第5章 相互理解の始まり
「こちらが『金の馬蹄亭』です。この街で一番評判のいい宿屋なんですよ」
ティナが案内してくれた宿屋は、確かに立派な建物だった。
三階建ての石造りで、窓からは暖かい光が漏れている。
看板には金色に輝く馬蹄のマークが描かれていた。
「へえ、いい感じじゃないか」
「はい! お料理もとても美味しいんです」
ティナが嬉しそうに微笑む。
だが俺には分かる。
この子、俺を『観察』してるんだ。
宿屋の中に入ると、カウンターの向こうから中年の女性が顔を上げた。
「あら、ティナちゃん。お疲れ様」
「こんばんは、おかみさん。今日はお客様をお連れしました」
「まあ、素敵な青年ね。転生者さん?」
おかみさんが俺を見て微笑む。
どうやら転生者は珍しくないらしい。
「はい、風間レイジと申します」
「レイジさんね。いらっしゃいませ。お部屋はシングルでよろしいかしら?」
「お願いします」
部屋の手続きを済ませると、ティナが俺に声をかけた。
「レイジ様、よろしければお食事をご一緒させていただけませんか?」
「もちろん。君にも色々聞きたいことがあるし」
俺たちは宿屋の食堂に席を取った。
暖炉の火が部屋を暖かく照らし、他の宿泊客たちの談笑声が心地よく響いている。
「今日は本当にありがとうございました」
ティナが改まって頭を下げる。
その仕草は上品で、確かに貴族の娘らしい。
「気にしないで。あんなひどいことされてたら、見過ごせないよ」
「レイジ様は……とても優しい方なんですね」
ティナが俺を見つめる。
その視線の奥に、何か探るような光が宿っているのを俺は感じた。
(この子、俺の本性を探ろうとしてるな)
「優しいかどうかは分からないけど、理不尽なのは嫌いなんだ」
「理不尽……」
ティナが俺の言葉を反芻する。
その表情が一瞬だけ、計算的なものに変わった。
「でも、レイジ様のお力は本当にすごかったです。デコピンであそこまで……」
「俺も驚いてるよ。なんでこんなに威力があるのか」
俺は困ったような顔をする。
だが実際は、ティナの反応を観察していた。
(この子、俺の力に興味を持ってる。だがそれは恐怖じゃない。むしろ……)
「レイジ様は、その力をどう使うおつもりですか?」
突然、ティナが意味深な質問をしてきた。
「どう使うって?」
「だって、そんな強い力があれば……」
ティナが言葉を濁す。
だがその目は、俺の答えを真剣に待っていた。
(面白い質問だね。この子、俺がどんな人間かを見極めようとしてる)
「困ってる人を助けたいかな。今日みたいに」
「困ってる人を……」
ティナが微笑む。
だがその笑顔に、何か別の意味が込められているような気がした。
「ティナちゃんは、なんで騎士になりたいの?」
今度は俺から質問してみる。
「それは……」
ティナが少し俯く。
その仕草も計算されているように見えた。
「私、下級貴族の三女なんです。お家には何の力もないし、私自身も特別な才能があるわけじゃない」
ティナの目に涙が浮かぶ。
でも俺には分かる。
この涙、演技だ。
(上手いな、この子。俺を騙そうとしてる)
「強くなりたいんです。誰にも馬鹿にされない、本当に強い人に」
その言葉だけは、本心のように聞こえた。
「強くなりたい……か」
俺が呟くと、ティナが俺を見つめる。
「レイジ様は、強いですよね」
「強い? 俺が?」
「はい。今日見せていただいた力も、そして……」
ティナが一瞬だけ、意味深な表情を見せる。
「心も、強そうです」
(心も強い? 何を言ってるんだろう、この子は)
「そんなことないよ」
「本当ですか?」
ティナが首を傾げる。その仕草が妙に愛らしい。
「本当だよ。みんな完璧じゃないんだから」
「でも、レイジ様が迷われる姿……想像できません」
ティナが微笑む。
その笑顔が、なんだか意味深だった。
(この子、俺の何を見抜いてるんだ?)
食事が運ばれてきて、二人は会話を続けながら食べ始めた。
シチューとパンの素朴な味が、異世界らしさを感じさせる。
「美味しいですね」
「ああ、本当に」
だが俺の頭の中は、食事のことよりもティナのことでいっぱいだった。
(この子、絶対に普通じゃない。俺と同じタイプの……)
「レイジ様」
「ん?」
「明日からは、どうされるおつもりですか?」
「まだ決めてないな。この街で情報収集だがしようかと」
「でしたら……」
ティナが俺の目を見つめる。
「私も、ご一緒させていただけませんか?」
「え?」
「お役に立てるかもしれません。この街のことなら詳しいですし」
ティナの提案に、俺は少し驚いた。
だが同時に、興味も湧いてきた。
(この子と一緒にいると、面白いことが起こりそうだな)
「でも、騎士団は?」
「もう……あまり居場所がないんです」
ティナが寂しそうに微笑む。
だがその表情の奥に、何か別の感情が隠されているのを俺は感じた。
(居場所がない? それとも、俺と一緒にいたい理由が別にある?)
「分かった。じゃあ、よろしくお願いします」
「ありがとうございます!」
ティナが嬉しそうに手を叩く。
その瞬間、彼女の表情に一瞬だけ、勝利したような光が宿った。
(やっぱりこの子、何か企んでるな)
食事を終えて、俺は自分の部屋に向かった。
階段を上がる途中で、ティナが声をかけてくる。
「レイジ様、今日は本当にありがとうございました」
「こちらこそ。明日もよろしく」
「はい!」
ティナが嬉しそうに微笑んで、自分の部屋に入っていく。
俺も部屋に入り、ベッドに腰掛けた。
(面白い子だな、ティナちゃんは)
窓の外を見ると、街の明かりがちらほらと見える。
(この街には、まだまだ『面白い』ことがありそうだ)
俺は満足そうに微笑みながら、ベッドに横になった。
明日からの冒険が、今から楽しみだった。
◇ ◇ ◇
そのころ、レイジの隣の部屋では……。
「ふふふ……」
ティナが小さく笑い声を漏らしていた。
「レイジ様……明日からが楽しみですね」
その笑い声には、レイジと同じような、暗い喜びが込められていた。