい、預かってもらっていた船に荷を載せて早々に発つことにした。
今世の海は凶暴な生き物が多く、船旅は前世よりも困難であり人類にとって大きな障壁となっている。
解決策は水精霊と交渉して船の護衛についてもらう、もしくは優れた魔法の使い手による小規模な強行である。
私がとるのはもちろん後者。
魔法による高速航行。爆音が正常に警戒心のある生き物を遠ざけつつ、衝撃が乗り心地最悪安全性ゼロのアトラクションを提供してくれる。
目指すは赤竜様が仮の住まいとされ、私の中心拠点でもある島。位置としては今までいた精霊の地と天竜を崇め、竜皇が治める竜皇国という島国の間にある。
私が精霊の地に持ち込む物資は皇国で仕入れている。双方の物の行き来の中で珍しいものがあれば赤竜様に捧げたり、私のものにしたりで拠点に持ち帰っていた。
今回は無事にたどり着いたが、過去に巨大なイカや海獣に襲われたことが2、3度あったので荷物に優先順位を付けたり、紐と浮きとを繋げて後で回収できるようにしたり入念に準備は欠かせない。
拠点の島はそこそこの大きさがあって魔力濃度が低い割には、竜皇国の治世が安定していること、海の生き物が凶暴なことが相まって無人島かつ、さほど大きな獣もいない理想的な島である。
島に着き、荷を確認して今回の捧げものをみて苦笑いが浮かんだ。人を殺してその首を落として捧げるなど前世の価値観ではあり得ないなと。もうすっかり慣れてしまっているのに時折そう思えるのは果たして良いことなのかどうなのか。
「赤竜様。リアンヌ、ただいま戻りました」
「おかえり。何度も言うが、そう畏まる必要はないぞ?」
明らかに人と異なる体で流暢に喋る。いや人どころかあらゆる生き物と異なるのだが、頭部に限ってはトカゲに近いこともないのかもしれないが、このような顔立ちのトカゲはいない。
赤竜様は初めて会った時と変わらぬ威容でそのように喋った。
「あと、私のことはアルフレッドでいい」
「ご容赦を」
どうにも赤竜様は私と距離感を近づけたいようだが、私には明確な線引きすべき理由があった。それでもこのように赤竜様と関わっているのは赤竜様の願いと害をなした私の命を救い、持病まで治された恩があるからだった。
「今回の奉納品のご説明をさせていただきます」
「いつもありがとう。だけど無理はしなくていいからな」
「いえ、納めたくて納めているので」
「そうか」
この言葉に嘘はなく、お土産品集めは私の趣味でもあったし贖罪でもあった。今回の目録、は用意していないが大まかに説明していく。例の首と遺品についても説明した。
「……そうか」
ふむ、少し引き気味か? 野蛮で申し訳ない。
「奉納品はいつも通りの場所に納めさせていただきます」
「ありがとう」
「いえ、それでは失礼いたします」
用事は済んだので久々のマイハウスに行くとしますか。
私の家は赤竜様製の魔法で造られた1つの家の形の石であった。内装は私の趣味で非常にとっ散らかっており、絨毯、毛皮、フローリング、畳など色々敷き詰めてある上に家具やら、骨やら置物、美術品、武器などが散乱していて率直に言って汚い。
ゴミこそ発生直後に魔法で燃やせるためないが、普段あまり生活しない上に収集癖が強いための惨状である。埃は魔法でなんとかなるのが幸いか。
私は軽く一眠りして、今まで集めたものを弄ったり、武器や服の手入れ、魔法での複製に取り組み、また眠った。
起きたら外に出て島の開拓をしてみたり、どうやってか赤竜様によって完璧に管理されている外来生物たちと戯れたり、島の動物を狩ったり、かと思えば存分に食っちゃ寝をしたりと存分にリフレッシュをした。
そしてようやく次の旅に出る。
自信作の赤竜様像をひと撫でし、船を出す。
次は竜皇国、そこの西皇都を目指す。
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「ああ、アウレリア。久々だね」
「久しぶり、アルフレッド。お姫様はどう?」
友は会って早々に手痛い質問をしてくる。
「あんたのやらかしでしょ。迷惑被っているんだし」
「それについては申し訳ないよ。君のことを笑えなくなってしまった」
「ごめん、確かにお仲間だった。……それで真面目な話、どうなの?」
話題は僕の庇護下にいる女の子についてだった。
「経過は良好。前ほど危うさを感じない」
「それはいいけど、自由にさせ過ぎじゃない? 彼女の影響力は無視できない」
「僕らほどじゃない。それに彼女には人として生きて欲しいから」
「でもまだアレを取り上げてないんでしょ?」
今日は痛いところばかり突かれる。今まで聞いてこなかったのに。
「ごめん、いじわる言った。特別なんだもんね、彼女」
「……ああ、そうだよ」
ニヤニヤとした意地の悪い言い方に渋々白旗をあげて認める。
「あんたの頭をカチ割ったっていうのに物好きだねぇ」
「いいだろ、別に」
「あの子が満身創痍じゃなかったら危うかったんでしょ?」
「ああ」
あの日、死にかけの彼女は僕の頭から胴の半ばまで断ち切っていった。それは数千年生きた中で最も鮮烈な出会いだった。
「そっちの方はどうなの?」
「そっちって?」
「仲良くなれてるのってこと」
「大丈夫、僕たちには時間がたっぷりとある」
「ダメなパターンの典型じゃない」
いいや、本当に僕たちには時間がたっぷりとあるし、まだ人間の尺度で生きている彼女にはそれが有効なのだ。
その後も適当に喋り僕らは解散する。
リアンヌ、どうか時間が君の心を溶かしてくれますように。